犯人捜しはナンセンス

 その日は山のような書類と、課のメンバー全員で格闘していた。わたしの責任で受けた仕事で、分厚いファイル10冊分くらいの書類を作って、夜遅くまでかかって、最終チェックを分担して片付けていった。細かくて、神経を使う仕事だ。

 手分けして、なんとかその書類のチェックが8割方終わったところで、アルバイトを先に帰した。22時を回っていた。残ったのは社員だけ。もうみんな疲れていた。

 そしてようやっとチェックが終わり、やっと帰れるという安堵感が漂う。ファイルはすべて一カ所にまとめられ、翌日納品するのを待つ状態だ。そこでわたしはなんとなく、近くにあったファイルの中身をぱらぱらっと見た。そしたら見つけてしまったのだ。チェックミス。

 その仕事はちょっとのミスも許されないものだったので、このまま納めるわけに行かない。もう一度、チェックしなければ。帰ろうとしていた同僚を引き止めて頭を下げる。

「チェックミスが見つかったから、申し訳ないのだけどもう一度みんなで見直してもらえますか?」

 これにひとりの先輩が激昂してしまった。

「それ俺たちのせいじゃないでしょ?」と、先に帰ったアルバイトの女子のせいにして、そいつにやらせればいいと言う。そりゃあやってもらいたのはやまやまだけど、もう帰ってだいぶ経つのに。

 先輩が彼女のせいにしたのにはわけがあって、実は彼女はやる気の薄い子だったのだ。それが仕事にも態度にも表れていて、メンバーは辟易していた。だからミスをしたのは彼女に違いないとはなっから疑ったのだろう。

 しかし、もう彼女を呼び戻して作業させるなんて不可能だ。どう考えたって今そこにいるメンバーにお願いするしかないわけで。なおも頭を下げるけど、どうしても納得がいかない、なんで俺らがやんなきゃいけないんだと悪態をつく。そしてついにこう言った。

「じゃあアンタがひとりでやれば?」

 さすがのわたしもキレた。ああわかったよひとりでやるよ、さあ帰った帰った!ってな感じで全員事務所から追い出した。まさに「売り言葉に買い言葉」というヤツだ。

 ひとり事務所に残ったわたしは、まず深呼吸をして心を落ち着かせ、再び膨大な量の書類の見直しを始めた。その結果、10冊中9冊のファイルでチェックミスが見つかった。という事はだね・・・。

 犯人はひとりじゃないってことよ。

 みんなで手分けして見てたんだから、その「問題児」だけが悪いんじゃないってことじゃん。ファイルに見た人の名前書いてたわけじゃないから誰なのかはわからないけど、ひとり必ず1冊以上は見てるからね。暴言吐いた先輩なんか2冊以上は見てたからね。黒だね。頼むよパイセン。

 このときの出来事で強く意識したことがわたしにはあって、人の集まりの中でなにかしらのミスやトラブルがあった場合には、犯人がはっきりしていたとしても、決してひとりを責めるべからず、ということだ。

 他人のせいにするのはラクかもしれないけど、じゃあ自分はゼッタイ大丈夫ってどうして言い切れるのか?あなたもわたしも、単に発覚していないだけで、ミスなんかいっぱいしてるかもしれないじゃないか。

 誰かのミスは、みんなのミス。他人のしたミスを見て「何やってんだよ」って思うんじゃなくて「自分も気をつけなければ」と学ぶほうがいい。

 ある組織で大きなミスをしたらば、誰かが責任とって辞めさせられるといった慣例も、切ないものだ。

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