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振り返りをしないことについて

黄金世代と形容された日本のサッカーの某世代がある。エキセントリックなフランス人監督にナイジェリアへ率いられ準優勝してしまった、私と同学年とその一つ上の彼らのことだ。

「してしまった」

どうして結果が出たのか。監督のチームビルディング力なのか、協会の精鋭部隊をつぎ込んだのか、通訳がよかったのか、怪我人を出さず試合ごとにピークを持っていかせるフィジコの力なのか、たまたま誰も水にあたらなかったのか、対戦相手の分析が的を得て想定通りの試合ばかりできたのか、選手たちのノリで何となくできちゃったのか、サッカーの神様がいたのか。

もう20年近く経つけれど、どんな理由があったかロジカルに説明してくれるジャーナリストはいない。

そんなことを思い出したのも、こないだ韓国で行われたU-20ワールドカップでベネズエラに惜敗した後の論調が、一様に「よくやった」「失点は事故だった」「糧にしてほしい」という流れで、なぜ敗退したのか、どこを次の世代で改善すべきかの議論がないように見受けられるからだ。
もう20年ほど、あの順位を超えられるピッチ、つまり決勝に進めていないにも関わらず、である。別に誰かが怪我をして離脱したことで戦力的にダウンした、とかそういう選手個人に起因することではなく(分析、考察の結果そうならそうなんだろうけれど)、うまくいった大会とそうでない大会の差が何なのかはいい加減ちゃんと示してほしい。それが協会主導でできないのであれば、ジャーナリストがやるべきだと思う(だいたいSNSに持論を垂れ流すジャーナリストと名乗る人々は人種問題やスタジアム問題には飛びつくわりに、日本のサッカーを俯瞰的にみてどこかしらと比較し体制やチームづくりやその他成長させるべき諸々のことに対して無関心すぎる。いや、わざと触れないようにしているのかもしれないがそれはそれでサッカージャーナリストとして名乗るべきではない。それってただの番記者だから。)

ナイジェリアに連れられていったメンバーの中に、唯一の大学生選手がいた。同じ大学の同級生なのだが、彼の左足から繰り出されたFKがゴールに吸い込まれた瞬間のあの夜中の鳥肌はこれまでで最も高さのある鳥肌だった。あの試合はイングランドが相手だった。
今、これを書きながらトゥーロン国際大会でイングランドと戦う若者たちを観ていたが負けてしまった。なぜ結果が出なかったのだろう。

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