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ちょっと通ってきた道

オリビア・ニュートン=ジョン、イッセイミヤケと、訃報の続く週だった。ひとりでニュースを見る分には淡々と処理する程度の、「あの曲聴いてたな」「あの服着てたな」を記憶から取り出しまた埋める作業をささっと終えて、次の仕事に取りかかる。

夜、いつもの酒場へ行く。
隣はノースリーブの似合う腕とうなじを持つ器屋さんとお連れさまだ。お互い軽く会釈の後、各々の世界へ。
「イッセイさんも亡くなっちゃったねぇ。」揚げ物を仕上げた店主がザクザクとそれを切る音が響くなか、お連れさまがぽつりと言った。その日の午後のニュースだったからか、追いきれていなかった店主が驚く。オリビア・ニュートン=ジョンへ遡り、今週ふたつめの訃報をカウンターの皆がしばし無言で振り返る。
そして自身の記憶を言葉にし始める。

「リーボックのハイカットの、足首がふわふわしたやつ買っちゃったなー。」
「パルコのセールで、欲しかった赤いニットが残っててさ。」
「あれ、グリースの共演俳優って誰でしたっけ。」
「トラボルタだよ、なんで忘れるのそこ。」
「イッセイって、ツモリチサトと一緒にやってたラインありましたよね?」
「あったー!なんだっけ、、、」

それぞれの記憶は言葉になることで、誰かの記憶と一瞬混じり合う。誰かの記憶によって自分の記憶の枝葉は伸び、今まで記憶しているなんて思ってもいなかった光景やその時の会話までもが呼び起こされる。

ちょっと通ってきた道も、誰かの記憶と交われば美しく色づいて戻ってくることもある、そんな夜だった。

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