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風化と忘却と未知の先に生まれるもの〜「福島浜通りシネマプロジェクト2022」参加レポート

2022年8月20日〜21日、福島県双葉町で「福島浜通りシネマプロジェクト2022」映画上映会&トークセッションというイベントが開催されました。主催は、経済産業省と内閣府です。

私は21日のトークセッションと若者たちが福島県双葉町を舞台にして制作した短編映画の上映発表会に参加して来て、特に上映発表会で思うことが溢れてしまったので、メディアとしてではなく、地元・双葉郡在住ライターとしての目線でレポートを書いてみようと思います。

同プロジェクトに参加した中高生たちが4日間で制作した短編映画の、手づくりタイトル看板

感じたことは、タイトルの通り。
今回、3泊4日という短い期間で、福島県双葉町を舞台に映画づくりに挑戦した中高生たちは、東日本大震災発生当時、2歳〜8歳。
福島県出身でなければ、震災や原発事故の影響を知らずに育った世代です。
実際に、プロジェクトに参加したメンバー約20人のうち、福島県出身の参加者は数名だったとのこと。

生まれ育ったタイミングですでに福島県外では震災は風化しており、忘れられていて、深く知る機会も無かった、そんな学生たちだからこそ、福島県双葉町という、未だ暮らすこと、帰ることの許されない場所であっても、自身の「映画づくり」の思いに忠実に、忖度なく取り組めたのだろうなと感じる作品たちでした。

もちろん、初めて会ったメンバーとたったの4日間で映画づくりをするのは(映画団体のサポートがあったとしても)簡単なことではなかったことでしょう。
作品として仕上がったのは上映日、上映時間のたった2時間前。誰も完成作品を見ていない状態でお披露目となったのですが、作品上映後ステージに立って感想を述べる学生たちは、戦友そのもの。ともに作品を創り上げた充実感と完成した喜びに満ち溢れていました。

僭越ながら、約20分の作品たちの簡単なあらすじとレビューをしてみたいと思います。

Aチーム「ブルー ラウド アウト」
双葉駅前のアートスポットの前で出会う男女。
なんとなく町内を一緒に歩く中で、少女は自身の母が阪神淡路大震災で自宅を無くした経験を持っていて、同じ被災地の双葉町に来てみたかったことを語る。
同じ時間、双葉駅に降り立った男子2人は、生きづらい日常にイライラを抱えている。
家族と一緒に双葉町を訪れた少女は、本を抱え家族の元を離れる。
双葉海水浴場では、SDGsに関心を持つ少女がビーチクリーンをしている。
双葉海水浴場に着いた男女2人。そこで少年は、自身が双葉町出身だと明かす。変わっていく町を見るのが辛いと話す。
そして海に向かって泣きながら叫ぶ。「双葉が大好きだー!」。少女も叫ぶ。「大阪が好きやー」。
それを見ていたほかの少年少女たちも、自分の思いを海に向かって叫ぶ。それはもはや、福島とか双葉とかは関係のない、やりたいこと、日頃のモヤモヤなど心の叫び。
ラウドアウトした少年少女は、青い海のもと笑顔ではしゃぐのであった。

→この作品は、3作品の中で1番「双葉町で撮ったらしい」作品だと感じました。メンバーの中に双葉町出身の子がいたので、その子の思いをモチーフに作られた作品だからなのかなと思います。
とは言え、最後にみんなが叫ぶのは、双葉とか福島とは全く関連のない、自分を解放するための言葉です。
しかも聞いたところによると、双葉出身の子の演技にも、メンバーがかなりダメ出しをしたのだとか。地元出身でも関係なく、同じクリエイター仲間として切磋琢磨したというのは、ややもすれば特別扱いされがちな「被災地出身」というレッテルがもはや無いということであり、とても健全だなと感じたのでした。


Bチーム「あっぱれ青春ハッピーエンド〜俺達は全員不幸にならない〜」
双葉町の神社で、「映画の神様」に撮影の無事を祈る少年。
アイスピックと風船を持ったぬいぐるみのウサギに追われる少女。
母の手を振り払って駆け出す少年。
その少年の手を取りともに走る少女。
辿り着いた先の小学校跡地に現れる道化師。
道化師に追われ、町内を逃亡する少年少女。
双葉海水浴場で演舞する道化師。
クランクアップの現場、双葉海水浴場でのジャンケン。
全てを見届けた「映画の神様」は、神社でサックスを吹いて祝福する。

→この作品は、ストーリーというよりも、メンバーそれぞれが監督となり、撮りたいシチュエーションを撮影したというものだったようで、上記はそのシーンを見ての私の解釈です。
この作品が1番、双葉っぽくなかった。というか、双葉という土地の持つ「原発被災地的意味」を全く題材に取り込むことなく、ただ自分のやりたい表現を、双葉町をフィールドにやったというように思えました。
双葉町周辺に暮らす私たちは、どうしてもこの土地の持つ意味を軽んじることは出来ず(もちろん彼らも軽んじていたわけでは無いと思うけれど)、そこを大切にして欲しいと思ってしまうのだけど、ただただ、クリエイター的衝動をこの双葉町で存分に発揮させる、それで彼らが楽しんでくれるのなら、自分の思いを投影させられるなら、それでもいいんじゃないかと思えた作品でした。

Cチーム「パパの音」
双葉駅に降り立つ、中高生の兄妹。
妹は背中にギターを、お腹にリュックを背負っている。兄はリュックだけ。
震災当時、崩れたままの家が残る新山商店街を抜け、新山神社や、双葉町産業交流センターに向かう2人。
店員に「ギター弾けるんですか?」と聞かれる妹。「弾けないんです……」と答える。
そのギターは、2人の父のもの。2人は震災直後に関西に避難したようで、2人の話す言葉は関西弁だ。避難指示が一部解除されたことで、2人で双葉町を訪れたのだろうか。
双葉海水浴場に着いた2人は、父の遺したギターケースを双葉町で開く。そこには、父から兄への手紙が入っていた……。

→私がこの作品にリアルさを感じたのは、主役の2人が関西弁だったことでした。福島を舞台にした作品では、主役の言葉は福島弁や相馬弁(双葉町周辺地域で話されている言葉)か標準語のことが多いのですが、幼い頃に関西に避難した福島の子どもたちはもはや双葉町に戻ろうとも言葉は育った場所の言葉、つまり関西弁がデフォルトのこともあるのです。
単純に、参加した2人が関西の学生だったということもあるのかも知れませんが、そういうところにハッとしたり、また参加者の1人がギターを小道具に持って来ていたことで作品のテーマになったことや、メンバーの1人が一晩でガッツリシナリオを書いて来たことからストーリーが生まれたこと、当初はラブストーリーの想定もあったけれど中高生のメンバーたちにそんなに恋愛経験が無かったことから家族愛になったことなど、裏話もリアルで楽しい作品でした。

福島浜通りシネマプロジェクト、と謳ってはいても、おそらく(スタッフ含め)、ほとんどの人が初めて福島県双葉町を訪れたのだろうと思います。日本の中でもかなり特殊な土地であるにも関わらず、彼らが純粋に「映画づくり」に取り組むことが出来たのは、プロの映画人たちのサポートと、彼らのほとんどにとって双葉町が、レッテルや先入観なしの「未知」の場所だったからだろうと感じたのでした。

双葉町、そして周辺地域(つまり原発被災地)にまつわる、ここ10数年の「歴史」を知ってる、体感している人たちは、どうしてもこの土地で何かやることに「意味」を求め、町へのフィードバックが必要だと思ってしまう。
もちろん土地や暮らしている人たちへのリスペクトは必ず持って欲しいと思うけれど、「風化」や「忘却」を超えた「未知」から生まれるものもあるんだ、それが若者たちの「想い」を叶えたり「欲望」を満たすこともあるんだということを目の当たりに出来たことは、まだうまく言葉に出来ないけれど、小さな光、希望になるなと感じることが出来たのでした。


ここからは蛇足。

だからこそ、ちゃんと地元に事前に告知して、もっと多くの地元の人にこの作品や若者たちの姿を目にして欲しかったと思う。
この上映会の前に、南海キャンディーズや著名な映画監督のトークショーを組み込んだのも、有名人見たさで来た人たちに、メインである若者たちの作品を見てもらうための仕掛けだったはず。

莫大な国の予算を注ぎ込んだプロジェクトなのだったら、本気で双葉町の、福島の復興のためのプロジェクトなのであれば、地元を巻き込めなければ意味がないし、受け入れられない。
たまたま参加できた特定の子どもたち、関わった団体だけが満足するものであってはならないと思う。

映画や演劇などの文化芸術で、原発被災地の最たる町である双葉町を発信していくこと自体は非常に意味があることなので、今後はもっと上手くやって欲しいと思うし、関わっていきたいと思います。

プロジェクト、イベントの詳細はこちらから↓
福島浜通りシネマプロジェクト2022
映画上映会&トークセッション

ご支援いただいた分は、感謝を込めて福島県浜通りへの取材費に充てさせていただきます。