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アンジェイ・ワイダ監督「残像」全体主義の恐ろしさ

 2016年に90歳で亡くなったワイダ監督の遺作「残像」を観た。ポーランドの高名な監督だが、初めて手に取ってみて本当によかった。

 アンジェイ・ワイダ監督については名前しか知らなくて・・。(ポーランドの監督で、社会問題を取り上げているというくらい。)しかしロマン・ポランスキー監督について調べた時に、関連して情報を得て気になっていた。
 そしてつぶまるさんの記事でこの「残像」を知り、いつか観たいと強く思うようになったのだ。つぶまるさんの記事は分かりやすくて基本情報が全て書かれているので、それ以上にわたしが書ける内容もないのだけれど、自分なりに心に残ったことを記録しておこうと思う。

 第二次世界大戦後のポーランドが舞台。「戦場のピアニスト」(ロマン・ポランスキー監督)ではヒトラー率いるドイツ軍によってホロコーストが行われ、瓦礫と化したポーランドが舞台だった。ポーランドは大国に翻弄されて過酷な状況に置かれてきた国だ。(いや、それはポーランドだけではないが・・)ナチス・ドイツの侵略だけでなく、戦後にはロシア(旧ソビエト連邦)の圧政が待っていたのだ。その頃の物語。(実在の人物がモデル)

 主人公はストゥシェミンスキ・ヴワディスワフカンディンスキーやシャガールとも交流があった前衛芸術家。妻はやはりポーランド前衛芸術の彫刻家カタジナ・コブロ。(記憶ではカタジナは一回も映像で出てこない。布をすっぽり被せられた遺体だけ。)

 ストゥシェミンスキ教授が素敵すぎて憧れる

 ストゥシェミンスキは大学で教鞭をとっていた。最初のシーンが今でも忘れられない。第一次世界大戦で片腕と片脚を失っていたストゥシェミンスキ教授。緑あふれる丘の上からゴロゴロと転がって転入生のハンナのもとへと・・・。学生たちも横になって転がる。溢れる陽光こぼれる笑顔歓声!
 学生たちに尊敬され慕われているのがよく分かる印象深いシーン。無邪気で純粋で自由を愛し、強い信念で自分の芸術の道を追求し続けるストゥシェミンスキ教授。女学生ハンナはそんな教授を尊敬し、愛し、彼の活動を支援することになる。わたしもこのシーンだけで教授に心奪われてしまった。(わたしはアーティストに弱いww)

 全体主義は恐ろしい

 社会主義、共産主義、資本主義(自由主義、民主主義)・・・どれがよいとも悪いとも言うつもりはないが、本来、圧政や搾取から解放されて、労働者や農民、一般市民などがそれぞれの生活を保障され、幸せに暮らせる社会を目指すものではなかったか。
 しかし過去も現在も、目指すところから逸脱して社会的に行き詰ってきていると思う
 ポーランド統一労働者党も然り。ヒトラーが去ったら、スターリンだよって!どっちがマシか・・なんて問うつもりはないが。
 ストゥシェミンスキは最初は党を支持していたと思うが、どんどんおかしな雲行きとなり、社会主義を推進し国民を鼓舞するような国家戦略としての社会主義的リアリズムへと転向することを強いられて拒絶する。その結果アーティストとしての自由も人間的な尊厳もどんどん踏みにじられて・・・。観ていて怒りと悲しみで胸が締め付けられるようだった。
 これ、違うでしょ!個人の人権を真っ赤に塗りつぶす全体主義は非人道的だ。人間としての自然な思いやりや愛情さえも奪い去ってしまうなんて!
 「戦場のピアニスト」でも書いた気がするが、人間は過去から学んでいないのだろうかと思う。

暗いトーンの中で際立つ美しいもの

 冒頭のシーンがあまりにも美しいので、その後の暗く重苦しいシーンが対照的な映画。そんな中でもささやかな美が散りばめられていて救われる。ひたすら悲惨な状況をこれでもか!と突き付けている訳ではないところが、芸術としてこの映画が優れている点だと思った。目をそらすことなく最後まで夢中で鑑賞した。

★困窮した生活の中で結核となり行き倒れたストゥシェミンスキ。彼に声を掛け、病院へと送り届けた一部の市民の優しさ

★離婚して別居していた妻が病死。自らも消えそうな命の灯を抱えて墓地を訪ね墓前に青い花束を手向けるストゥシェミンスキ。お互い芸術家だ。共に生活するのは困難な面があったのだろう。しかしかつては愛した女性であり、同志であったろう。妻が好きだった青い花。暗い画面でそこだけ輝いているようだった

★生きにくい社会で、親らしいことを期待できない芸術家の両親をもち。それでも父母を恨むことなく懸命に生きる娘。とうとう両親ともに彼女を残して亡くなる現実を静かに受け入れるその姿が美しく切ない

(要点だけ端的に記録したいと思っていたのに・・・ついつい)(笑)

 思想的なメッセージだけの映画ではなく(そうだったら、投げ出していた)、深い感動に包まれることになった。

 機会があれば、アンジェイ・ワイダ監督の作品を他にも観たいと思った。(すでにリストアップ)