啄木の見たものと、思い

雨に濡れし 夜汽車の窓に 映りたる 山間の町のともしびの色
                   
(石川啄木:一握の砂の中の忘れがたき人人より)
啄木が仕事の事情で、函館を去る時を思い出し、詠んだ短歌とされている。

夜汽車の窓に流れる雨。
その窓を通して、ぼんやりと見える山あいの家々の灯り。
自分は、ここを去っていく(過ぎ去っていく)けれど、その家々ごとに灯りがつき、人々が暮らしている。
今まで会ったこともなく、これから会うこともない人たちかもしれない。
それでも啄木は、その家々に灯る光を詠みたくなった。

厳しかった函館での暮らしも、これからの不安も、この歌にはない。
そんな自分の実状などは、この歌には詠まなかった。

啄木自身が、山あいの家々に住む人に、「幸多かれ」 と思ったかどうかは、わからない。

しかし、それに近い思いを持たなければ、こんな抒情あふれる歌は読めないのではないかと思うのである。

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