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30年以上も昔の、ステキなもめ事

今日は、僕が24歳だったときの話です。
31年前ですね。すごい昔です。

まだ、スマホはおろか携帯電話さえ世にありませんでした。あ、ショルダーフォンで「シモシモ~」していた人がいた時代ですね。

ひと筆書きします。乱文、ご容赦願います。

◆エピソード

その日は、確か日曜日でした。
自分でテレマーケティングしてアポイントメントを取り、自分が営業に行くスタイル。
僕は、高校生専門の塾の営業マンでした。

高校生と話し、母親か父親のどちらかと話し、双方がそろっているときに訪問する、というルールでした。
高校生だけとの約束で訪問したのでは、苦情がガンガン入るでしょうから、当然といえば当然のルールです。

埼玉県の小川町にある公立高校。偏差値レベルでいうと中レベル。当時は、名前、住所、電話番号の記載された”学年名簿”が、名簿屋さんから購入できたのです。
その高校の、2年生名簿を使って、僕はテレマーケティングしました。

留守もあります。
電話セールスは嫌われていましたから、ガチャ切りされまくります。
深く考えたなら心が折れますから、機械的に「次、次」と電話します。

ある女子生徒が、僕の提案に興味関心を示しました。

「では、お母さんかお父さんに代わって」

「親は、どちらも耳が聞こえないのです」

遠回しに断りたいのかな?と一瞬思いましたが、女子生徒の興味関心はウソとも思えません。
よくよく話を聞いてみると、両親は聾唖者ろうあしゃで、そして2人とも聾学校の職員だというのです。

ハッと、閃きました。

「ひろ子(仮名)ちゃん、もしかして自宅にFAXがあるんじゃない?」

「あります」


当時、個人宅にFAXは、まずありません。
でも、両親にとって、FAXはありがたい通信機器です。

「親の承諾がないと訪問できないので、このあとFAXするから、あとでお母さんかお父さんに見せて」

「はい」

「明日、また電話するから、OKかダメか教えて」

「はい、分かりました」


僕は、訪問目的などを文章にしてFAXし、翌日アポイントを取ったのです。


* * *


僕は、入塾を進める面談にあたり、「安っぽい同情は決してしない」と心に決めました。
「もし、ひろ子ちゃんが『親が障がい者だから・・・』なんて言ったなら、思いっきり叱ってあげよう」とまで考えました。

特別扱いや、腫物はれものに触れるような態度は、絶対にしてはならない。

「親が耳が聞こえないから? だから何? 僕の親は両親とも岩手県出身。それとどう違うの? ただの特徴でしょ」
なんていう、切り返しのシミュレーションまで脳内で行いました。

中堅高校の高校生は、志望大学への現役合格にビビる場合があるのです。
いざ、勉強するという努力を目の当たりにして「したいけどできない」と言い出したりします。
「部活が忙しいから」などと言い出したり、「やっぱり大学には行かないかも」と言い出したりするのもアルアルなのです。


ひろ子ちゃんは、3人兄弟の第一子でした。
下に弟が2人いました。

3人とも、聴覚への障がいはなく生まれ育ちました。

素敵なご家族でした。

僕の脳内シミュレーションなんて、全然、必要ありませんでした。
僕は、こっそりと1人で恥じました。

ひろ子ちゃんは、長女ゆえの苦労をいくつも乗り越えてきたのでしょう。
悔しい思いをしたことも、きっと何度もあったはずです。
努力家で、親思いで、弟たちにも優しいお姉ちゃんでした。
電話ではキャッチできなかったひろ子ちゃんの情報が、その姿や表情、そして、ひろ子ちゃんを見つめるご両親の表情からうかがえたのです。

ご両親との会話は、ひろ子ちゃんが通訳してくれました。

ご両親が、ひろ子ちゃんを100%信頼しているのも、ハッキリと伝わります。ビンビン感じました。
長女の希望なら、何の吟味もいらない。全力で応える。そういう決意が、ご両親からあふれ出ていました。


面談は、ムードも良く、入塾は間違いありません。

それなのにひろ子ちゃんとご両親が、お互いに、何度も、同じ手話を繰り返します。
何度も何度も、繰り返すのです。

僕は、かなり根気強く待ちました。30分以上待ったかもしれません。
延々とご両親は、同じ手話を繰り返し続けます。

ひろ子ちゃんも、そしてご両親も、どちらもかなり頑固なのです。やわらかく、でも粘り強い。そういう頑固さが伝わってきました。

ただ、何をもめているのかは、まったく予想がつきません。

僕は、ひろ子ちゃんに聞きました。

「この手話、(手振り)、これって何?」

同じ手話を繰り返し見ていましたので、その手話を真似することができたのです。

ひろ子ちゃんは、

「お金のことは気にするな、です」

と言ったのです。


ぶわっ!

一瞬にして、僕のに涙が溜まりました。


ひろ子ちゃんは、「費用の安いコースでいい」と両親に説明し、それに対し両親は、「どうせなら1番高いコースにしろ」と一歩も譲らなかったのです。


一般家庭でよくあるもめ事は、逆なのです。

生徒は、「やりたい」と言って、
親は、「そんなの信じられない」というパターンが圧倒的多数です。

ステキなもめ事でした。

僕は、あらためて、頭の下がる思いになりました。


* * *


そのあと僕が、「経済的負担への考慮から、リーズナブルなコースを勧めたのではなく、ひろ子ちゃんの志望なら、そのコースがベストなのです」と、説明を加えて、ご両親に納得していただきました。


入塾後、ひろ子ちゃんは勉強を頑張りました。

1年と数か月後。ひろ子ちゃんから電話があったのです。

「お~い、なせ~。○○さんという生徒さんから電話~」

「あ、はい」
(ひろ子ちゃんからだ……)

「はい、代わりました、なせです」
「なせさん! 私、受かったよ!」

中堅レベルの高校からは、合格者が滅多に出ない公立大学に、見事に現役合格したのです。
詳しく徹底的に調べた訳ではありませんが、その高校からその大学への現役合格は、初の快挙だったはずです。

嬉しかったです。
ひろ子ちゃんも喜んでいました。

でも、僕たちは、嬉し泣きしません。
涙が出る気配もありません。

僕たちは、合格すると自信満々だったので、嬉しいけど驚きはしなかったのです。


「なせさん! 家庭教師のアルバイト、どうすればできるの? 教えて」

もう、弟たちのことを考えて、ひろ子ちゃんは高時給のアルバイトをヤル気満々になっている。

そっちのひと言で、僕の瞳はまた一瞬で、涙があふれそうになりました。


エピソード、終わり


※アンカー宣言いたします!


◆バトンリレー企画

note親友、チェーンナーさんの企画に参加しました。
この企画です。


この記事で、無茶ぶりされました~ 笑


「盟友」なんて持ち上げられたので、書かないワケにはいかないじゃないですか!

今回のエピソードを書こうと思ったキッカケは、
この方の影響です。


手話通訳者のhanasakiさんです。

いつか、僕も手話を学びます。
55の手習い。いや、60の手習いとなるかもしれませんが、良いキッカケをいただいたと感じています。


ちなみに、チェーンナーさんのバトンリレーは9月30日までです。
残りの日にちが少ないので、僕は、「アンカー宣言」をしました。

でも、「30日までに書ける」「書きたい」という方は、書いちゃってイイと思います。

期限が過ぎていても、書くネタの1つを貰ったということで、リレー企画とは別に、書いちゃってイイと思います。


◆〆

今日は、推敲せずに投稿します。
っていうか、最近推敲できていません。誤字脱字、ご容赦ください。

妻のゆかりちゃんは、誤字脱字に気づいたなら、やさしく教えてくださいね。

「ここ、間違ってるで、ったく~」

とかという、冷たい指摘はNGです。

いつものように、やさしく、

「ここ~ん♡ 間違っているかもよ~ん♡」

という感じでお願いします。ん?


僕は、ゆかりちゃんが大好きです。





おしまい


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第901話です

PS

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