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飽きるほど繰り返しても、

「こんなことなら好きなこと、見つけておけばよかった、好きなこと楽しいことなんてなんにもなかった!仕事ばっかりで私には、なにもない」
母が堪りかねて吐き出した言葉は齢八十を過ぎてなおこんなことに執着するものなのかと、驚嘆した。
残酷なのかもしれないが、その時「今さら」という気持ちを抑えられずにいた。
それと同じだけ、母を哀れに思う気持ちがないまぜになり、なんと声をかけたらいいのかわからなかった。
「別になくてもいいじゃん、仕事やってれば」
「もう仕事だって出来なくなってる」
母はもう六十年も美容師をやっている。少し前七十代の頃は「趣味作ろうと思ったけど、なにも面白くないから趣味なくても私は仕事してればいいなって思うことにした」と開き直っていた。
身体が思うように動かなくなることが増え、ちゃんとした仕事が出来なくなる不安から不眠になり、このところ様子がおかしかった。
それでもぼける方にいかないのだな、と変なところに感心してしまった。認知症を心配しすぎての不眠という本末転倒具合が母らしい。
激しい性格で、散々振り回された。激情型なのに小心なところがあって気になると大騒ぎする。喜怒哀楽すべてが激情型、嵐のような母親。
人並みに歳をとって落ち着いてきた。
アロマのセラピストが急病で都合がつかず、不眠のオイルが少なくなる不安と、施術をキャンセルされたことがパニックの引き金だった。セラピストが、母の様子がおかしいのを心配して連絡をくれた。駆けつけると自分の来し方を嘆き出す、そんな有様だった。
こうやってたまに私に爆発する時、自分のしてきたことなんかすっかり忘れているよね。
いつも複雑な気分だよ。

母は、ずっと私が好きなものを「くだらない」と切り捨てて、好きなものに耽溺する私を否定し続けてきた。母にとってそんなことは取るに足らないこと、馬鹿馬鹿しいこと、やらなきゃならないことが有るだろう、ということらしい。
好きなことを続けるにはたくさん考えて考えて考え抜いて、それでも続けられることが苦にならない。それが好きということ。別に反抗した訳では無いけれど、好きなことから離れずにいた私はバカにされた。母への罪悪感で追い込まれたりもした。その私に、好きなものが無い、とは。全く無神経なことだ。
自分が嫌な思いをした分、子どもたちに、好きなものを取り上げたり否定することだけはするまいと、それだけはやり遂げた。そういう自負がある。そんな私をみて冷笑していたのは母だった。
悪いが、母は手遅れだ、いや、正確に言えば、手遅れではない、本人の気持ちさえあれば何とかなる。それには体力もいる、忍耐もいる。それが難しい。なにより、母は自分のことばかり考えすぎている。わかっていないけれど母の人と物との距離は全てが自分を経由したものでしかない。人への接し方も、愛情はあるけれど接し方がわからず、自分の気持ちを押し付けるだけで相手の気持ちを考えることが抜けている。
子供に対しても、心配だ、心配だ、と大騒ぎするけれど、それは自分が不安になるから心配なのであって本質を見ているわけじゃない。
嘆息した。
面倒臭い。
ほんとに面倒臭い。
頑固で、思い込みが激しく、自分を曲げない、自分でも言ってるけど「こんな歳になってしまって今更変われない」
楽しめないのがわかっているから、私もそう思う。
本当は寂しいのだ。
変われないことが嫌なのでも、好きなものがないことでもない。
ただ、寂しいのだ。
結局、慰めているうちに言い合いになり、いつもの倍、喧嘩をした。
それでももう、面倒くさい。
少々眠れないのがあるだろうけどここまで来たらもう変わらない、言い合いして「あんたとは合わない」とお互いが捨て台詞でその日は帰った。
いつもの喧嘩だ。
冷たいようだが、これが我が家だ。
次の日、案の定よく眠れなかったようだった。
具合はどうだ?と聞くと、
「寝汗がすごくて夜中に起きた。それから考え事で眠れなかった」
だろうと思っていた。
少し間を置いてから、ゆっくりと話し出した「最近、寒暖差が激しいから、お母さん着すぎなんだよ。温度を調べて昨日より寒かったら着る、上がっていたら脱ぐ、エアコン、昨日そうだったからといってそのままにせず、調節してみて」
一気に喋った。
「そのせいかな」
やはり温度を気にしていなかったらしい。
「それと眠るのにも体力がいるんだから5時間寝てたら充分なの、あんたちゃんと寝てるんだよ」
「7時間から8時間ねろって」
「あのね、それはあくまでも目安、絶対その通りじゃないとダメじゃないの、それを気にして眠れなくなるなら意味無い、大丈夫!寝てるから」
強めにいった。
表情が和らぐ。
納得はしていないが目に見えて安堵した様子だった。その日から母は落ち着いてきた。
もちろん、不眠がなくなったわけではない。少し収まったというだけだ。
自分の頭の中だけで不安が膨れ上がっているからだ。喧嘩もして、言いたいこと言ったのでスッキリもしたんだろう。
歳をとった。
子どもに戻るというけれど、少し寂しい。
以前より母の所へ行ってお茶を飲んだり、食事を届けたり寄るようにした。
どうやら、一時の闇堕ちからは脱したようだ。
母は自分には何も無いと言うけれど、本当は羨ましいと思っている。
昭和初期の激動の時代に生を受けて戦後から昭和を駆け抜けた。一族が理容業界だったからと言いつつ将来性を鑑み理容でなく美容を選び親戚内では1番成功している。原っぱの一軒家から美容院を開店、ずっと一線にいた。芸能人を見ては髪型を気にして、ずっと勉強していた。講習も休みを潰して出かけていた。それこそ60年間飽きるほど付き合ってきた仕事、好きじゃないと出来ないと思うのだ。
好きなものはずっとその手にあった。
「選択肢がなかった」
と言うけれど。その選択をした結果、八十代になっても稼げている。私は素晴らしいと思っている。
もうすぐ引退する予定。さしもの烈女もだいぶ老人になってきた。1番大切な仕事をやめてこの先どうなるかはわからない。
私も大好きなものがあるとはいえ、歳を取れば以前のように楽しめるのか分からない。だいたい八十過ぎたら耳も目も身体も衰えてる。そこそこ出来ないことも多くなってるよ。
母には言いたいことはたくさんあるけれど、もうそんなことはどうでもいい。
面倒くさい。
私の繰り言もあなたの無神経も。
つまらない齟齬なんだよ。
お互いが倒れない程度に支えあって、無理なら然るべき対処をお互いが覚悟してればいい。

先日、母の休日にケーキ買って寄るよ、と連絡をいれた。
「コロナで休んでばっかりで稼げないから店開けてる!忙しい!」
って返信。
ほらね、振り回されてるでしょ。

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ちょっと寂しいみんなに😢