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三河ひじり/定基と力寿

⚫️あらすじ
平安時代中期。京から三河守に赴任してきた大江定基。彼は京の都を出立する折、長年連れ添った妻を離縁してきた。
三河国府に近い赤坂の宿で、力寿という年若い女に会い、その美しさに定基は運命の電撃を受け、恋に落ちる。しかし、めでたく結ばれたのもわずか、力寿は流行り病の天然痘にかかってしまう。定基はそれを受け入れることができずに治療も祈とうもせずに見守っている。
息をしなくなって七日。額田荘に寄寓していた陰陽師・安倍晴明が定基を訪ねる。


⚫️登場人物
 大江定基(寂照) 二五歳
 大江実子(さねこ)
 力寿 十五歳
 安倍晴明 四〇歳
 女医「智恵の般若」
 赤坂の長者・宮路弥太郎長福(ながよし)

 侍従 2名
 ナレーター


◉シーン1 京都旅立ち(幕前)

⚫️舞台中央に牛車(リヤカーに造作をして平安時代の貴族風の乗り物に仕立てる)が置いてあり、ふたりの寿従が大江定基の登場を待っている。
⚫️下手より大江定基、衣冠束帯。妻の実子(さねこ)は旅姿。優雅で雅な、貴族っぽい身のこなしで登場。

実子「殿、この度は三河守(みかわのかみ)にご就任おめでとうござります。大層な出世でござります。」
定基「出世? 都落ちじゃ。ま、堅苦しい挨拶は無し。行ってくるわ。達者でくらせ。」
実子「行ってくる? 達者で暮らせ? とは、また、おかしなことを。私もお供いたしまするに。」
定基「それは・・無しじゃ。言わなんだか?」
実子「いえ、聞いてはおりませぬ。」

⚫️リヤカーに乗りながら、懐から紙を取り出して、それを実子に渡す。

定基「あ、これ。これを。渡し忘れておったようじゃ。」

⚫️受け取った紙を開いて見て、実子は驚きの声をあげる。

実子「と、殿、なんでござりますか?これは、ご本心でござりますか、これは。」
定基「(面倒くさそうに) 本心というか、ま、心の叫びじゃ。」
実子「これは、縁切り状。離縁状・・ではござりませぬか?」
定基「たぶん、そうじゃ。よろしく頼んだ。」
実子「頼んだとは。何を。」
定基「もう、飽き飽きじゃ。」

⚫️従者たちも驚いて囁きあっている。

実子「何が、飽き飽きなのでござりますか?」
定基「何もかも。都の暮らし、まつりごと、出世だの左遷じゃの。お前との暮らし。もううんざりじゃ。三河赴任を機に私は自分を取り戻し、自由に楽しく暮らす。では、子どもらのこと、わたしのふた親のこと、家のことすべて、あとは頼んだぞ。」
実子「そーんな、身勝手な。」
定基「私は、自由の身になるのじゃ。では、たのんだぞ。ほれ、車を出してくれ。自由の地、ど田舎の鄙の地、三河へ!」

⚫️促されて、従者たちは嘆き驚く実子に気を使いながらもリヤカーを上手に動かしてゆく。
⚫️残された実子は渡された離縁状をぐしゃぐしゃと破り叫ぶ。

実子「おのれ、定基! 許さん、許さんぞ定基。おのれが幸せになること決して赦しはせん、地獄の果てに追い込んでやる、恨んでやる。呪うてやる。ゆめゆめ忘るな〜! これ、誰ぞ、おらぬか、都でもっとも強い呪術師を呼べ、恨み殺してくれようぞ。」

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