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女の描いた絵

彼女は嬉しそうに、私に絵を手渡した。そして「この絵は大事にして欲しい」と私の眼を覗き込んだ。

まるで自分の宝物を預けるかのようだ。私のその絵を受け取って良く見た。

髑髏の模様を持つ奇妙な蝶や、墓に巻き付く薔薇は何処か不気味で、人の顔のように目と唇が有る、謎の草などが繊細な線がで描かれて居た。

美しくも奇妙で不気味なその絵は、魔女の館なんかに飾ってありそうなゴシックホラー好きの悪魔崇拝者が好みそうな絵だった。


正直なところ、なぜこの絵を購入したのか、自分でも理解できなかった。私の趣味とはかけ離れており、そもそも絵を飾る習慣もない。女性が描いたと一目で分かるこの作品を部屋に飾れば、訪れる女性たちは必ずといっていいほど、その絵について尋ねるだろう。

その時、私はどう答えればいいのか?もし将来、誰かを心から愛することになり、その人が「他の女性の描いた絵を捨てて」と言ったら、どう対応すればいいのか?そんな思いが一瞬にして頭をよぎり、絵を大切にすることの重みに目眩を感じた。

手放すことのできない遺品のように、私はこの絵を一生守り続けなければならないという重責を感じた。今後の人生の選択を、この絵が決めて行くかのように思えた。

この絵を受け入れない女性とは付き合えないし、絵を飾れない家には住めない。家具やレイアウト、すべてがこの一枚の絵を中心に配置する必要がある。私の生き方やライフスタイルさえも、この小さなキャンバスに支配されるのだと感じた。

彼女は私が心の中で感じてる葛藤や覚悟を感じとってるかのような表情を浮かべて、少し申し訳なさそうに私の眼を見て居た。相手の顔を伺う女性特有の表情で、浮気をした女や、彼氏との約束を破った女性がする表情だった。

その顔を見てると、「大事にする」としか言えなかった。本当に子供を預けられたような気分だし、彼女にとっては、そのくらい大切な絵なのだろう。

仏壇や神棚さえも可愛らしく思えるほど、私の人生を呪いのように縛りつけるこの絵には、不思議と良い気が込められているように感じた。

この絵を受け入れない女性は、きっと良い人ではないだろう。嫉妬深く、独占欲が強いだけの女性との関係は、私にとって良い結果をもたらさない。そう考えると、この絵は私を幸せに導いてくれるような気がした。

彼女といつか、もう一度二人でこの絵を観る事が出来たなら、それが1番の幸せだ。それが今の自分の願いだ。

でも、遠い将来にこの絵を、受け入れてくれるような優しい別の女性と笑顔で見る事になっても、それはそれで、とても幸せな未来なんじゃないだろうかとも感じた。


私が「大切にするね」と伝えると、彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべた。その無邪気で可愛らしい笑顔を見てると女性画家なんてヤバい奴しか居ないのだろうと感じた。自分の描いた絵を一生誰かの元に飾らせて置きたい願望なんて、間違いなく変態の発想で「一生神様として祈られたい」と思う新興宗教の教祖と同じような精神構造をしてるに違いない。

そんな彼女の願望を受け入れて、購入する私は、すっかり彼女に洗脳された信者なのだろう。


彼女は夢を叶える為に、遠い国スコットランドへ行く。もう簡単には逢えなくなるだろう。私は私で、自分の人生をしっかり歩んで行かなくてはならない。

別に、お別れの言葉を言うとは思わないけど、人間なんて交わした言葉が、いつ最後の言葉になるかは分からない。

だからこそ、後悔しないように自分の気持ちは全部伝えてた。仮にこれが、彼女と会う最後の機会になったとしても後悔も悔いもない。

彼女に対する未練や執着は、この満月の夜に全て手放し、浄化させる。彼女に抱いて居た恋の気持ちは全て終わりにして、全く新しい人生を私は歩んで行く。

満月の夜に、私の産まれて初めてした恋は終わったのだった。

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