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雑な更新

駄文を書き続けてはや1週間、話題が尽きてきた頃である、厳密に言えば細かな話題ならばあるのだが、基本千字超えの記事を書くことを意識しているので、細かな話題だと私の文章力では記事を書くことが難しいのだ。

ただそんなことを言っても話題が無い事には変わりないので、視界に入ったものから話を膨らまそうと思う。

スマホ

私は一時期、二ヶ月程つきっきりで78歳の上司と仕事をする機会があった、60年弱のジェネレーションギャップがある人間との仕事とは、なんとも不思議な体験ばかりだった、バブル期で成功して生きてきた上司の話はなんとも豪快で、今の時代には無いものばかりだった、ラスベガスのカジノにて一夜で何百万と消えたとか、キャバレーの支配人をしていた時は客に飲まされた酒は基本吐いていたとか、大麻、コカイン色々やったけどそんなにいいものじゃなかったとか、今のコンプラばかりの世界しか知らない私からは上司の話は冒険譚に聞こえた。

ある時上司が運転し、私がスマホでナビをしていると、不意に最近の若いものはそれですぐ調べれるからいいな、と言われた、ここで上司がダメだと言わなかった事が私には印象に残っている。

私はこう返した。
「いやいや、退化してるんだと思いますよ、私達はスマホに頼ってばかりですもん」

スマホを使いこなす若者を良いという老人と、こんなものは人間の退化であると言う若者、巷でよく聞く若者と老人との対立とはお互い真逆の意見である。

当時の上司がどう思っていたかは分からないが、私は素直な感想を言っただけだし、その感想が出てくる根底には同世代に対する天邪鬼さがある、私はこの時の年の離れた上司とのやり取りが、何故か頭の中から離れないでいる。


私は上司の語る時代に思い馳せる、私からしたら雑で粗暴で自由でそして希望があるように聞こえたその時代、今の私にはそれの代わりにスマホやゲームが存在するが、果たして失った物の対価として適切だったのだろうか、きっと隣の芝であるがそれでも考えずにはいられないのだった。

ペットボトル

近所のコンビニにペットボトルを潰す機械が置いてある、リサイクルの為に集めているらしいその機械を私も一度は使ってみたいのだが、どうにも恥ずかしくて出来ずにいる、そのコンビニで買ったペットボトルならば恥ずかしさは無いのだが、買ってすぐ飲み干してまで使いたいとは思わない、家からペットボトルを持ってコンビニまで行くなどは論外だ、なんてうだうだ考えて、結局今日も私は横を通り過ぎるだけだった。

とりあえず千字到達したから終わろう。

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