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むじなたち

久々に昔の恋人に会った。あの頃からずいぶん時間が経って彼がパートナーを得たことは祝福するが、妻の愚痴を連ねる凡夫に変貌していたのは閉口した。話は長いが、要は妻への「期待と失望」の5文字である。見事なほどに凡庸で、私は早々にうんざりした気持ちを隠す努力を放棄した。

あなたの数少ない美徳は、そういうことを言わないところだったのに。そう言うと彼はさも愉快そうに「君だって今、元恋人の悪口を言っているぞ」と返してきた。ほんとだ、と同じタイミングで吹き出し、ワイングラスを合わせる。勝手に相手に期待して、勝手に失望する。私たちはこの甘やかで愚かな行為の繰り返しで、過去の一時期を共有した同じ穴のむじなだった。愚痴ったりわめいたりといった見苦しい行為にも出たし、相手を傷つけもした。そうした日々に倦んで、手を離した。それでも、別々になってもやっぱり、勝手に期待し勝手に失望するという愚かさを繰り返す。

愚か者どうし、一緒になっていたら気が合ったのかもね。そう言いかけて言葉を飲み込むようにグラスを傾ける。甘やかではない、愚かでしかない会話を自制することが、我々の数少ない美徳だった。それに、もう同じ穴のむじなじゃない。べつべつの方向を向いた、ただの孤独なむじなたちなのだ。

店を出ると、表参道の路地裏を春の雨がしっとりと濡らしていた。元気で、と笑顔で手を降って家路に向かう。お互いがお互いに、タクシーのとなりの席に空虚をのせて。


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