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「ジョン万次郎 海を渡ったサムライ魂」

NHK朝ドラ「らんまん」を観て、ジョン万次郎の人生に興味を持った方にぜひおすすめしたいのが、この本です。

「ジョン万次郎 海を渡ったサムライ魂」マーギー・プロイス著/金原瑞人訳  集英社


児童文学ならではの面白さ


おすすめする理由のひとつは、「児童文学ならではの面白さ」。
児童文学の多くがそうであるように、この作品も立身出世の物語であり、冒険譚であります。
土佐の貧しい漁師の子が、漁の途中に嵐に会い遭難。漂着した無人島で飢えをしのいでいたところ、アメリカの捕鯨船が通りかかり、助けられます。
当時「人食い鬼」と怖れられていたアメリカ人を相手に、言葉も文化もわからない中、機転と好奇心と勇気で同等に渡り合っていく少年万次郎の姿に、グイグイと引き込まれます。
この作品は、米国児童文学賞の2011年ニューベリー賞オナー(佳作賞)を受賞しています。

劇作家ならではの「見せ方」

次に、「著者のマギー・プロイスが劇作家であること」。
劇作家だけに、とにかく見せ方が上手い。
例えば、無人島に漂着し、もう死ぬかもしれないと思った漁師仲間が、一人ずつ「思い残したこと」を言っていく場面。
「帰ったら自分の船を買うつもりだった」「祝言をあげるつもりだった」「熱い風呂と晩飯が楽しみだった」…漁師仲間が至極まっとうな思いを口にする中、万次郎だけが「侍になりたかった」と突拍子もないことを言います。
漁師仲間は万次郎を笑いますが、のちに万次郎は、その稀有な経歴と才能を買われ、幕府直参の武士となり、刀を携え、苗字を名乗ることを許されるのです。
物語のはじめとおわりがぐるりと円を描いて繋がることを「円環構造」と言いますが、著者のマギー・プロイスはこれを効果的に用いて、ドラマをより鮮やかに仕立て上げています。

さすが劇作家だな、と思わされたのは、助けてくれた船長と「アメリカとはどんな国か」という話をする場面でした。

船長「そうだな。オポチュニティの国と言われている」
万次郎「オポチュニティってなんですか?」
船長「うむ…可能性だな。つまりまじめに努力すれば、願いや夢が実現するということだ。ところで…おまえの願いや夢はなんだ?」
万次郎「願いや夢ですか?」
船長「これからどうしたい? どんな人間になりたい?」

(中略)
万次郎はどういえば考えていることが伝えられるのかわからなかったので、両手をいっぱいに広げた。

船長「オポチュニティか?」
万次郎「はい。オポチュニティがいっぱいです」

85ページ

万次郎は船長と心を通わせ、ともにアメリカに渡り、彼の養子として引き取られます。学校にも通わせてもらえますが、そこで人種差別やいじめに会います。差別の象徴である架空の登場人物「トム」と、馬乗り競争をする場面があるのですが、万次郎はそのとき、「自由」とは何かを身体で感じ取ります。

この国では、人々はなんでも声高に主張し、笑いたい時に笑いー(中略)
この感覚。万次郎にはわかった。自分の下で道がうしろへ流れ、まぶしい新緑の森がすごい速さでうしろへとび、空はうごめく青い海のようにみえるなか、気づいた。これが、自由だ。
お前の願いや夢はなんだ?  ホイットフィールド船長に以前きかれたことがあった。この国ではだれもが将来に希望が持てる。願いや夢を持つことができる。

189ページ

朝ドラ「らんまん」のジョン万次郎の台詞を思い出します。
「大海原、鯨、仲間たち、ジョン万と呼ぶ声、それから鯨が跳ねる時の帆柱より高い飛沫(しぶき)」
「わしにとって自由とは…海で見た、夢そのもの。命そのもの」
「自由」という抽象的な概念を表すのに、具体的な情景描写や体験を持ってくるところが、共通していますね。私はこの台詞が大好きで忘れられません。

史実を忠実に再現

物語に緊張感を持たせ盛り上げるために、架空の人物が2人だけ登場しますが、あとはすべて史実に基づいた構成になっているため、波乱万丈の冒険物語を楽しむうちに、ジョン万次郎の人生を理解できるすぐれた伝記小説となっています。
ほかにも、紹介したい箇所がたくさんあるのですが、きりがないため、興味を持たれた方はぜひこの本を手に取ってみてほしいです。

#朝ドラらんまん #ジョン万次郎 #書評

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