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#86 南米の治安

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

「南米は治安が悪い」という話は散々聞いていて、インドの時と同様に、最初にアルゼンチンに入国した頃は相当ビクビクしながら過ごしていた。いつも十分気を張っていたつもりだけど、6ヶ月近くも過ごしていると、やっぱりどこかで気を抜いてしまう瞬間があって、そこを見事につかれてわたし自身もその被害者の記録を積み重ねてしまった訳だけれど。
銃や刃物が登場するような凶悪犯罪の話を聞くブラジルには行っていないのでわからないけれど、そいうのは抜きにして、スリや置き引きなどの盗難被害だけをとっても本当に治安は悪いと思う。

幸運にも被害に遭わずに済んだ旅行者から「思っていたほど危なくなかったよ。日中はカメラをさげて歩いていても、何もなかったし」なんて話を何度か聞くことがあったけれど、それは、たまたまその人が幸運だっただけのこと。ある程度以上の規模の街になれば、そういう気の緩みを狙われる可能性はかなり高い。
南米に限らずどの国にも当てはまることだろうが、首都および第二・第三くらいの規模の人口が多く旅行者も集まる観光地での被害が圧倒的。逆に、小さな町や田舎になるほど、被害に遭う確率が低くなるのも世界共通。だからもちろん全ての場所で治安が悪い訳ではない。

やっかいなのは、治安が悪くて有名な場所にも、カメラをぶら下げ、タブレットを見ながら歩いている欧米人旅行者が必ずいるし、現地人らしき人もスマホを見ながら道を歩いていたりする。そういうのを見かけると「なんだ、大丈夫なんじゃない」と思ってしまいがち。けれど同じことをするにしても、比較的身体が小さいアジア人で、更に女一人旅だったりすると、よりリスクが高くなるのは当然のこと。
「いちいちしまうのは面倒臭いなぁ」と思わず、無駄に貴重品を見せびらかさないのは、安全に旅したいと思う旅人の義務だ。

コロンビアのカルタヘナで会ったユリアがイタリアでスリに遭った話を聞いた時にも驚いたし、トゥルカンで会ったソニアとレイにわたしがエクアドルのキトでショルダーバッグを引き裂かれた話をした時にも「この間コロンビア人の女の子が、あのバスの中で同じようにモバイルを盗られたって」と言われ、意外だった。治安が悪いと言われるコロンビアの国の人が、他国で被害に遭うことがあるのか…と。

治安の悪い街や地域というのは、現地では有名だ。だから現地の人(特に宿の人)に近づかない方が良い場所や、時間帯を確認するのはものすごく有効。そしてそういうアドバイスには、素直に従うべき。
アルゼンチンのメンドーサに行った時、街の外れに見晴らしの良い公園と丘があって、他の南米の例にもれず、そういう場所ほど治安が悪いのだけど「昼間であれば、まぁ大丈夫だろう」と宿の人から言われて、真昼間に一人で向かって歩いていた。音楽を聴きながらジョギングしている人や犬の散歩をしている人と何人もすれ違ったので「うん、大丈夫そう」と気を強くしていたところ、前から来たウォーキング中の初老の女性から「一人で丘に行くの? 危ないからダメよ!」と言われ、「そこまで行かなくても綺麗な見どころはあるから」と、わたしを案内してくれた。彼女はほとんど英語を話せなかったけれど、スペイン語と身振り手振りで一生懸命説明してくれた。

彼女と別れた後、同じ公園内で馬に乗った警察官に出会った。にこやかに手を振ってくれた姿が格好良くって「写真撮ってもいいですか?」とお願いすると、快く応じてくれた。お礼を言って離れると、
後ろから何かを強い口調で呼びかけられた。驚いて振り返ると「カメラをすぐにしまいなさい! この辺りは引ったくりが多いから」と。現地の人が危ないという地域は、景色がどんなに綺麗でも、残念ながら本当に危ないのだろう。

南米で長期の旅人に話を聞くと、おおよそ10人中7人くらいの割合で、大なり小なり盗難被害に遭っている。
有名なケチャップ強盗(ブエノスアイレスではこれはほぼ日常茶飯事のレベル)、睡眠強盗、バスの下に預けた50リットルのバックパックを丸ごと盗まれたetc… これって感覚的にはアフリカでの盗難被害の話よりも、よっぽど高い。まぁアフリカの方が、出会う旅人の数がまだまだ少ないせいもあるかもしれないけれど。

わたし自身、南米に来てから、貴重品のみならず、ソーイング・セット(一見すると小銭入れにような形)や、ネパールで買ったエマージェンシー・ブランケット(見た目は単なる銀色のシート)、その他つまらないモノがポロポロと気づいた時には無くなっていた。これらをキャリーケースの外側のポケット(鍵無し)に入れていたのはわたしの責任。残念ながらどこかの宿か、バスで荷物を預けた時に盗られてしまったらしい。

「盗難に遭うのって、結局その人自身の不注意だと思うんですよね。普通に気をつけていれば大丈夫でしょう?」
という意見も何度か聞いた。確かに本人の不注意が前提にあるのは否めないのだけれど、これだけ高い割合で被害に遭っている事実を聞くと、それくらい周囲に狙っている人が多いという事実も否定できない。だから、自分が幸運にも大丈夫だったからといって、軽々しく「言われてるほど危なくないですよ〜」という言い方をするのは好きじゃない。もちろん必要以上に脅かしたいわけではないけれど。特に旅が長くなってくると、いつも気をつけているつもりでもどこかで気を抜いてしまう瞬間が出てくるものだ。そしてその瞬間を見事なまでの手際で突いてくるのだ。

だから南米を旅する人は「絶対に自分はやられない」ではなく、どんなに注意していても「いつ自分がやられてもおかしくない」という覚悟が必要だと思う。そして運悪く被害に遭った時、どう対処すべきかのシミュレーションをしておくことが、旅を続けていくための秘訣。盗難をきっかけに一時帰国を決めたわたしが言うのはなんだけどパスポートとクレジット・カードが一枚でも手元に残れば、旅自体は続けていけるんだから。

カラフルな建物が有名なブエノスアイレスのボカ地区。ここに行くまでの道も結構危ない地域があった
南米の紅葉の時期の公園、散歩道の一面に落ち葉が積もっていた
見とれてしまうくらいカッコ良かった騎馬の警官

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