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やさしい言葉だけで伝えられたら。

もやもやしていることとか、何か浮かんできた気持ちとかを、私は書きながら整理したり落ち着けたりするのが多いのだけど、その割に、すごく悲しいとか悔しいとか怒りとかは、書いていないなぁと思う。
衝動的に、書いて自分の中から出してしまいたい気持ちになったりもするけど、結局書けない。

衝動で書いてしまうと、そのときはすっきりするのかもしれないけど、衝動で選ばない言葉で、結果外野で無責任に盛り上がったり誰かを責めたりに加担しそうでいやだなぁと思うし、そんなことがしたいのではないし。

しんどいことを書いていたら、そこにますます意識が寄りそうで、余計にしんどくなりそうでもあるし、言葉を選ぼうとすると結局もやもやしたものを出せなかったりもするし。
人に見せないところでも(モーニングページとか)書くことでわざわざ意識してしまう感じがあって、書かない気がする。

だから、もししんどいときに何かを出そうとしても、親しい人に話すくらいにするのかも。
わざわざ残したり自分に刻んだりしないように。

何かについて、どんなことを言おうと言わまいと自由ではある。
気持ちを語るのも、意見を言うのも、見解を語るのも、それぞれの自由だ。
それについて共感したり反対したりも自由だし。

でも、それで闘いが大きくなったり傷つく人が増えたりするのは余計にしんどいなぁと思うし、それがSNSとか Webとかのデメリットだよなぁと思う。
特に今のSNSはわざわざ情報取りに行かなくてもトレンドとかで流れてきてしまうから。
うっかり見たらそれだけでまたしんどくなったりもするし、怒りとか悲しみとかで闘いにつながりやすくなるなぁと思う。


そんな中で、末次由紀さんの書き方が、ほんとやさしくて、好きだなぁと思った。

ご自身の気持ちと、あったできごとと、それだけを書いていて、誰かを責めるでもなく擁護したり見解を述べたりでもなく、ただフラットに、でも伝えたいことは書かれている感じ。
それを、すごく言葉を選んで、傷つけないように書いているんだろうなっていう感じ。

そういう、やさしい言葉のやりとりをしていきたいなと思う。

きっとみんながこんな風にやりとりしていたら、やさしい世界になるのにな。

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