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笑う男 第1話

そのひとはいつも笑っていた。
例えばそれは笑顔というのではなく、
表情というよりまとう雰囲気が笑っているのだ。



お、なんだか悪くない書き出し。
そう詩的な表現を捻りだすくらいには、
僕も大人になったものだ。
いや、もう十分に大人だ。30歳になる。

これは、僕のこれまでの人生を文章に起こしてみることにした、いわゆる自叙伝ってやつである。
30歳の節目に、悪くない思いつきだ。
 

御多分に洩れずコロナ禍で人生は180度変わった。変えたのは自分。
住むところも、仕事も、
付き合う仲間も、入り浸る街も、
もしかしたら好きな靴下の色さえも変わったような気がする。
変わらないのは、笑っているということだけ。

 
笑うことを覚えたのは、いつのことだろう。
勤勉とはほど遠く
褒められた学生生活ではなかった僕が
ありがたいことに、人に恵まれ、
いつしか自然に笑えるようになり
いまでは「笑っているひと」と印象づくほどになっている。人生って、不思議だ。

 
例えば、就職活動をしていたころの話だ。
やれメーカーだやれ一部上場企業だ
いわゆる高学歴に属するはずの僕は、
引くて数多だった市場において
意識高い友人たちに遅れをとること数ヶ月、
ほとんどまったくと言っていいほど、
やりたいこと、いきたい場所、
軸にすべき理想の社会人像が定まらずにいた。

 
報酬のため、
名声のため、
夢のため、
そんなわかりやすい目標があればよかったのにと思いながら参加したとある合同企業説明会。
数十社を知れる機会というのは名ばかりで、
目移りというより人酔いしそうなその空間で
僕はそのひとに出逢った。

 

これは、よくある話かもしれないし
思えばまんまとカモになっただけかもしれないが
そのひとは話を聞いてくれた。
真剣に、聞いてくれた。
ああ、こういう社員のいる会社で
僕は働いてみたい。
そう思い、
気づけばエントリーシートを提出していた。
まったく興味のなかった業界へと
足を踏み入れることになったのは
この出会いのおかげである。

 

僕は人との出会いを大切にしている。
それはきっと、
誰かといることによって自分が生かされていることを身をもって知っているからなのだと思う。

 

忘れてはいない、
でも戻りたくはない、過去の話も綴ろうと思う。


BGM
幸福な朝食 退屈な夕食/斉藤和義

つづく


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