見出し画像

音のないプールに佇む|あいちトリエンナーレ#2 「豊田東高校」 高嶺格

これは是非とも夏の日差しの中で、白昼夢のように屹立するさまが見たい作品。
この作品があるから、トリエンナーレもクソ暑い真夏に開催する意義があるというものです。
蝉しぐれの中で眺めていると巨大な墓石のように思えてきます。

しかし…どうやって剥がしたんだ(笑)!
アリエナイ。この剥がれ方切れ方のキレイさがアリエナイ。
その謎を解くためにアマゾンの奥地に向かいたい。
プールの底が、とにかくもの凄くキレイにスッパッッと切れて立ち上がっていて、ゆえに白昼夢の、仮想現実の中の出来事のようでもあります。
これも凄い作品。あれだけの圧倒的な物量がありながら、音がない。
この、音のなさはどこからくるのか。

コンクリートも実際はグズグズの泥や塵を無理やり固めたものに過ぎません。だから普通だったらあんな風にキレイに切り取れるハズがない。スタッフの方に聞いて見みたところ、20個のピースに分けてあるそうです、一時は重機の音が毎日してました、とのこと。そりゃそうだ。一枚だったらすでに地上の出来事じゃないです(笑)。
でもカッターを深く入れて切り分けたところでタッパーで作ったゼリーみたいにフォークで刺して垂直に持ち上がるわけじゃないので、どこかからテコみたいな道具を入れて底盤を砕石層から剥がす必要があるんじゃないか。ちなみに通常はハンマーで叩きまくってコンクリートを砕いて取り除きます。
ちなみに裏に回ればプール底を垂直に支える鉄骨の構造体を見ることができます。
これが、実はとても巧みな装置だと思うのです。

というわけでまずは切り口に興味津々(笑)。
砕石上に捨てコン+厚200程度と見られるコンクリートスラブですが…プール床側の小口、なんだこれは。キレイすぎる。
小径の骨材はカッター入れると切断以前にポロっと取れちゃうと思うので、もうちょっとボロボロでもおかしくない。
鉄筋も見えない…?何?無筋??と垂直な方に回り小口をよく見ると、あ、あるかな?鉄筋…。
16φ、シングル…?タテヨコ@200くらいか。うーん、この小口も補修してありそうだな。。

画像1

で、これをどうやって剥がしたのか…。
私の推察は、深くカッターを入れたあとプール底の手前側を剥離作業に必要なスペース分だけハンマーで叩いて普通にハツり、断面を露出させたところで端から順番に底に何らかの道具を入れて底盤から注意深く剥がしたのだろうと。
「記念碑」は高さ9m(注1)ということですが、背後/手前合わせても残っている床はプール長の半分なさそうなので、プールが25mだとするとピースに分けて剥がし立ち上げる際のロスも相当出ていると見られます。プールが20mという可能性もありますが(笑)。
そして、垂直側が床にほんの少し噛んでいることを考え合わせても、少なくとも床側、垂直側とも小口はおそらく補修してあるのではないか…?
補修といってもいかにもな補修ではなく、骨材の断面を見せながらコンクリートの切り口そのものにみえるように仕上げられてて超絶上手い。
切断ライン際の床表面仕上げも磨り減ったプール床そのままです。
切り口があまりに端正なので、あれだけのとんでもない量塊がチーズでも切ったという具合に見えるのです。

画像2

ウラには(恐らく)これだけの泥臭い作業がありながら、その剥離/切断の摩擦抵抗の痕跡は注意深く取り除いてチーズみたいにスッパリ切れたかのように仕上げ、一方でそれを支える構造物はあっけらかんと見せて重力の記号だけを残す。
上手いのは、プール底を支える構造体をあえて見せることで、それがあたかも舞台裏であるかのように見えることです。
しかしそれは偽の舞台裏です。

物体の持つ摩擦抵抗の痕跡を消し、重力と拮抗する様だけを見せる。
摩擦のないなめらかな平面を初速vで動く点P、みたいな状態です。
摩擦がない、それが音のない世界に転じるのではないか。

しかし小口を補修するだけで、摩擦の痕跡が消え、ゆえに音が消える、というのは発見です。
いつもあまり考えずに小口補修しちゃいますが、あれは音のない世界に向かう道程だったのか…(笑)。

豊田東高校プールと喜楽亭旅館アポリアは空間体験を蝶番として、好一対を成していると思います。
喜楽亭は視覚以前の摩擦と振動による手探りの空間体験、一方豊田東高校プールは視覚を通り越して脳内にしか存在しない空間体験、という双璧なのだと思うのです。

注1)事前情報で高さ9mと聞いていたのでその通りに書きましたが、正確には12mだそうです。トランプウォールと同じ高さ9mという説明が一部でなされていますがそれは事実ではない模様。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?