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2019/2/7 まるで自分のことのように

子の保育園が決まった。それも一番行かせたかったところに。思えば妊娠して出生前診断を受けて結果が出て、産む、と決意した日、彼に報告し、その後真っ先に向かったのは区役所の保育課だった。あれから約1年半。

最初は今の家からすぐ近くの園に行かせるつもりで、だけどあれこれみていくうちに、気が変わった。今の家は家族3人で住むには手狭で賃貸に出すことを考えている。だから保育園が決まったら、その近くに引っ越せばいい。

その園には去年の結果からもしかしたら入れるかもしれない、と期待を寄せていて、だけど確率的には低かった。だからポストにその園から封書が届いていて、それが内定のお知らせだと分かった時には本当に本当に嬉しかった。

彼もその園を気に入っていたからとても喜んだ。帰宅するなり子の手をとり「よかったね、あの園に入れるよ」と言ったほど。ものすごくロジカルで現実主義の彼からそんなセリフが出るのがちょっと意外で、まあだけどそれくらい彼も喜んでいた、まるで自分のことのように。

親友の結婚が決まった時、友人のビジネスがうまくいった時、今までにも誰かのよかったことを自分のことのように喜ぶことはあったけど、我が子に関することというのは、少しそれとは違う。子の内定通知をみて私が思い出したのは大学に合格し、東京に行けるのが決まった日のこと。つまり限りなく自分事で、まるで当事者みたいな気持ち。

子を拡張した自己のように感じてはいけない、親子とはいえれっきとした他人。日頃から自分にそう言い聞かせているのに、やはり繋がっているように感じてしまう。

子はこれから通う保育園でさぞかし駆け巡って遊べるだろうと思う時、その気持ちよさは私の中にある。


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