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74.「天女の雪蹴り」にはじまる

 裾野には我が家からクルマで約40分くらいで行けるのだけれど、行くのは初めてだった。今年の春に第一回大岡信賞を受賞したことで、静岡連詩の会という大岡信がはじめたイベントに参加することになった。
 連詩とは複数人で短い詩をリレーのように連ねていく創作現代詩で、連歌・連句の美学を下敷きにしてはじまった。21回目だという。
 大岡信の後を継いで、2009年から「さばき手」をつとめるのは、詩人の野村喜和夫である。ぼくは、かつて野村喜和夫の長編詩「街の衣のいちまい下の蛇は虹だ」に篠田昌伸が果敢にも曲をつけたものを横浜のみなとみらいホールの企画「ジャストコンポーズ」で歌ったことがある。旧知ではあるが、よく知っている仲ではない。
 コロナ禍での開催であるために、親睦を深めるために前夜に開催される最初の食事会がなくなったので、初日は三島駅に集合になった。到着すると、既に野村喜和夫、詩人のマーサ・ナカムラが待っていた。三島駅から約10キロほどの裾野市民文化センターが創作会場である。もうひとり俳人の長谷川櫂が現れて、この四人で、文化センターの会議室で3日間に亘る詩作がはじまった。あとひとりの参加者である評論家の三浦雅士は、家庭の事情で3日目からの参加になった。
 一番最初の発詩は、「さばき手」の指名で、長谷川櫂が書いてきていた。

小春日和の青空から 三人の天女が
 白い山頂に舞い降りて
  雪蹴りをして遊んでいる
永劫は一瞬 一瞬は夢 夢は現
  新しい命の誕生を祝福しながら

 この詩から「天女の雪蹴り」というタイトルを野村さんがつけた。連詩は、五行、三行と連ねていくという簡単なルールだけがある。次は、野村さんで、20分もしないうちに完成させた。

美しい裾野 美しいゴール前
頭上のボールを追って 入り乱れる選手たちは
まるで躍動するマサイ族の戦士のようだ

その次は、マーサ・ナカムラで、彼女も30分もかからず書き上げた。

洞穴へ
私たちは地を這うものをあ追って行く
土天井から
東遊の音声が垂れ落ちる
一音一音は闇子となる

 3日間で、四十篇作るというのだが、このペースでいくと割りと早くできあがってしまいそうだが、詩の方向が決まってくると、だんだん難しくなってくる。三人から回ってきた、富士山やサッカー、三保の松原の羽衣伝説のイメージを受けて、さて、ぼくは何を作るべきだったのか。

いい匂いがやってくる
膝から下はどうなってるんだ!
首から上はどうなってるんだ!

 視覚、聴覚ときたので、嗅覚を添えて、富士の山の様子を描いてみたが、リモートで参加した三浦さんは、大胆な切り替えしで、ランボーの「Voyelles(母音)」を想起させるかのような面白いものを書いた。

さて! 名前に含まれる母音を数える
大岡信はO型 長谷川櫂も巻上公一もマーサ・ナカムラもA型
谷川俊太郎と野村喜和男は AとOの戦いだってことがよく分かる
君は何型?
これを神秘っていうんだよ ほんとだよ

 開催第一回からそうだったのだろうが、創作したものは、鉛筆でA4の白紙に清書する。このように連詩は、続いていく。自分の詩でも他人の詩でもない大空を相手にしたような長編詩ができていくのが、実に楽しかった。

2020年11月


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