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㉔亜季子さんのこと

先日の満月の夜、不思議なメールが届きました。
5年前、心臓発作で突然この世を去った友人のメールアドレスが送信元になっていました。

「まだ魅了されたままなの。Akiko」
という、意味不明のフランス語のメッセージからも、
ウイルス・メールなのは明らかでしたが、瞬時に消すことができず、
しばらくパソコンの前で呆然としてしまいました。

私達が出会ったのは2007年だったでしょうか、
彼女がまだ20代でソルボンヌ大学ギリシア哲学博士課程の学生、
私がパリに住み始めた頃でした。

非常に聡明な女性で、
第一言語のフランス語はもちろん、
英語・イタリア語をはじめ、欧州語は一通り理解し、
古典ギリシア語ラテン語も勉強していましたので、文法は言うに及ばず、
語源や、音声学など言語学、また文学の観点からの知識も豊富で、
拡張性を持ってフランス語を理解できるよう教授してくれました。


当時、私は、日本での基礎学習経験もなく一からのフランス語習得だったので、
ソルボンヌ大学付属校の
フランス語でフランス語を教える直接法では理解するのに時間がかかり、
初級段階でつまずいていました。
彼女の個人レッスンを運よくうけられるようになり、
効率よく全体像を掴んでいけるようになったと思います。

彼女は幼少期から画家のお父様の仕事の事情でパリに住み、
日本人ではあっても思考回路は半分以上フランス人でしたが、
日本の小説、特に歴史ものが好きでよく読んでいて、
日本で成長した私達よりずっと綺麗な日本語を話す人でした。

20ほど歳は離れていましたが、
二人ともマイ・ペースで集団行動があまり得意でないことから気が合い、
パリ時代も、お互いが本帰国してからも
時折、映画をみたり食事をしたり一緒に過ごしていました。

冷静沈着になんでもそつなすこなす人でしたが、
ヴァイオリニストへの道の(彼女から見た)挫折が
触れてはいけないと感じさせる彼女の影のようなものを作っているように見えました。

猪突猛進で時々「やらかしてしまう」私の粗忽が、
妙に彼女の癒しもしくは救いになっているような気がし、
そこに私の居場所があるように感じていました。


2016年の10月11月、
仕事用の翻訳を助けてもらうために
京王線沿線の彼女の自宅に通っていました。
私の12月の出張の日程に合わせて冬季休暇を調整してくれた彼女と
数日パリのクリスマスを楽しもうと、
各自別の便で日本を発ち、現地で落ち合う約束をしました。

12月初め、彼女の自宅でいつものように作業を終えた後、
待ち合わせ場所と時間を確認して、
「では、パリで!」
と、玄関先で会話したのが最後になりました。

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イヴの数日前、パリの待ち合わせ場所に、
何時間待っても彼女は現れませんでした。

時間と約束には誠実な彼女でしたから、
なにか事故にでもあったのでは、と心配になり、
講師として勤務していた教育機関のサイトに
休講のお知らせやその理由など出ていないか念のためアクセスしてみると、
そこには出発直前に亡くなった彼女の訃報が掲載されていました。


過呼吸とはああいう状態のことを言うのでしょうか、
頭の中が真っ白になり、鼓動が波打ち、呼吸が苦しくなり、
携帯を持ったままキッチンの床にうずくまってしまいました。
後にも先にもあんな状態になったことはありません。

当時彼女は30代半ば、私達が友人として過ごせる時間はその先も充分に残されていると思っていました。

共感できることが多く、どこかしっかり結ばれている感覚があり、
心友といっても過言ではありませんでした。

そうであればなぜもっと彼女との時間を大切にしなかったのだろう・・・
失ってから彼女の存在がいかに私を支えてくれていたかを痛感しましたが、
もはやそれを告げることもかないません。

それなりに長く生きてきましたので、父の死をはじめ、同僚や元上司など
永遠の別れは経験していますが、
彼女を失った喪失感はなにか心の深いところの一部をもぎ取られたようで、
普段は蓋をしていますが、
埋まることも風化することもなく、このままのような気がします。

私は宗教を持っていませんし、これからも多分持つこともないと思いますので
正しい祈り方を知りません。

パリの教会でしばしメディテーションしたり、
自然や命に感謝をする場所として、伊勢神宮にお参りしたりはしますが、
それは、どちらかというと
一人で、深呼吸、内省する場所であり時間であると捉えています。

ただ、生まれ変わりを信じていますので、
彼女が私の今世に与えてくれたものに感謝して、
またご縁があって、次回出会えた時には、
今回できなかったことの埋め合わせをできる自分になっていたいと思っています。

それが私の自己流の祈りといえるのかもしれません。

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