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トゥーティッキの帽子は……

「ああいうのはみんな、冬のものなのよ。もう春になっているのに、あんたにはわからないの?」
ムーミントロールは首をふりました。
「まだ早すぎるよ。そんな感じはしないな」
するとトゥーティッキは、赤いぼうしを裏返しました。内側は、空色でした。
「わたしは、春のにおいがしてきたら、いつもこうするの」
そういって、井戸ばたに腰かけて、歌いだしました。

新版『ムーミン谷の冬』6章

春の匂いを感じたトゥーティッキが
帽子を裏返して歌う場面。
「するとトゥーティッキは、赤いぼうしを
裏返しました。
内側は、空色でした。」が
旧版では
「けれども、おしゃまさんは、もう赤いぼうしを、
いじくりまわしていました。
内側は、うすい青色でした。」
となっている。

「もう(赤い帽子を)いじくりまわしていた」
というのなら、何かにつけ普段から帽子を
いじくりまわす癖があって、その癖がもう出た、
ということ?と、何だかわかりにくい。

原書を参照するとここは
Men Too-ticki vände ut och in på sin
röda mössa och insidan var blekblå.
となっていて、直訳すると

vände ut och in på(裏返した)
sin röda mössa(自分の赤い帽子を)
och insidan var blekblå.(すると内側は
淡い青色だった)

という意味になる。

blekblåは「淡い」「薄い」青だが、
この後の場面で表現されている色である
himmelsblå (スカイブルー)と揃えた。

Too-ticki stod i takdroppet och vevade i sin avigvända himmelsblå mössa, och himlen var lika blå som den och solen sken i positivets silverbeslag.

トゥーティッキが、屋根からしたたる雪どけ水のしずくをあびながら、空色に裏返したぼうしをかぶって、ハンドルを回しているのでした。空もぼうしとそっくりの青さで、オルガンの銀の金具に、お日さまがきらきらと輝きました。

新版『ムーミン谷の冬』6章

ちなみにスカイブルーの色見本はこちら。


さて、冒頭に戻って
春の匂いがしてきたら いつもこうするんだ、と
歌い出したトゥーティッキ。
その歌詞も旧版では
「ぼうしをいじくりまわしてるの」だが、
ここも当然、帽子はいじくりまわされたのではなく
裏返された、となる。

Jag är Too-ticki
som har vänt ut och in på sin mössa!

という原文を直訳すると
”私は帽子を既に裏返したトゥーティッキ!”
という感じになるが、文の途中で
改行されているこの文章は歌詞であり、
次に来る
Jag är Too-ticki
som vädrar varma vindar i sin nos.

”私は あたたかな風を鼻から吸い込んでいる
トゥーティッキ”と対になっている。

詩を訳すのは難しい。
2番目の方は当初
「くんくんかいでるの」だったが
編集者さんの推しで「かいでみよう」
となった。ならば、ここはスムーズに
つなげたいよね、と考えた最終形が
こちら。

わたしはトゥーティッキ
ぼうしを裏返したら
わたしはトゥーティッキ
あたたかい風をかいでみよう

語調を考えて意訳。
詩を訳すのって本当に難しい!
(この後の「今や 地球は……」の
「今や」は「さあさあ」「ほらね」
「そうだよ」あたりにしたかったのだが…)

この歌のラストは旧版では
「みんな 毛のズボンを ぬぎすてて
たんすの中に しまいましょ」

と、かわいらしい感じなのだが、
Toveの朗読を聴くと、ここは
上品な口調ではないため
新版ではこのように。

ウールのズボンは ぬぎすてて
クローゼットに ほうりこめ

Tove自身による朗読はこちらで聴けます↓

余談。
トゥーティッキの「名言」として
よく挙げられる
「ものごとって、みんなとてもあいまいなのよ。
まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」
について。
「まさにそのことが…」の原文は
det är just det som lugnar migで、
旧版は英語版の
”that's exactly what makes me feel reassured”を
直訳したものだと推測されるのだが。

自然な話し言葉とはどうにも思えないため、
「だからわたしは安心していられるんだけどね」
「そのおかげで、わたしは安心していられるんだけどね」
「そんなわけで、わたしは安心していられるんだけど」
あたりに改訳したかったのだが、
どうにも叶わなかった。
色々な事情があるらしい。
とはいえ。
新版のキャッチフレーズである
「現代的な表現、言い回し」
からあまりにも遠くて。
このフレーズがフューチャー
されるたびに、「いとどむねふたがる」のだ……。

トゥーティッキ(Too-ticki)はToveのパートナーTuulikkiがモデル。
【夏の終わりの手紙にトーベは、トゥーリッキがモデルの「新しい小さな生きもの」を描き添えた。そして イラストには「Min Tootikki!(私のトゥーティッキ!)」とあった。】
評伝『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』(フィルムアート社刊)より


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