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モラン過ぎる!

謎多きキャラクター、モラン。
代名詞から女性であることはわかるが
体が冷え切っていてひとりぼっち、
ということくらいしか知られていない。
旧版では「ばあさん」「おばさん」と
訳されていたが、原書を見ても
根拠となる語は見当たらず、
若いのか年寄りなのかはわからない。

トーベの物語には辞書にはない独自の表現
登場することがあるが、
förmårradeもそのひとつ。
förmårrade =「モラン過ぎる」といったところ。
förmårradeだと「モラ過ぎる」じゃん!と
思われるかもしれないが、
「モラン」は定冠詞(英語だとthe)が
付いた形であり、もともと(というか不特定の
単数名詞形)はen Mårraなのだ。

Han visste att om en Mårra sitter mer än en timme på samma fläck kan där aldrig växa nånting, marken dör av förskräckelse.
モランが一時間以上すわった場所には、もう永久になんにも生えないことを、ムーミントロールは知っていました。地面がおそろしさのあまり、死んでしまうのです。

新版『ムーミンパパ海へいく』1章

en Mårraの定冠詞が付いた形がMårranなので
förmårradeはförmårrandeではなく
förmårradeとなる。
ちなみにmårra自体、トーベの造語っぽい。
それを更に形容詞として使っているのが
förmårradeである、という次第。

さて、この「モラン過ぎる」をどう訳すか。
トーベはこの語を
「とんでもない」「忌々しい」
というようなニュアンスで使っていて、
場面によっては「モラン」に言及すると
唐突すぎてしまう。
それくらい、結構多用しているのだ。

まずは「モラン」に言及しているケース。

新版『ムーミンパパの思い出』

Minsta skrutt har reda på att den förmårrade floden är förgrymlat full av sten!
ねずみの子だって知ってるよ。モランみたいに不吉なあの川には石がごろごろしているってことぐらいはな。

新版『ムーミンパパの思い出』2章

Bra. Jag ska bada i din förmårrade flod.
ようし、おまえのモラン川で、水あびしてやろう。

新版『ムーミンパパの思い出』2章

ここは、このシーンの前にパパが
「これからおもしろくなるんだよ。まもなく、
竜のエドワードと、モランが出てくるんだ」

と前置きしている場面があるため、ここは
敢えてモランと訳出した方が面白い。
そして旧版では単に「モラン川」となっている
ところをförmårradeの不穏さがでるように
新版では「モランみたいに不吉な川」とした。

ちなみにskruttは「ねずみの子」ではなく
ロクでもない奴というニュアンスなので
「どんなにバカなやつでも」とか
「どんなボンクラだって」あたりがよいのだが
旧版の「ねずみの子」が残留となってしまった。
せめて「そんなの誰だって知ってるよ」と
したいところである。
(新版の翻訳事情についてはこちら

この他のケースは「モラン」を訳出していないが
どれもförmårradeと表現されているもので
いくつか例を挙げると……。

新版『ムーミン谷の彗星』

Ta bort det förmårrade repet! sa Mumintrollet argt.
「ちくしょう、こんなロープは早くはずせよ」ムーミントロールは怒りました。

新版『ムーミン谷の彗星』5章
ここは旧版を踏襲。怒っているので「こんな忌々しい」くらい言わせた方がよかった……


Bara toppstjärnan och den var förmårrat hård! skrek Sniff tillbaka och så kröp han under madrassen.
「てっぺんの星だけだい。あれ、最悪にかたかったよ!」スニフもどなりかえして、マットレスの下へもぐりました。

新版『ムーミン谷の彗星』9章
旧版は「わりと」で、当初「めちゃくちゃ」が候補だったが怒鳴り返すので更に強い表現に。

Ni lurar mig förstås nu igen era förmårrade diskborstar.
おまえたちは、また、おれをだますんだな。このいまいましい、台所ブラシめ。

新版『ムーミンパパの思い出』5章
いまいましい「台所タワシ」の方が罵倒としてはよかったかも。※旧版では訳抜け

新版『ムーミン谷の夏まつり』

Förmårrade ungar! sa Snusmumriken som stod och tvättade deras strumpor vid husknuten. Har ni glömt att vi tjärade taket i morse?
スナフキンは庭先で、みんなのくつしたを洗っていましたが、こういいました。
こまったやつらだなあ!今朝、屋根にタールをぬったのを、みんなわすれちゃったのか?」

新版『ムーミン谷の夏まつり』12章
旧版の「ばかなやつら」も秀逸。「とんでもない」を提案するも、マイルドに「こまった」になってしまったが、このあと「おまえたちをぶちころすか」と続くのでバランスとしてはまぁまぁか。


新版『ムーミンパパ海へいく』

そして、ムーミンママのこの台詞。

Så skönt, sa hon. Så förmårrat skönt!
「おもしろい。やけにおもしろいぞ」

新版『ムーミンパパ海へいく』5章

「やけに」は旧版の訳語を踏襲となった。
この後に「もちろん、ママがやけになんて
わるいことばを使ったのを聞いたものは、
だれもいませんでした」
と続くのだが
実は私自身、子どもの頃に読んでいて
「やけ」ってそんなに悪い言葉なの?と
疑問に思っていた。

旧版出版時のお母さん像ならこれで充分
だと思うが、今となっては物足りない。
新版でも基本的にママの口調は丁寧さを
引き継いではいるが
、ここは未来への
重要引き継ぎ事項としたく。
「べらぼうに」(江戸っ子過ぎる?)
「めたくそ」(「めっちゃ」では弱いぞ)
現時点なら
「上等。ヤバいくらいに上等よ」とか。
(50年後だとヤバいも陳腐かな)
さて、この場合、最適な訳語とは……?

『ムーミンパパ海へいく』はママの物語でもある。このイラストの場面も最高!


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