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ムムリク問題

ハーモニカの音がやんで、テントからムムリクがあらわれました。緑色の古びたぼうしをかぶって、パイプをくわえています。

新版『ムーミン谷の彗星』3章
”Och ut ur tältet kom en mumrik i en gammal grön hatt och med pipa i munnen.”

これはスナフキン初登場のシーン。
「テントからムムリクが」とあり、
そのためスナフキンはムムリク族だと
言われたりもするが、実際のところは
よくわからない。

ムムリク(mumrik)という語には
”無礼で乱暴で粗雑な愚かな男”
”変な奴” というような意味がある。
上記引用部分を字義通りに訳すと
例えば(あくまで例えば、だが)
「テントからガラの悪い変な奴が
あらわれました」あたりになる。
しかし、その後のスナフキン像を
考えると、しっくりこない。

この後のやりとりで
Jag är Snusmumriken.
(ぼくはスナフキン)と名乗るのだが
snusmumurikという語には
(snusumumurikenは定冠詞が付いた形)
「かぎタバコを常用する男」や
「薄汚い男」「だらしない男」
といった意味がある。
とはいえ、これをそのまま訳語に
してしまうと、違和感がありすぎるだろう。

さて、こちらはトーベ評伝の図版ページにある
舞台のスナフキン設定スケッチ。
トーベ自身が描いたもので コメントには、

『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』ボエル・ヴェスティン=著|畑中麻紀・森下圭子=訳(
フィルムアート社刊)

「服はくたびれていて端っこは破れ、
どこかむさ苦しく、生地も安っぽい」

とある。

となると、『彗星』での登場シーンは
「テントからむさ苦しい感じの奴が
現れました」あたりがよいのかもしれない。

Snusmumrikenの日本語訳名は
英語版名Snufkinに倣ったスナフキン
MumrikやSnusmumurik(en)と
スナフキンとは、なかなか繋がらないだろう。
かと言って、くどくど説明めいた訳を
持ってくるのもどうかと思うし、
この後、物語を読み進めていくうちに
mumrikとは何ぞや?という答えを
読者自身が明らかにしていくのがよいのではないか。
そのためここは、旧版の訳語「ムムリク」を
新版でも引き継いだのだった。
(「種族」なのかどうかは不明です)

そして、「ムムリク」という表現は
他の作品にも登場している。

「すごくいいぼうしだね、スナフキン、きみにぴったりじゃない?」
新版『たのしいムーミン一家』1章
「そうか、その気味のわるい連中を追っぱらってくれんかね」
「早く考えてくれ、スナフキン。わしは、もうずるずるすべり落ちていっておる」
新版『たのしいムーミン一家』3章
「やれやれ。スナフキン、オールを取ってよ。ぼくらは、このこんがらがった糸をなんとかするからさ」新版『たのしいムーミン一家』5章

3章のヘムレンさんのせりふの
「追っぱらってくれんかね」の後には
snälla mumrik!とあり、ムムリク、頼むよ!
という感じだが、ここは訳出していない。
あとの「スナフキン」はmumrikなのだが
ヘムレンさんは切迫している場面なので、
もう少し乱暴な口調でもいいだろうし、
ムーミントロールの台詞は全体的に
もっとぶっきらぼうな感じにすると
mumrikの語感を活かせるだろうな。
(そこは改訂訳版なので、なかなか……)

さらにもう1作品。

「ねえ、スナフキン!」と、いちばん大きな子が呼びました。
「なんだい」とスナフキンが返事をすると、
「ぼくたちからのプレゼントがあるんです」
こういって、森のこどもは、まっ赤になってしまいました。
新版『ムーミン谷の夏まつり』12章

「ねえ、スナフキン!」と呼びかけている部分が
実はMumrik!なのだ。
旧版で「スナフキンおじさん!」となっているのを
新版では「スナフキン!」とすることになったが、
ここはむしろ「おじさん!」の方が
よいのではないかとも思う。
24人のこどもたちが「スナフキン」と
呼びかける場面はなく
(スナフキンという名を知らないのかも?)
こどもたちにとってスナフキンは「おじさん」
なのだろうから。

トーベはキャラクター設定をきっちり・がっちり固めている訳ではなく、作品間での矛盾も結構あり、突き詰めて考えているうちに足元を掬われることもあるという……。
ムムリク問題、もっと調べる余地はありそう。気づいたらまたアップしようと思います。


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