怒ってないんかーい
『ムーミン谷の十一月』11章は
ひとりの時間を愛しむスナフキンの
描写から始まる。
何せこの前夜、ヘムレンに押しかけられ
孤独を邪魔されたまま朝を迎えたのだ。
さて、まずはコーヒーを……と
支度しようとしたスナフキンなのだが。
この状況でおはようと言われたスナフキンは
どんな口調で返すだろうか。
―怒ってるよね。機嫌悪いよね。
何だよ、邪魔なんだよ、この熊手!
あいつのだよ!ヘムレンめ!!
人のテントに押しかけやがって!
でかい図体で窮屈!迷惑!!
……という心境ではないかと。
さて、ここの原文はというと、
ヘムレンのHej!に対してスナフキンは
Hej hej, sa Snusmumriken.
(Hej hejとスナフキンは言いました)
と答えている。
”Hej”というのは汎用性の高い言葉で
朝から晩まで使える挨拶の言葉。
「おはよう」ならGod morgonという
表現があるが、Hejでも大丈夫。
ちなみに、フィンランド語の場合
(やっぱり汎用的な)"Hei"を2回言う
”Hei hei”は「じゃあね」「バイバイ」
になるそうだが、スウェーデン語の場合
Hej hejと重ねても別れの挨拶にはならず
あくまでHejのバリエーションとしての
Hej hejなので、ブチ切れて「あばよ」
と返している訳ではない。
となると、
あー、はいはい、おはようさん(ちっ、
うっせーな)という感じだろうか。
ちなみに旧版訳ではここは
「よう、よう、おはよう。」なのだが
子どもの頃からここは違和感があったのだ。
ところで、フィンランド国営放送のサイトには
トーベ・ヤンソンの自作朗読アーカイブがあり
『ムーミン谷の十一月』の朗読もここで聴ける。
そして該当の箇所を聴いてみたら。
何だか結構、ごきげんな感じなのだ。
えーっ、そうなのか……ということは
ここは、熊手に躓いて転んでガラガラ
ガッシャーンでてへぺろ的な?
”sa Snusmumriken.”(と、スナフキンは
言いました)とだけあるので、ここは
Toveの朗読がなければ袋小路案件だった。
とはいえ、余計な表現を足すべきでもない。
ちょっぴり照れ隠しニュアンスも
入れたいと思いつつ、最終的には
読者の解釈が限定され過ぎないよう
「ああ、おはよう」という訳に。
簡単な単語ほど、実は難しかったりするのだ。
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