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怒ってないんかーい

消えかかった秋の夜が足ぶみして、遠い夜明けを待つ間に、海から霧が流れてきました。霧は山はだを伝って峰を越え、むこうの谷間に流れていって、すみずみまで立ちこめました。スナフキンは、朝は早起きしようと心に決めていました。そうすれば、ほんのひとときでも、ひとりきりですごせるからです。

新版『ムーミン谷の十一月』11章

ムーミン谷の十一月』11章は
ひとりの時間を愛しむスナフキンの
描写から始まる。
何せこの前夜、ヘムレンに押しかけられ
孤独を邪魔されたまま朝を迎えたのだ。

さて、まずはコーヒーを……と
支度しようとしたスナフキンなのだが。

たき火に火がついて、朝霧の中で燃えだしました。スナフキンは、コーヒーポットに小川の水を入れて火の上にのせると、一歩後ろに下がりました。と、そのとたんに、ヘムレンさんのくまでにつまづいて、転んでしまったのです。ガラガラ、ガラン、すさまじい音をたてて、なべが川岸を転がり落ちていくと、ヘムレンさんが大きな鼻をテントからつき出していいました。
「おはよう!」

新版『ムーミン谷の十一月』11章

この状況でおはようと言われたスナフキンは
どんな口調で返すだろうか。
―怒ってるよね。機嫌悪いよね。
何だよ、邪魔なんだよ、この熊手!
あいつのだよ!ヘムレンめ!!
人のテントに押しかけやがって!
でかい図体で窮屈!迷惑!!
……という心境ではないかと。

前夜にヘムレン(とフィリフヨンカ)のせいで、ベーコンが炭になっちゃったし!

さて、ここの原文はというと、
ヘムレンのHej!に対してスナフキンは
Hej hej, sa Snusmumriken.
(Hej hejとスナフキンは言いました)
と答えている。

”Hej”というのは汎用性の高い言葉で
朝から晩まで使える挨拶の言葉。
「おはよう」ならGod morgonという
表現があるが、Hejでも大丈夫。

ちなみに、フィンランド語の場合
(やっぱり汎用的な)"Hei"を2回言う
”Hei hei”は「じゃあね」「バイバイ」
になるそうだが、スウェーデン語の場合
Hej hejと重ねても別れの挨拶にはならず
あくまでHejのバリエーションとしての
Hej hejなので、ブチ切れて「あばよ」
と返している訳ではない。

となると、
あー、はいはい、おはようさん(ちっ、
うっせーな)という感じだろうか。
ちなみに旧版訳ではここは
「よう、よう、おはよう。」なのだが
子どもの頃からここは違和感があったのだ。

ところで、フィンランド国営放送のサイトには
トーベ・ヤンソンの自作朗読アーカイブがあり
『ムーミン谷の十一月』の朗読もここで聴ける。

そして該当の箇所を聴いてみたら。
何だか結構、ごきげんな感じなのだ。
えーっ、そうなのか……ということは
ここは、熊手に躓いて転んでガラガラ
ガッシャーンでてへぺろ的な?

”sa Snusmumriken.”(と、スナフキンは
言いました)とだけあるので、ここは
Toveの朗読がなければ袋小路案件だった。

とはいえ、余計な表現を足すべきでもない。
ちょっぴり照れ隠しニュアンスも
入れたいと思いつつ、最終的には
読者の解釈が限定され過ぎないよう
「ああ、おはよう」という訳に。

簡単な単語ほど、実は難しかったりするのだ。

朗読を聴いてびっくり!ネタは他にもあるので、また別の機会に。

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