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京都の閉塞感(悪くない)

18年間住んでいた東京

京都市左京区・出町柳に住んで10か月。
はじめての一人暮らし。
住みやすすぎる町。
そこにはおそらく15歳の自分にとってのあこがれの風景が広がっており、ただそれだけで大学進学、移住を志した。
18年間1度も東京23区外で暮らしたことがなかった自分にとって、ある恐怖心があった。
それはこのまま一生を東京23区で終わらせてしまうのではないかということだ。

高2 当時のおきにいり昼寝スポット


僕(メインの一人称)は基本的に反権威主義な思考を展開することが多いため、既定路線のレールに乗せられた人生を肯定する気になれない。
おそらくこれまでの人生(今もかもしれない)はまさにそんな人生だという自意識が強かったと思う。
世の中の東京志向に対しても「けっ!!!」と思っていた。

ようするにこれまでは自分にとって東京という町は固定的で刺激がなく、ある意味不自由な場所であった。
東京から出たいと思っていたが、普通に進路選択をするなら関東を出ることは考えられない、という環境下にあったからかもしれない。

そんなこんなで東京でちょびっと鬱屈とした気持ちになりながら、中高時代には47都道府県を旅し、さまざまな都市を歩き回っていた。
その旅を経て、10代の感性によって一番自由な街だと感じたのが京都だった。

あらゆる下車駅でスタンプを押してもらっていた
13歳


ただ、中高の環境、親の理解を鑑みると京都大学に進学するしかなかった。
京都に住むことが最大で唯一のモチベーションだからしっかり勉強して無事京都に住むこととなった。

東京を客観視した

前項で述べた通り、東京から離れたい、京都に住みたいという理由だけで京都大学に進学したものの、教養を得ること以外に勉学のモチベーションはなかった。
周りはやはりアカデミックなモチベーションが高く、平日の昼間はみんな学校にいるから、どこか取り残された感情。
7畳間に一人いる時間、またはその辺の喫茶店で怠惰な人間と話す時間が多かった。

お勧めの喫茶店
正しい喫茶店の趣


僕の学部は幸い同じような勉学の志の低い人間が多く、彼らと話すととても精神的な安らぎを覚えることができた。
みんな悶々としている。

しかし、なにか窮屈な思いがぬぐえない。高校時代の楽しかった放課後と同じような生活をしているのに。
少し考えてみると気づいたことがある。

東京は広かったのだ、思ったより。
これは精神的なものよりも物理的な広さとおもってもらえばいい。
関東平野の大きさは関東を出てみないとわからなかったが、実は壮大なスケールで街が広がっていた。
ここで高3の自分のある日の生活を見ていこう。

10:00 起床
11:30 外出
12:10 お茶の水のエクセルシオールで勉強
17:00 温泉はいりたくなり、埼玉県秩父へ
19:30 到着
21:00 帰路へ
23:30 帰宅

僕は基本的に家にいるのがきつい性であるからこういう移動を平気でしちゃうのだ。
総移動距離200キロの小旅行だがそこまで交通費がかからない。
こういう気の晴らし方ができるのは関東平野に住む者の特権なのかも。と考えた。
地元にはJR中央線が走っていたが、むかしからあの高尾行きの電車から乗り換えた後の山の世界の神秘さを妙に感じていたのも、関東平野の広さのせいかもしれない。

京都の狭さ

上に記したような過ごし方を送っていた自分にとって、京都盆地の狭さは顕著だ。
出町柳から京都駅の距離は6.5キロ、自転車で30分くらいだが、果てしなく遠いように感じられる。
鴨川は広く感じられるのに、実際はとても狭い。

無限の広さを感じる賀茂川


大阪なんて月くらい遠く感じてしまう。

出町柳、三条、木屋町、四条河原町、この辺の往復のみで生活が完結してしまう。
普段から山がない方が南だと無意識に感じてしまうが、これは京都が三方向を山に囲まれているからであり、それがとてつもなく厚くかんじられる。
なにせ、比叡山は大きいし、超えた先には琵琶湖という別世界。
北と西にはいくら進んでも町はない。山、山、山
この狭さがどことなく精神を曇らせることがある。
それゆえに自分の放浪癖がかなり薄まってきたような気がする。
京都駅に出ることまで億劫なのだ。

自分の放浪癖を皆がよく称賛するが、いっちゃえば現実逃避のツールであった。青森の先っぽの岬や鹿児島の枕崎、四万十川のど真ん中など全国津々浦々を巡ったが、巡ったところでなにも成長していない、というわけである。

山形県山寺
15歳のとき 一眼レフは買ってもらった


旅は自分の浅はかなことを自覚するには有効だけど、そこを解決するためには旅なんてせずにきちんと腰を据えて向き合わないといけないって気づいてはいる。

京都の狭さ、窮屈さが自分を外界に出す気力をそいでいて、いろいろ出不精になっているのは間違いない。
京都で哲学者が多く出たのもなんとなくわかる。
京都にいても結局気は晴れないけど、きちんと向き合えというしるしなのかもしれない。
京都の狭さの中で将来のことを考えたいものですなぁ(バシャウマ)

さいごに

これを書いているのは期末試験期間の真っ最中。
自分はまた現実逃避のツールを増やしてしまった。
ちびちびと書いていきます。




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