『文体の舵をとれ』練習問題③ 長短どちらも 問1 +追加問題問1 +両問共通

一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文(完全な文の代わりに、文の一部だけを用いたもの)は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。[〜略〜日本語にそのままで当てはまるものではないため、〜略〜〈何〉について〈どう〉であるか、のように、主題を対象とする陳述・叙述が成立していればよいものとする]

 明け方、静かに玄関ノブの音がした。夜が白み、星が消えていく時刻だ。布団から出ている鼻の先が冷たい。今日はなぜ眠れなかったのだろう。パパの様子は普段通り優しかった。悩みごともここのところなかった。そうだ姉が一緒に寝ようと言った。明日は土曜日、夜更かしができる。なのにおしゃべりは寝息になった。開くまなこは夜に置いてきぼり。時計の音だけがカツカツ響いている。羊を数えてみてもウトともしない。身体の向きを変えても眠れない。布団から足を出してはひっこめる。今日はどうしてしまったのだろう。夜が白んで星が消えはじめていた。明け方、静かにドアノブが開いた。わたしには突然すべてがわかった。優しいパパが朝帰りした音だった。

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思春期女子の小さな大発見の巻。

〈追加問題〉問1

口語調で書いていたなら、ちょっと手をゆるめて、もっと作者として距離を置いた書き方でやってみよう。

 明け方のしじま、静けさの中、玄関ノブの音が響いた。夜が白み星が消えゆく時刻、ルーシーは耳をそば立てる。布団から出ている鼻先の冷たさを感じながら、今日に限って一睡もできなかったことをルーシーは不思議に思っていた。振り返っても特段変わったことはなかった——父親の様子は普段通り優しかったし、ルーシー自身の悩みごともここのところはなかった。変わったことと言えば、ルーシーの姉が一緒に寝ようと言ってきたことぐらいだ。明日は土曜日、夜更かしができる——ルーシーは心弾ませながら姉の寝床に潜り込んだが、姉のおしゃべりはすぐに寝息になってしまった。まなこは開いたまま、自分だけ夜に置いてきぼりにされたような気になって、ルーシーはつまらなかった。時計の音だけがカツカツと響いている。羊を数えてみるがウトともしない。身体の向きを変えてみるがどうにも眠れない。布団から足を出してみては寒くてひっこめることを繰り返す。ルーシーは不思議に思う——それにしても今日はどうしてしまったのだろう。夜が白み、星が消えはじめる時刻だった。明け方、静かにドアノブの開く音が響いた。そのとき突然、すべてがわかった、そういうインスピレーションがルーシーを撃ち抜いた。優しい父親が朝帰りしたのだ、と。

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一人称→三人称になったのと、字数制限の解除にともない、主観をポンポン並べるスタイルから、つなぎの周辺説明が増えたと思います。

〈両問共通〉

二種類の文の長さでそれぞれ別の物語を綴ったのなら、今度は同じ物語を両方で綴って、物語がどうなるのか確かめてみよう。

(一文で続けてみる)

 静かに玄関ノブの音がしたのは、夜が白み星が消えていく時刻で、布団から出ている鼻の先も冷えてしまっていて、わたしは今日はなぜ眠れなかったのだろうと思い返していた——パパの様子は普段通り優しかったし、悩みごともここのところないはず、そうだ姉が一緒に寝ようと言ってきて、超テンションあがって明日は土曜日だし夜更かしができると思ったのに、おしゃべりはさっさと寝息になってしまって、開くまなこは夜に置いてきぼり、時計の音だけがカツカツ響き、羊を数えてみてもウトともできず、身体の向きを変えても眠れなくて、布団から足を出してはひっこめたりして、いったい今日はどうしてしまったのだろうと考えているうちに、夜が白んで星が消えはじめ、明け方静かにドアノブが開く音がして——その瞬間わたしはすべてがわかってしまった——それは優しいパパが朝帰りした音だった。

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もともとが一人称の繰り言なので、一文で続けてもあまり違和感なく作れました。ティーンエイジャーぽいエッジは少なくなったかもしれません。