『文体の舵をとれ』練習問題⑦ 追加問題(おまけ)

事件や事故の物語を2回語ってみること。一回目は遠隔型の作者か、取材・報道風の声。二回目は事件・事故の当事者の視点から。

小学生お手柄 さい銭泥棒の容疑者確保
住宅街の小さな神社でテレビカメラが男の姿を捉えた。住民からは最近になり神社近辺に不審な男がうろついている、さい銭が取られているようだ、との相談が警察に相次ぎ、警察は何度か境内のパトロールを行ったが、不審な男を捕らえることはできなかった。近くに防犯カメラを設置したところ、九日目に男が現れ、さい銭泥棒の現場こそ映っていなかったものの、神社に入っていき出てくる姿をとらえることができた。男の画像をもとに近隣に聴き込みを行ったところ、男の身元を知る大人はいなかったが、小学生の間ではちょっとした「有名人」であったようだ。いじめられたり、落ち込んだりしている子供がいると、後ろから近づいて声をかけ、温泉まんじゅうをくれる「まんじゅうおじさん」として半ば都市伝説になっていたというのだ。いじめで悩んでいたA子さん(仮名)は「おじさんはいじめられている時に決まってやってきてくれました。どうしてわかるのかと不思議でした。川の側でお家をもたずに暮らしていると言っていました」この証言から、近隣に流れる川沿いに捜索を開始し、今朝未明、住所不定無職、山田正男容疑者(38)を窃盗の疑いで任意同行しました。山田容疑者は「盗んではいない」と容疑を否認しています。

「神さんを祀っておいて掃除しねえのはいけねえ」おれは今日も人のいない時間を見計らって、境内の草むしりや落ち葉の掃除をする。住宅街の合間にあるこの小さな神社には神主がおらず、手を入れなければ荒れ放題だ。この神さんには恩がある。いじめられていたおれは、追いかけられてこの神社に逃げ込んでは、今考えても不思議なことなのだが、境内に入ったとたんいじめっ子たちにはおれの姿が見えなくなるようで、おれは木を揺すって松ぼっくりを落としたり、お賽銭の上の鈴を鳴らしてみたりしていじめっ子たちを怖がらせることができた。そのうち気味のわるいやつとして、おれをいじめてくる者はいなくなった。その恩から、おれはこの神社を守らなければならない。私設神主だ。管理料は賽銭からもらう。お勤めの給料だ。小さな神社だから10日ほど待たないと貯まらないが、怪異が起こる神社としてわりあい信者がいるらしく、一回につき三千円ほどの額になる。毎月ついたちには小さな日本酒も上がっていて、ボーナスとしてありがたく飲ませてもらっている。家はないが、まがりなりにも神勤めの身、不潔にはしていない。川沿いには温泉の湧くスポットがあって夜中に忍びこんで入らせてもらっている。そばには昔ながらの製法で温泉まんじゅうを作っている宿があって、ひとつふたつ、失敬することがある。あまり欲をかくとばれてしまうので、ひとつふたつにとどめておくのが肝心だ。衣類も、外干ししてあるものからひとつふたつ。風の強い日におこなうのがコツだ。この生活をはじめてから、おれにはもう一つ天命が与えられていることに気づいた。道を歩いていると、いじめられているらしい子の頭の先から、黒い煙のようなものがたちのぼるのが見えるようになったのだ。黒い煙を発している子がいれば、呼び止めて、温泉まんじゅうを渡す。おれにはそれぐらいしかできないが、意外に今の子供は温泉まんじゅうが嫌いじゃないようだ。食べながら身の上話をする子もいた。自慢じゃないけれどもおれはなかなかの働きをしていた。境内に女の子を連れ込んで良からぬことをしようとする輩をみつけるたび、姿が見えていないのをいいことにドロップキックをお見舞いした。ガチの賽銭泥棒をみつけて、鈴を鳴らして驚いたすきに腕を捻り上げたこともあった。意外にうまく管理できていると思っていたが、うかつだった。おれは神社の管理者であるというのに、防犯カメラ——不審物の設置に気づかなかったのだ。神社の平安を揺るがす痛恨のミスだ。しかし、よく考えれば、冬を前にこの生活もどうしようかと思っていたおれを、神さんが救ってくれたのかもしれない。警察では屋根はあるし三食出るし布団に横たわることもできる、なにより悪いやつがやってこない、この世の極楽浄土だ。でも春になれば神社に戻るつもりだ。なにせ誰も世話をしないのだから。

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おまけ。思いつく事件がしょぼくて泣ける。