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埋まらない溝

どうも!
不登校サバイバー
Welbeの平田真己です。

今日は
不登校で親子がすれ違う要因について
書いていこうと思います。

それは Want なのか Must/Need なのか

このフレームワークを用いれば
不登校(行きたくない理由がわからないタイプ)の際の親子のすれ違いが少し見えやすくなるのではないかと思う。

子供は
学校に行きたくない
という。
これは want である。

これに対し親は
学校に行かなければならない/行く必要がある
という。
これは must/need だ。

子どもはわかっているのだと思う。
この must と need を。

だから

学校に(行かなければならない/行く必要があるとわかっているけど、それでも)行きたくない

と言葉を補う必要があると思う。

でも、実際、子どもは()の部分は口に出さないことが多い。これでは、親に want の主張しか届かなくなってしまう。

すると、何が起こるか。
親はただのわがままだと片付けて、この want の主張を退けてしまう。世間はそんなに甘くない、それくらい我慢しろ、というかもしれない。

子どもはわかっている。
must も need も。
だからこそ苦しいのだ。
だからこそ、親に反論できないのだ。

must も need もわかったうえで
それでもなお学校が苦しいから
want の叫びをあげているのである。

それしかないのだ。
痛みを伝える言葉が。

学校が自分を傷つける存在であるということはわかっている。
でも、それを表す言葉が見つからないのだ。
「行きたくない」以外に。

だが、want の抵抗はあまりにも脆い。
親が提示する must や need の主張によって
いとも簡単に崩されてしまう。
それでも want で闘い続けるしかない。
子どもにはそれしかないのだ。

主語を大きくして語ったが
全て私と親とのことだ。
これが、いまの不登校の親子にどのくらい当てはまるのかはわからない。

時代が変わっていることを願うばかりだ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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