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第7話「予兆」


前回 第6話「3日目」


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出勤前


この日は朝起きてからチャートを開き、前夜にMikyさんに見守られながらやったトレードポイントを朝からニマニマして見ていた。

「Mikyさん、男の人だと思ってました。それも相場歴20年って言われるから、けっこうお年を召したというか何というか。。。」

リモートで初めて話す緊張感は持ったまま、亜衣はそう言った。

「ははは、昭和生まれのお気楽オヤジだと思ってたンゴね? ひどいなぁ。やめてクレメンスよー。」

(やっぱり変な喋り方w  でも、メッセージとちょっと違う。Mikyさんってリアルだとこうなのかw)

そう思いながら聞いている亜衣。

「亜衣は今年23歳になったンゴね?じゃあ一応〝同い年”ってことになるンゴねぇ。」

(マジっ、同い!?えっ、それでこんなにトレード極めてるの?すごっ!) 

そう思いながら、

(ん?でも待てよ。じゃあいったい何歳からチャートを見始めたんだ?)

と思い、

「Miky先生、相場歴20年っていうのは。。。?」

と聞いてみた。

「ああ、そのくらいになるンゴよ。亜衣だって3歳の時にはもう数学にハマってたンゴね?それと同じなンゴよー。」

たしかに亜衣はむしろ3歳になる前からもう数字の魅力に取り憑かれ、おはじきを「2・3・5・7・11・13・17〜」と均等にはグループ分けすることのできない数にまとめたりしていた。

後に語彙力が追いついてから、それらを「素数」と呼ぶことを知った。それぐらい言語よりも思考が先に発達した亜衣は「3歳からチャートを見て値動きの規則性に興味を持っていた。」というMiky先生の言うことも実感を持って納得できた。

「さすがMiky先生です♪ 年季が違いますね。同じ年の女の子とはいえ、これからも先生として尊敬しています。よろしくお願いします!」

そんなやり取りを思い出しながらチャートを見てニマニマしていると、「まだ準備しなくて良いのかにゃ?」という感じでレオナルドが「にゃーご」と鳴いた。

時計を見ると、いつも家を出る時間を過ぎてしまっていた。

「ヤバっ、もう出なきゃ。レオ、おとなしくしてるのよ。時々スマホで見てるからね。イタズラしてたら大声で脅かすわよ。」

そう言って玄関先まで見送りに来てくれたレオナルドをいったん抱えて頬ずりしてから玄関を出た。

※最近のペット用見守りシステムは、映像監視だけでなく声を届けたりレーザーポイントでかまってあげたりできる。

https://petcube.com/blog/jp-pet-camera/

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バスにて


最近亜衣は出勤にはバスを使うようになっていた。電車よりは混雑がひどくなく、時間帯によっては座れることもあるからだが、

亜衣はこの日いつもより遅めのバスに乗り、立っている乗客の間をすり抜けるように後ろのほうへ進み、空いていた席に座った。

(この時間だと座れるのね。明日からもこの便にしようかしら。ん?)

そう思いながら何気なく前のほうを見ると、亜衣の所属する課の課長が、バスの中ほどで吊り革に掴まって窓の外を見ながら立っていた。

(あっ、課長。。ヤバっ!)

亜衣は反射的に背中を丸め、うつむいて顔を隠した。

(うわ〜。課長もこの路線なのか。やっぱりこの時間の便を使うのはやめよう。バスの中でまで説教されたんじゃかなわないわ。。。)

亜衣がバレないように前の座席の背もたれから目より上だけ出すような感じで課長のほうを伺っている、、、その時だった。

次の停留所で止まるのを見越して前のほうへ移動しようとした女性、女性といっても腰がだいぶ曲がったお年寄りだったが、前方の降り口に進む途中でけっこうな勢いで前のめりに転倒した。

(あっ!)

亜衣は一瞬息が止まったが、次の瞬間、バスの中ほどから乗客の1人がお年寄りの元まで駆け寄り、

「大丈夫ですか? 慌てずゆっくりで良いので。さあ僕に捕まって。」

と手を差し伸べた。

課長だった。

「バスが完全に止まるまで動かれないようにってアナウンスしてるのに。困ります。」

運転手がそう言い終わるや否や、

「すみません。気をつけます。もう降りますから。すみません。」

と課長はそう言って、お年寄りを支えながら一緒に降りて行った。

「どういうこと? 知り合いのおばあちゃんなのかしら?それとも身内?」

亜衣はそう思いながら、バス停で降りて車窓から後ろに消えていく課長を目で追った。

「さっきの人、別々の場所から乗って来てたわよねぇ」
「ねぇ、あそこで自分が謝って付き添って降りてあげるなんて、なかなか出来ないわよねぇ。」

横に座っていた2人組の主婦がそう話しているのを聞きながら亜衣はすぼめたままだった背筋を伸ばした。

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オフィスにて

亜衣は始業時間より少し前に自分のデスクに座ると、いつもなら早めの時間から課長が座っているはずの席にチラリと目をやり、それからPC内のあるファイルをクリックした。

〝園児管理システムKIDS(案)”

亜衣が近日、部内会議において最終プレゼンをする予定の資料だった。

K=Key  
I=Intellisense  
D=Developed  
S =Sistem

園内管理のための〝支援の鍵となる発展版システム”、略して〝KIDS”。

覚えやすいのか安易なのか、そのネーミングセンスは置いておいてもシステムとしては秀逸で、保育園等において園児の出欠状況を把握するだけでなく、

ネームプレートに入れる小型のGPS内蔵チップによって体温や脈拍、脳波まで測定・管理でき、体調やメンタルを崩した園児をいち早く知らせてくれる、画期的なアイデアだった。

また、園内に置いてある本や知育パズル等とリンクさせれば、「園児が何に興味があるか」「何に接している時に良い脳波を出しているか」等について分析する機能まで拡張できる仕様になっていた。

それも既存のシステム・ツールを組み合わせることで作ることができ、導入する現場においても既にあるPC・ネット環境にプラスアルファで機材やソフトを少し足すだけで初期費用も安価に抑えられるという代物だった。

亜衣が最終プレゼンに向けて内容をまとめようとモニターに見入ったその時、バタバタと課長が出勤してきた。

滑り込み、、、アウトだった。
始業時間を少し過ぎていた。

課長は額の汗をハンカチで拭きながらバツの悪そうな顔でPCの出退勤システムを開いた。

(いつも時間にうるさいくせに自分が遅刻してやがる)

(「遅刻は社会人として失格」って言ってたけど、課長は社会人じゃないのかしら?)

そんなオフィス内の無言の抗議が亜衣の頭の中で聞こえてきたのをかき消すかのように

「か、課長!プレゼンの件でちょっとご相談が!」

と大きな声で言った。

(いつも特に課長のことを敬遠している1年目のあの若い子が、自分から相談とは何事?)

という視線を感じたが、亜衣は目で課長に「隣のミーティングルームのほうへ」と合図をするとそそくさとオフィスの入口を出た。

「何だ、どうしたんだ?」

課長はいつも煙たがられている亜衣のほうから相談を持ちかけられたことを不思議に思いながらも、それだけ今回のプレゼンに賭けているんだなと思い、遅刻した気まずさも忘れ仕事の顔になっていた。

「は、はい、ご出勤後すぐにすみません。
今度の部内会議での最終プレゼン、内容には自信があるんですが、私では力不足というか若輩過ぎるというか、、、

1年目の私が言っても伝わらないと思うんです。

今回うちの開発部でいろんな方々に協力していただきました。部を超えてシステム管理の方にも見ていただいて、「これなら現場で使う物としても問題ない。」というお墨付きもいただきました。

医療現場で既に導入されている似たシステムの勉強にと、メディカル機器のグループ会社にも足を運びました。

それで、物自体は本当にすぐにでも〝売れる“良いものができると思うんです。そこは自信があります。保育園・幼稚園対象のアンケートでも「こんなシステムがあったら使いたい。」という意見が多数でした。

でも、でも、私では説得力がないんです。
細かい説明は私がやります。ただ、後押しというか、詰めの部分の最終アピールは課長が、、、」

「バカを言うな‼︎」

ビクッとした。課長が鋭い眼差しで亜衣を見た。それは小言を言う時の目ではなく、何か差し迫ったような目だった。

「お前が考えてお前が現場に足を運んでお前が夢をかけているものだろ‼︎ お前がやり切らんでどうするんだ!!」

課長は声を荒げながら亜衣の両肩に手を置いてゆするようにしながら言った。

「ふうぅ、すまん。これも今の時代パワハラになるんだっけか?いや、セクハラか。。。」

課長は亜衣の肩から手を離した。

「い、いえ、そんなことは。。。」

亜衣は真剣な顔で対峙してくれている課長、朝のバスで見ず知らずのお年寄りに付き添ってバスを降りてあげた課長、それらに接して〝何か重大な誤った思い込みをしていたんじゃないか“という感情が込み上げてきた。

そんな亜衣の感情をよそに、課長は話を続けた。

「お前このシステムは〝売れる“。そう言ったな?本当にそんなふうに思っているのか?」

ふぅ〜っとため息を吐きながら課長が確認するように言った。

「えっ、はい。そこは自信があります。アンケートデータでも出ているんです。価格のほうも、、、ほらっ!」

亜衣は手に持っていた資料から数ヶ月かかって自ら集めたデータをガサゴソと探して見せようとしたが、

「そんなことを言ってるんじゃない!
岡村、お前東京出身だったな。お前の通っていた保育園はどんな保育園だ。先生は?理念は?」

亜衣は(急に何?)と思いながら

「えっ、私の保育園は品川区の、大きな商店街のそばにある〝普通の”保育園でしたけど、、、」

亜衣は自分が通っていた件の「失踪事件」で迷惑をかけたあの保育園を思い出しながら答えたが、

「普通?本当に普通だったか?どこが普通だった?どんな所が? 本当は普通と思っているだけで、そこが特別なことをお前が知らないだけじゃないのか?」

亜衣は課長の言っている意味が分からなかった。

「いいか、最終プレゼンはお前が全部やるんだ。今度の会議には社長も来られる。社長だってお前がやり切ることを望んでいるはずだ。」

社長とは、亜衣が就職面接の最終段階で「夢はありますか?」と聞かれ、とっさに「私のような変わり者でも、伸び伸びと生きられる社会を作ることです。」と就活用としてではなく、自分の言葉で答えたことによってそれを評価し、採用を決めてくれた人だった。

「お前は頭脳明晰で即戦力としての期待も大きかったが、それ以上に〝志し採用”なんだぞ?
少なくとも俺はそう聞いている。

この企画にはお前の志しは入ってないのか?
そんな程度のものなのか?」

こころざし。。。!?
ガツンと頭を打たれたようだった。

〝売れる“システムだの、プレゼンを上手くやりたいだのピントがズレていた。

「か、課長!今日午後から半休をください! 私、通っていた保育園に行ってきます!」

ひとたび物事の筋を掴むと後は超絶スピードで理解を深める亜衣である。〝前科“のある保育園に行って、今や大人になった自分の目線から現場の保育士たちがどんな顔で仕事に向かっているのか、本当に必要としていることは何なのか、それを知りたい。現場に行きたい!

そういう思いだった。

「半休ではなく、外回りってことで勤怠システムには登録しとけ。今日は営業部からも付いて行ってもらうように頼んでやる。もし企画が通ったら実際に現場で営業してくれるのは彼らだからな。」

課長は亜衣の企画に並々ならぬ期待、、、というより何としてでも実現しなければならぬという、課の責任者というより個人的に熱望しているようなそんな思いが見て取れたが、この時の亜衣はまだそれに気付いていなかった。



次回 第8話「目覚め」


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