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第8話「目覚め」

前回 第7話「予兆」

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カフェテリアにて


昼休み、亜衣は午後からの外回りに備えて社内カフェテリアのいつもの窓際の席で食事を取っていた。

そこに同期の寛子が現れた。

「亜衣、隣いい?」

いつもなら勝手に座ってくる寛子がわざわざ断りを入れてくるなんて珍しかった。

「何よ、座ったらいいじゃない。 
どうしたの?真面目な顔して」

亜衣はいつもと違って真剣な顔付きの寛子にそう聞いた。

「うん、ちょっとね。。。

あ、寛子、今日うちの部の伊丹君とコンビ組むんだって? 彼、入社式とか新人研修とかには出てなかったからアンタは知らないかもしれないけど、スラッとしててなかなかのイケメンよ。

1年目で早くも営業ネットワーク構築のプロジェクトを任されてる有望株だし、つかまえるなら今よ!」

恋の話をし始めていつもの顔に戻った寛子。

「伊丹君? そっか、今日は営業部から助っ人が来てくれるって聞いてたけど、その人なのね。」

助っ人というから中堅どころの先輩社員かと思ったら自分と同じ1年目社員とは。でも、すでにプロジェクトを任されているということは優秀に違いない。どんな人だろう。

カフェで人気の揚げたて春巻を頬張りながら亜衣は想像した。

「彼、早い時期に社内ベンチャーで新事業を立ち上げるかもしれないとも言われていてね、私もそこら辺の話が聞きたくてこないだ一緒にご飯に行ったのよ。それで刺激を受けたのもあってね。。。」

寛子には珍しくモジモジしながら言った。

「何、どうしたの?刺激を受けたって?」

亜衣は寛子が何かを聞いて欲しそうにしているのを悟って、話すように促した。

「うん、私ね、会社辞めようかと思って。」

「えっ、辞める‼️」

亜衣の声がカフェに響いた。

「ちょ、ちょっと!声が大きいわよ!」

寛子が亜衣の袖を引っ張りながら顔を近づけてヒソヒソ話に切り替えた。

「前に言ったでしょ? 留学の話。あれから大学のゼミ担当だった教授の所に相談に行ったらさ、偶然にも教授の研究仲間が長期の発掘調査のためのアシスタントを探してるっていうのよ。

誰でも良いわけじゃなく、『若くて体力があって南北アメリカを縦断できるようなフットワークの軽いやつ、教授の元教え子にいたりしないか?』ってちょうど聞かれてたみたいで。スタッフとして行くから、もちろん給料も出るの。

私、これって神様が『今こそ挑戦の時だぞ』って言ってくれてるんだと思って、行ってみようかと思うの。

ね、亜衣、あんたどう思う? 無謀かな?」

寛子が上目遣いで亜衣に伺うように聞いた。

「南北アメリカ縦断。。。ってあんたそれ何の発掘なの??」

と亜衣が何かの雑誌で見たゴールドラッシュの時代の写真を思い浮かべながら聞いた。

「何あんた、アメリカ大陸って言ったら恐竜でしょ、恐竜! まあ実際は縦断って言っても各国の発掘現場を移動する感じなんだけどね。

その教授の研究仲間って人がさ、年は年配でアメリカの人なんだけどさ、写真見せてもらったらダンディなイケメンで、愛しの〝アラン様”そっくりなのよ❣️

ね、亜衣、これって運命だと思わない?」

〝アラン様”とは誰もが知るハリウッドの恐竜映画「ジュラシック・スペース」に出てくる主人公の古生物博士、アラン・グランデ博士のことで、大学時代ことあるごとに寛子から

「あ〜、アラン様と一緒に冒険の旅に出たい〜。あんたもこれぐらいの年の男の魅力、分かるようになりなさい。」

と半ば無理矢理DVDを渡され、シリーズ全部を見るように押し売り、、、いや、おススメされていたものだった。

(あなたそれじゃあ、夢を追いかけるっていうか、夢見る少女じゃない。)

と言いたかったが、水を差すようでやめておいた。

「アラン様は置いといても、すごいわね。。。やりたいことがあってそれに向かって突き進むなら全力で応援するわよ。それもお金貰いながらなんて、そんな待遇またとないチャンスよ!」

亜衣は寛子の目を見ながら真剣な顔で言った。

「本当?やっぱり亜衣に言って良かったわ。また本決まりになったら教えるね。亜衣、ありがとね。」

寛子は、持つべきものは友達ねという感じで亜衣と抱擁しながら言った。

「あんたも、大事な企画抱えてるんでしょ?うまくいくと良いわね。伊丹君のこと頼ったら良いわ。彼、あなたの企画に興味あるみたいでいろいろと開発課にも聞いてたわよ。

あ、もう行かなきゃ。じゃあ亜衣、またね。」

そう言って寛子は手を振りながらカフェテリアを出て行った。

「私の企画、営業部でも話題なんだ。。。」

自分が発案・進行しているものだが、亜衣はもう自分だけのものではない気がしていた。

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午後

ミーティングルームで待機していると、課長が例の営業部のホープを連れてきてくれた。

なるほど、寛子の言うとおり営業マンとして成績が良いのもうなずける爽やかな好青年という感じだった。若い頃の明石亭さんまを思わせるような親近感のあるイケメンだった。

「伊丹です。岡村さん、よろしく。と言っても初顔合わせではないねんけどな。実は前に会うてんねん。会うてるどころか、、、それはまあ良いか。ひゃっ〜w」

そう言いながら引き笑いをする伊丹。

(え、前に会ったことがある?っていうかこのコテコテの関西弁と特徴的な笑い方をする奴は、私の人生においてはただ1人、、、)

「イヤミ‼️」

伊丹を右手で指差しながら左手で口を抑える亜衣、そんな2人のやり取りを見て

「なんだ、お前達、知り合いか?」

と課長が聞いた。

「え、ええ、知り合いというか、何というか、 昔ちょっと。。。」

亜衣はそう言いながら中学時代のことを思い出していた。

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因縁


亜衣は小6の後期からは能力を隠すことはしなくなり周囲の皆が認める才女であったが、中学は地元の普通の公立へと進んだ。

もっとも家から受験をして名門中学へ入ろうとも、その授業が亜衣の頭脳を満足させてくれるものかと言ったらそうではなかった可能性もあり、親の希望もあって近所の中学へと進学したのだが、

中学に上がって〝男子”なるものが少しは合理的な生き物に進化するかと思ったら、むしろその意味不明さが余計に増した気がするようになった。

2つの小学校が合流する形で1学年を形成する亜衣の中学ではクラスの半分が新たに知り合うこととなっていたが、中1で隣の席になった伊丹とかいう男子が事あるごとに亜衣に張り合って来るのである。

伊丹は亜衣とは別の小学校からの合流組で、中学に上がるまでは〝博士”と呼ばれる秀才ポジションだったのに、亜衣と同じクラスになったがために〝博士”改め別のキャラを模索せねばならない状況だった。

そんな状況のためか、亜衣へのマウント取りを毎日やってきた。

「お前今日の家庭科の時、玉子焼きひっくり返せんかったんやて?不器用な奴w」
「跳び箱飛べずに上に座ってまうとか、種目間違ってるんちゃうw」
「お前の風景画、ゴーストタウンみたいやなw」

勉強科目では勝てないため、実習科目を中心に攻めてくる伊丹。

そんな伊丹のことを亜衣は

「あーっ、やな奴、やな奴、やな奴!!何なのよ、毎日毎日神経逆撫でするようなこと言ってきて! あいつ伊丹じゃなくてイヤミよ! 本当意味不明!」

たしかに伊丹は亜衣に勉強で勝てないことを悔しくは思っていたが、男子が女子にちょっかいを出す根本の理由、それは言わずもがなであり、

亜衣も意味不明であるが一貫性のある男子のその習性については小学校時代にたくさんの〝サンプル”を観測済みで知っていた。

ただ、自分自身のこととなると正確にその現象を分析できておらず、実戦においては知っていることと実際に上手く応じることとは別物だった。

そしてある日の昼食時間、

「あーっ、お腹空いたー。さぁ、ご飯ご飯♪ 」

亜衣は成長期の中学生らしく4時間目の途中からお腹が鳴りっぱなしで、この日も2段重ねの弁当箱の白飯のほうだけ開けるや否や、ガツガツとほとんど食べてしまった。

(ヤバッ、おかずに全然手をつけてない)

そう思って弁当箱のもう一段のほうを開けた瞬間、〝イヤミ”が横からそれを見て、

「ひゃーっ!」

(むっ、イヤミ、絶対何か言ってくる💢)

「アホちゃうか!」

(アホってなんだ、腹立つわ。それ以上言うな💢)

「お前頭良いくせに 」

(無計画に)

「無計画に 」

(おかずより先に)

「おかずより先に 」

(白飯食っちまう。ひゃーっ!って言いたいんだろ!💢 )

「白飯食っちま 」

「シェェーーー!!」

ボグッ!

(ヤバっ、遅すぎて聞き終わる前に手が出ちゃった。。。)

自分でもビックリする亜衣。

「グッ、殴ることあらへんやないかい。って、自分でもビックリしとるやんけ。ホンマに〝気を引く奴”や。。。」

それ以来〝イヤミ”はいじわるをしてこなくなったが、テストが返却される時には、

「お前何点やった?」
「お前ここの問題合ってた?」

など、めげずにいちいち聞いて来ていた。

2年生になってクラス替えとなり、亜衣にとっては嬉しくも疎遠となり、高校も別のところへ進学したため以降顔を合わせることもなかった。

あれから年月が過ぎ、まさか同じ会社のホープになっていようとは。まあ当時から成績も良くて口も達者で、高校は名門私立大の付属に入っていたから、大学もそのままエスカレーターで誰もが知るトップ私大に進んだのだろうが。

「イヤミ、、おほんっ!伊丹君、よろしくね。」

2人の何とも言えない気の高まりを感じた課長は、

「何だか分からないが、ライバル心が燃えてるようだな。けっこうけっこう。仕事では切磋琢磨してくれよ。期待の2人だからな。」

と頷きながら言った。

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電車内にて


電車で移動中、もう中学校時代の〝男子”としての気配はない、会社のホープとしてプロの顔をしている伊丹が身の上話をして来た。

「俺、大学の卒業旅行としてな、独りでアジアをバックパックで廻っとってんけどな、社会人になったらもうなかなかできひん思てな、それで行っててんけどな、帰るに帰られへんようになってしもて。」

(そういえば入社式も新入社員研修も出てなくて、それでお互い気づかなかったのよね。)
亜衣はそう思いながらつり革に捕まって隣に立っている伊丹を見た。

「大洪水が起きてん。トルコで。」

そういえば当時日本のニュースでもやっていた。

「いや飛行機は飛んでてんけど、、、帰るに帰られへんでな。。。日本でも毎年のように台風だの集中豪雨だので水害は起きてるけど、たまたま訪れてた国でな、起きてしもて。。。見ず知らずの極東から来た得体の知れん関西弁丸出しの兄ちゃんをな、ホンマよく助けてくれはったんよ、現地の人たち。あっ、関西弁は関係ないか。ひゃっw」

引き笑いは多少マシになってる。

「何やよう分からん蚊に刺されて高熱出してな、道端で苦しんでる時には病院まで連れてってくれて治療費の立て替えまでしてくれて。金が尽きて立ち往生してた時にはアルバイトさせてくれて住み込みの部屋と飯まで用意してくれた現地の親方もいて。」

(トルコってそうなんだ。いやっ、たぶんどこの国でも居るんだろうな、そういう良い人達は。)

そう思いながら亜衣は聞き入った。

それでいよいよ帰るいう3日前やったかな。大雨が来て川が氾濫しよってな。それでお世話になった街の至る所が水没して人が路上に溢れて。。。

帰るわけにはいかへんかったんや。うまく言われへんけど、海外やったし自分の生活からも離れとったしな、日本やったらわざわざ被災地まで行かへんかもしれんけど。

でも、何でかは分からんけど、早いとこ日本に帰りたいって気持ちももちろんあってんけど、それより自分はここで引いたらいかんって気がしたんや。。。」

格好つけるでもなく大袈裟にいうでもなく、亜衣と何か〝思い”を擦り合わせるような言い方だった。

「それで今の会社の人事に電話してな、必死に説明してな。『もう入社時期を遅らせることができないのでしたら、ギリギリで申し訳ないけど、入社は辞退します。』言うて。

そしたらその後社長から直々に折り返しがあって、『帰ってきたらダメだ。君の安全が最優先だけど、今できる最大限の恩返しをしてきなさい。それが君の人生において最高の研修になるはず』言うてくれはってな。なんて話の分かる人やと。

そんで俺、帰国したらこの会社のためにめちゃくちゃ頑張ったんねん!って決意したんや。へへへ。」

伊丹は右手の人差し指で鼻を擦りながら言った。

「君もやろ?社長から聞いたで?俺と同じように〝志し採用”の奴がおる言うてな。君の企画書が回って来て、目ぇ通した時にピンと来たんや。
ああ、これは『社会を変えてやろう』って気概のある奴のアイデアやって。名前見てビックリしたけどな。まさか中学校ん時に俺が、、、いや何でもない。」

そう言うと亜衣から伊丹は窓のほうに目線を変えた。

「君の企画な、社長も評価してくれてるって話や。でもどんなに良いものでも、現場の人らの気持ちを動かさんかったらどうにもならん。そこが1番難しいんや。難しいからこそやりがいがあるってもんや。」

亜衣は同じ中学校出身の同期入社で同じ年齢の伊丹の話を聞いて、

「なんて大人なんだろう。そして自分はなんて子どもなんだろう。。。」

そう痛感した。

「い、伊丹君。私の企画に賛同してくれてありがとう。でも、私、正直自分がどうしたいか分からないの。今日も保育園にお邪魔するといっても、目的が定まらなくて、本当に邪魔になるだけじゃないかって。。。」

亜衣は本当に志しを持って仕事に臨んでいる伊丹を目の当たりにした罪悪感からか、ついそう吐露してしまった。

「・・・今日行く所は君の出身の保育園なんやろ? 『私こんな大きくなりましたー。』いうて元気な所を見せたらええんちゃうか。まずは顔見せや。当時のセンセがまだいはるかは分からんけど。それでうまいこと話が弾んだら、企画の話もしたらええ。モニターとして導入してくれはるかどうかやけど、そこら辺は俺にまかしとき。」

伊丹は、自分と同じ志し採用の亜衣が意外にも〝けったいなこと”を言ってきたので戸惑ったが、「1年目だしそんなこともあるか。自分だって運が良くてうまくいってるだけかもしれんし」とフォローに回ってくれた。

「園長先生、まだいらっしゃるかな。いらっしゃるなら、あの時のことちゃんと謝りたいな。。。」

当初の訪問の目的とは少し方向がズレながらも、

「ここで引いたらいけない」

伊丹の言葉を頭の中で繰り返し、グッと前を見据えて開き直る亜衣の姿があった。


次回 第9話「自覚」






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