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【エスニック料理探訪記】 トルコ料理「ボスボラスハサン」

東京にいれば、世界中の美味いものが食える。

そんな夢のような環境がわが国にはある。
言わずと知れた食の評価機関「ミシュランガイド」総責任者ジャン=リュック・ナレさんが、過去の取材でこんなことを語っている。

「私が行った(東京の)飲食店はほとんど寿司店、刺身店、焼き鳥店、うどん店など、専門店に細分化されていた。非常に印象的だった。こうした特性から日本の飲食店の相当数は誰も追いつけない専門性を確保していた。当然高い評価につながる」。

今や東京のどこを歩いても様々な料理店を目にする。
和食、中華、イタリアンなどのポピュラーな料理店はさることながら、「……ここ、なんの店?」と訝しんでしまうような店も多い。

前置きが長くなってしまったが、つまり私の主張は

「せっかく東京にいるのなら、いろんな美味いもんがくいてぇ」

である。
特定の料理だけでなく、我々が普段あまり口にしない珍しい料理が食いたい。
要はエスニックである。

というわけで、私が普段ライフワークにしている「東京で食えるエスニック料理の探求」を備忘録代わりに掲載したいと思う。
気になった場所はぜひ実際に訪れてみてほしい。

ちなみに、ミシュランガイドにおいて東京の星獲得数は「パリ」や「ニューヨーク」を抑え、2008年以来17年連続の1位である。

すごいぜトウキョウ。

【新宿】『ボスボラスハサン』

この度訪れたのは、新宿御苑前駅から歩いて1~2分のところにある「ボスボラスハサン」というお店。

市ヶ谷にも店舗があるようだが、オーナーのハサン・ウナルさんが来日後初めてオープンしたのはこの新宿店らしい。
くしくもオープンした1993年は私の生まれ年。巡り合わせを感じる。

古くから国際親善のための催しが開かれ、日本の国際外交の拠点としてその役割を担ってきた新宿御苑。
その大庭園を見つめるようにして開かれた店の門構えには「世界三大料理」の文字が際立っている。

店の扉を開けると、すぐ横のカウンターから男性が顔を出して出迎えてくれた。

店内の広さは15畳ぐらいだろうか。
縦長のワンフロアに壁際に沿ってテーブルと椅子が等間隔に置かれている。

じっくり見渡すと壁際には伝統工芸品らしきタイルが飾ってある。
深みのある青を基調とした花柄のタイルでとても煌びやかだ。

これらのタイルは「イズニックタイル」と呼ばれるトルコの伝統工芸品で、1000年以上の歴史があるらしい。

トルコ人アーティストのどこかクセになるBGMを浴びながら、大人ひとりが通れるぐらいの廊下を進んで最奥の席へ通される。

案内されたテーブル席で最初に目に飛び込んできたのは、各席に敷かれていた紙製にランチョンマット。
そこには店の概要、HALAL食(イスラム教の戒律に則って食べてもよいとされているもの)であること、日常的なトルコ語に対する日本語の訳なんかが掲載されていて面白い。

「私は酔ってますってなんていうの?」
「サーホス……オルドゥム……ベン??」

なんて会話を連れとしていると、ちょうど横で作業をしていたトルコ人店員が「ワタシはベンです」(トルコ語で「ベン」=日本語の「私」という意味)と気さくに教えてくれた。やだもうやさしいすき。

各席に用意されたランチョンマット

ューは大きく分けて6種類だ。

  • Mezeler(メゼ)……冷たい料理の総称。ペースト状の前菜。

  • Tava(タワ)……フライパン容器を意味する語。焼いたり揚げたりしたもの。ざっくりおかず。

  • Kebaplar(ケバブ)……肉、魚、野菜などをローストして調理する料理の総称。あのケバブ。

  • Balik(バリック)……魚を意味する語。魚料理。

  • Pideler(ピデ)……トルコ風ピザ。

  • Dessert(デザート)……デザート。トルコアイス等。

ケバブとトルコアイスはともかく、他のものはまったく馴染みが無い。
気になるものをから片っ端に注文してみた。


【トルコ地産クラフトビール】Knidos Brewery Route 333

とりあえずビール、ということでトルコビールを注文。

トルコビールと言えば「EFES(エフェス)」という大手メーカーを思い浮かべる人も少なくないだろうが、最近ではこういったクラフトビールもひそかに人気を博しているらしい。

味はしっかり苦みがありながらも、かなり果実感がつよい。
かといって尾を引くわけでも無く後味はすっきりしている。
非常に飲みやすい。日本のスーパーでもこういうの売ってたらいいのにと思ってしまう。

【トマトのピリ辛ペースト】Acili Ezme(アジルエズメ)

どうやらトルコ人はいろんなものをペーストにしたがるようで、野菜をそのまま食べるというより、ペースト状にして何かにかけて食べるのが一般的らしい。
主なものでは「Ekmek(エキメッキ)」というパンにつけて食べる風習があるようで、メニューにあったので実際に食べてみた。

エキメッキを小さくちぎり、アジルエズメをスプーンで乗せて口に運ぶ。
しっとりとしていて噛むとほんのり甘みがあるパンにトマトの酸味がよくなじむ。
すこしだけピリッとする香辛料もパンの甘さを引き立てている。

実は私は生のトマトが嘔吐するほど苦手なのだが、これは煮込んであるぶんトマト独特の青臭みが全くない。

生のトマトはダメだが煮込めば好き。
トマト嫌いあるあるだと思う。

トマトがダメならアジルエズメを食べればいいじゃない。

【ラム肉の煮込み】Coban Kavurma(チョバンカブルマ)

羊飼いを意味する「チョバン」と煮込みを意味する「カブルマ」で「チョバンカブルマ」。
注文したのはラム肉だが、現地では牛肉や鶏肉も食べられているらしい。

提供された料理を見て驚いたのは、お肉と一緒にパンが煮込んであること。

最初はあめ色の物体をじゃがいもだと勘違いして「うおっ、じゃがいもだ」なんて話していたら、店員の男性に「コレハ、パンデス」と教えられてしまった。
たしかによく見ると細切れになったパンである。
いつからかパンは添え物だと思い込んでしまっていたのが少し恥ずかしい。

ラム肉は少しクセがあって苦手な人も多い印象だが、これは特有のクセが全然感じられない。
食べた感じはほとんど牛肉。牛肉のなかでも若干すじが多いすねやももの部位に近い。

肉汁と香辛料がしみ込んだパンも非常に相性が良い。
ただ、パンの食感はやや硬かった。鍋に入れるタイミングの問題か?

【トルコ風ぎょうざ】Manti(マントゥ)

一説には中国の蒸しパンである饅頭(マントウ)がルーツとされている。
饅頭は読んで字のごとく、日本のまんじゅうの起源である。
つまり「マントゥ」と「まんじゅう」は兄弟のようなものである。

ちなみに日本ではなぜ肉ではなくあんこなのかというと、中国の林浄因(りんじょういん)さんという僧侶が日本に饅頭を伝えたそうなのだが、林浄因さんが肉食を許さない僧侶であったため、代わりにあんこを入れたのがはじまりらしい。

肉食ゆるさん人が饅頭伝えんな。とつっこみたくもなるが、彼でなければ今日のまんじゅうは無かったかもしれない。
サンキュー林浄因。

さて肝心の料理だが、小ぶりの水餃子にトマトソースと香辛料、仕上げにヨーグルトがかけられている。
食べた印象を一言でいうと「フレンチ風餃子」であろうか。お洒落な味である。

餃子といえば肉汁がぎゅっと閉じ込められていて、あえて悪く言うとやや脂っこいが、マントゥは余計な脂が一切なく肉そのものの旨味がしなやかに伝わってくる。
一般的な餃子よりひとまわり小ぶりなところも上品で食べやすい。

外の皮もツルツルとみずみずしくて、全体として重たくなり過ぎていない。
トマトソースとヨーグルトもかなり効いている。ほどよい酸味がアクセントだ。

まったく兄弟とは似て非なるものである。
国を越えた饅頭の近きと遠きを思う。

【ほうれん草のトルコピザ】Ispanakli Pide(ウスパナックルピデ)

トルコ語で「ピデ」はピザの意。
ただしトルコのピザは円形ではなく小舟のような形をしているのが特徴だ。

日本でもよく見かけるケバブ屋台で提供されるケバブの生地も、実はこのピデを切り取ったものらしい。

食べてみるとすこし甘い。
現地では様々なおかずがトッピングされるようで、ひき肉、たまご、チーズやトマトなどがポピュラーであるようだ。たしかに合うだろう。

頼んだのはほうれん草。
和食の和え物のようで、まるで日本人に食べさせるために作られたかのような味付けだ。

もちもちとした食感は食べ応え抜群で、見た目以上に満足感がある。
提供されたものは食べやすいように一口大に切られていて、店の温かさを感じた。

【トルコ風プリン】Klazandibi(カザンディビ)
【くるみ入りパイ】Baklava(バラクヴァ)

まずカザンディビ。
味や食感はプリンというよりババロアに近い。
上に焦げ目の付いた、よりミルク感のつよいババロアだと思ってもらえればいい。

このカザンディビだが、現地ではなんと鶏肉の繊維が入っているものもあるようだ。
今回はたまたま入っていなかった。残念。

次にバラクヴァ。
バラクヴァについて調べてみるとその美味しさに舌を巻く人も多いようで、さまざまな媒体で取り上げられていた。

それについてはうーんどうだろうと首を傾げてしまう。
少なくとも私が食べてみた印象は万人受けするような味ではない。
とにかく甘いのだ。

作りはいたってシンプルだ。
薄いパイ生地に細かく刻まれたピスタチオやナッツを挟んで焼き上げる。ここまではいい。
ただし内側にはとてつもない量のシロップがしみ込んでいる。

サクサクとしたパイの食感は彼方に消え失せている。
一口噛むごとに、ぐにゃりと粘度の高い物体を押しつぶす感触が伝わってくる。

味はガムシロップをじかに飲んでいるのと大差ない気がする。
小麦風味ガムシロップとでも言うべきか。

このへんは作る人の匙加減なのかもしれない。
腕の立つパティシエが作ればもっと食べやすいバラクヴァが出来上がるのかもしれないが、しかしそれを言っては元も子もないだろう。
これが「バラクヴァ」でこれが「良さ」なのだと認識するしかない。

バラクヴァはこれでいい。
大の甘党である私にとっても。

あとがき

いかがだっただろうか。

東京のトルコ料理店で検索すれば100件以上のお店がヒットする。
それだけトルコ料理が日本人の舌に合っているという証左だろう。

余談だが、「ボスボラスハサン」では15名以上のコース料理の予約注文や、その他依頼によっては「ベリーダンスショー」を披露していただけるらしい。いつの日か本場の腰つきを拝みたいものである。

では、次の料理でまた逢いましょう。

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