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J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 10

前回のつづきです。
vol. 9はこちらhttps://note.com/male_childcare/n/n90e46595f18e

「あのビジコン決勝戦の2日前にそんなことがあったとは知りませんでした」板橋は焼酎ロックをぐいっと飲み干した。
「長い話になってしまいましたね」平良は言った。
 七輪の炭はすっかり燃え尽き、白い灰の中に僅かに赤い煌めきが見える。
 平良と板橋は一軒目のモツ焼き屋を後にして、二軒目へとはしごする。当時の苛立ちを思い出しながら飲む酒はついついピッチが上がってしまった。足元がふらつく。
 夕方まで降っていた雨はいつの間にか止んでいた。蒸し暑い空気が肌に纏わりついてくる。
 二人は目についたイタリアンの店に入った。カウンターから厨房の奥を覗くと、大きなピザ焼き窯があり、中では薪が気持ちよさそうに燃えている。一軒目でモツ焼きをたらふく食べたにも関わらず、食欲が刺激されてしまう。さっそくマルゲリータを注文すると、あっという間に焼き上がり、目の前に運ばれてきた。オリーブオイルをひと回しすると、バジルとオリーブの爽やかな香りと、チーズの濃厚な薫りが混じりあう。熱々のピザを頬張り、背徳感と一緒に赤ワインで流し込む。多幸感が脳髄から溢れてくる。
 
「それで」板橋はピザを頬張りながら言う。「結局、月曜日にJ信金は組戻し処理を行ったわけですね。月曜の朝一で処理を終わらせれば、窓口が開く頃に平良さんが何を言ってこようと後の祭りというわけだ。汚いやり口ですね」
 まったくその通りである。まさか金融機関がこんなやり口で処理を行うなんて夢にも思わない。
「相手は組み戻しの処理を強行した上で、『平良さんの同意のもと、平良さんの指示で行なった』と主張しているというわけですね。同意書がないということで、相手は不利な立場にあると思いますが、同意があったかどうかという部分は結局水掛け論になりそうですね」
「そうなんですよ。もし、処理が行われた後に何を言ったとしても、『こちらは事前に同意確認を行なっていた。処理が終わった後に言ってこられても…』とJ信金は一蹴するでしょうね」
「・・・なかなか厳しい争いになりそうですね」板橋は言った。
 平良は赤ワインのグラスを手の中でくるりと回した。「もし、処理が行われた後で言ったとしたら・・・、そうなっていたかもしれませんね」
 平良はスマートフォンを取り出すと、PDFファイルを開いた。画面には一通の内容証明郵便が表示される。

令和4年3月4日付の内容証明郵便

 内容証明郵便とは、郵便局が一般書留郵便物の内容文書について証明するサービスである。このサービスを利用すると、いつ、いかなる内容の文書を誰から誰あてに差し出されたかということを法的に証明することができる。

 板橋は内容を一読した後に、日付を見て驚いた。
「3月4日付。この日は岩野と面談した日ですよね。面談が終わったのは夕方で、郵便局の窓口はすでに閉まっていたはずでは・・・」
「普通は、そう思いますよね」平良は笑って種明かしをする。「最近はWebで電子内容証明郵便が24時間いつでも出せるんですよ」
「それは知りませんでした。それにしても、面談の直後にWebで内容証明を出したんですか。さすがですね」板橋は少し考えてから訊ねる。「この内容証明が出されたのが金曜で、月曜の朝一にはJ信金は組み戻し処理を行なった。そして、昼過ぎ頃にこの内容証明がJ信金に届いた。そういう経緯になりますよね」
「そうなりますね」
「処理が終わった後に、こんな内容証明が来たら信金は大騒ぎだったでしょうね」
「恐らく、かなり大問題になったでしょうね」
「平良さん、知っててやったんじゃないですか?信金が月曜の朝一に処理する行動を予想していて、その上で、この内容証明が事後に届くことも承知で、あえてその岩野とかいう奴を嵌めるために出した。そうですよね」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。私は基本的に性善説です。そんなことをする人間がいるわけがない、と願ってましたよ」平良は小皿からナッツをつまみ、一口齧る。「ただ、もし仮に顧客の同意なしに無断で処理を行う、しかも有無を言わせない月曜の朝一にそんな処理を行う極悪人がいたとしたら、そいつは地獄に落ちることになるだろうな、とは考えてました」
 今回のようにね、と平良は悪戯っぽく笑った。
「処理を行う前の日付で『返金手続きはやめてください』とはっきり記載されているので、同意がなかったことは明らかですね。これで裁判は有利に戦えるんじゃないですか」板橋は言った。
「いや、これだけではまだ十分ではありません。この組み戻し処理が『平良の同意のもと、平良の指示で行なった』というJ信金の主張が明文化されていないので、何かしら言いがかりを付けて『信金内のルールに基づいて、組み戻し処理を行なった』という主張に転換されたら結構面倒なことになります」
 板橋は、なるほど、と呟いた。「・・・ということは、既に手は打っている、ということですね」
 平良は、もちろんと言う代わりに、笑ってワインを一口飲んだ。
「一体、どんな先手を打ったんですか」
「・・・また長い話になりますよ」
 二人はワインを追加した。赤羽の夜はさらに更けていく。
 
つづく

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(参考資料)

※実際の人物・団体などとは関係ありません。

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メールアドレス:mba2022.office@gmail.com

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