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文体の舵を取れ|練習問題③問1-2 長短どちらも

〈練習問題③〉 長短どちらも
問1:一段落(二〇〇~三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。

<練習>

タイトルのないメールがまた届く。
差出人は、アオバノリタロウだった。
夢をみたといっては、連絡を寄越す。夢にみたからと言えば、許される。
アオバノには、そう思っている節がある。最初に声を掛けてきた時もそうだった。背伸びをして振り返ると目が合って。彼は舞台に飽きたわたしに耳打ちした。ぼくが夢にみたうつくしいひとだ、と。舞台では鳥刺し男が魔法の鈴をふっていた。笑って、いなして、わたしは独り劇場を出た。追いかけてきた男が、濡れた髪を寄せた。月のかかる青白い空に、雨雲が走る。

もっと面白いものを見に行こうよ。

アオバノはわたしの右手を放さない。手をにぎったまま、わたしに尋ねる。
ね、亀の夢をみたことがあるかい、と。

(きっかり300文字)​

問2:半~1ページの語りを、700文字に達するまで一文で執筆すること。

<練習>

アオバノリタロウからのメールは、これで807件目であるらしく、そのいずれもにタイトルのついてないことは、鈴蘭の季節にうまれたという彼の、無垢さそのもの、でもなんでもなく、送れば、開いてもらえるだろうというあつかましさしさのあらわれで、受信箱いっぱいに無題のメールの居並ぶ様子には、どうしたってすこし腹が立ってしまうのだけれど、アオバノとは最初からあまりきもちの良い関係ではなかったし、どうせ、いつも通りの、つまらない文面であろうと、まったく無視するつもりでいたはずなのに、結局開封し、やっぱりつまらなく、案の定ふつうにあきれてしまい、それでもさいごまで読んでしまって、毎度おなじみの、あなたを夢にみたから、の、はじまりのことばにおよそ800回分の辟易を上書きしながら、それでも、わずかに、ほんのわずかに、わたしの知るこの世界のほかに、もしかすると、もっと面白いものがあるのかもしれない、と、連れ出してくれる魔法が潜んでいるのではないかと、ささやかな期待を寄せてしまい、舞台に飽きた、あの日の欠伸のわたしをめざとく見つけ、間抜けな台詞で口説いてきた彼の、憎らしいほどうつくしい、抜け目のない完璧な面立ちをまぶたのうらに繰り返し描き、途中で放り出してしまった、モーツァルトの「魔笛」の二幕目に狂おしく語りあげるモノスタトスのかなしい歌声を背に、足元だけをかすかに照らした非常灯に頼り真っ暗な劇場を抜け出た先の、小ぬか雨の月の下、湿った髪でこちらの右手をつよく握りしめ、ささやかれた甘やかな声ごとわすれられないでいるのだから、まったくもって始末がわるく、これまでに、何度かみたはずの、しかし、決して記憶には残らない亀の夢に、二度と触れることの出来ない我が身を悔いてしまうのだった。

(738字)

むつかしいね! ​
僕は!鳥刺し!

このあと、方言(北九弁)バージョンにも挑戦してみました。

<練習>

タイトルなしならLINEにしときよ、面倒くさい。
どうせ、アオバノやろ、ほら。
・・・
ほら。
アオバノリタロウやん。
ゆめにみたけん、とか、毎回毎回毎回毎回ロマンチックばひたはしらせとるけんまじうざすぎるし、ほんとむり。つーか、ゆめにみた、っちいうたら何でも許されるち、おもっとろーや。いつまでも。30過ぎとるくせに。あほやろ。アオバノ。リタロウ。初対面からしてでたん慣れ慣れしかったけんね、大体。師走のクソ忙しいときに駆り出された素人オペラの、いい加減退屈してきたところに、すっごいタイミングで声掛けてきたりなんかしてさ、ずっと見とりました、っち、見とれとりました、っち、やばかろうもん、それ、ふつうに。なんなん。つーか、こっちふつうに欠伸してしんどりましたー。だから、見んな。見とれんな。ゆめにみたきれいなひとやから、とか、ありえんしさ。どの口が言うとんかちゃ。しねちゃ。ぶちくらすぞちゃ。
・・・
いや、まあ、ね、それは、悪い気はせんかったよ、正直そのときは。でたん美形やし。いい匂いしたし。月の空ばり綺麗やっ たし。たださ、とりあえず、くらすぞきさん、っち、おもうやん。おもうし。言うし。言うやん。ぶちくらそうか、っち。だけどさ、ふつうに言い掛けたあたしにぐっと近づいて言うわけ。
「もっと面白いもの見にいかん?」
何を。亀を。いや、亀って。いや別に、亀はさ。
だけどさ、行くやん。それ。はいはいはいはい。ついて行ったのはあたしですー。負けです、はい、ごめんなさい。握られた手首の、思いもかけないつよさとあつさに、ほだされたんです。負けたんです。それだけやん。
・・・
次来れば、808件目。毎日毎日毎日くだらんことばっかり送りつけてくる。わたしは、タイトルのないメールを専用フォルダにまた放り込む。
なんしよん。アオバノリタロウ。
たった1度だけ、ばりばりに愛した男。

なんしよん。

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