リトル・ドラゴン⑤

5.「ほら、そこ」

洞窟の外に出ると、そこには平らな岩肌が続いていた。

辺り全体を白く薄い霧のようなものに包まれ、空は相変わらずの灰色だった。今すぐに雨が降り出してきてもおかしくないように思えた。

僕は少しの間、止まったままのマルコの背中を見つめた。彼が今何を思っているのかを、計り知ることはできなかったけれど、あのコウモリ達が「一人残らず性格が最悪」であったことは確かだった。

きっと僕たち人類は何万年もの時間をかけ進化を続けてきた。今では地球を遠く飛び出してしまうような技術をも産み出した。その生命誕生の瞬間から今日に至るまでの歴史や、日々の暮らし、生活や、仕事や、趣味や、恋愛に至るまでありとあらゆる事が分析され、行動は体系化されてきた。しかしその一方で、大切な誰かが気を落としている時にどんな言葉をかけてやればいいのか。そんな事すらまだ分からないままだった。

しかし、僕はこれ以上沈黙を続けるわけにもいかない。と思い、振り絞るような気持ちで、
「ねぇ、マルコ」
と言った。
すると、
「うん。大丈夫だよ。先へ進もう。僕の友達が君を待っている」
そう言い、マルコは一度だけ僕に振り返って、ニコッっと笑った。とってもチャーミングな笑顔だった。

そうして僕たちは歩き出したが、どうにも拭い去る事の出来ない妙な雰囲気が僕とマルコの間、約2メートルに漂っていた。彼がこんな思いまでして、この場所にやって来なければならなくなったのは、かなりの割合で僕に責任があった。

このスペーススーツ無しには息をする事も出来ない星の中で、僕が彼の為にできる事と言えば、その泣き虫の友達を慰めてやる事だけだと思えたし、いつのまにか、まだ見ぬギター弾きのライオンに奇妙な親近感を覚えてもいた。

無意識に下を向いていた顔をあげると、しっかりと胸を張って歩くマルコの背中が見えた。

しかしまた、それと同時に視界がどんどん悪くなっている事に気がついた。洞窟を出た時から僕らを包み込んでいた霧が、地球で言う所のホワイトアウトのように、その深さを増していた。

僕は思わず、霧に隠れて今にも消えてしまいそうなマルコの背中に触れた。

すると、しばらく黙っていたマルコが、
「ビーチボーイズの『' Til I die』っていう曲は知ってる?」
と前を向いたままきいてきた。このホワイトアウト的状況には全く驚いていないみたいだった。
「知ってるよ。13番目ぐらいに好きな曲だな。」
と僕は答えたが本当を言うと、全然好きじゃなかった。
「ひくいな。僕は1番好きだ。」
僕の意に反して、マルコはそう言った。
「へぇ。なるほど。」
心で驚きながら、とりあえず僕は意味のない返事をした。

ビーチボーイズの「' Til I die」は1971年のアルバム「surf's up」に入っているブライアン・ウィルソンのペンによる作品だ。

あまり縁起の良くないタイトルの通りに、お世辞にも明るいとは言えない、寂しさを纏った曲だ。曲の主人公は自身を、今まさに強風にさらわれる木の葉に例えながら、「この風はいつまで続くのだろうか(how long will be the wind blow )」と問う。その後に続くラインで、彼等の代名詞とも言える美しく流麗なコーラスを響かせながら、「それは僕が死ぬまでさ(until I die) 」と答え、ゆっくりフェイドアウトしながら繰り返すのだ。

僕が別の話題を探せずに困っていると、
「死ぬっていう事を人間は恐れているみたいだけど、僕等みたいな死ぬことのない存在にとっては、ちょっと羨ましかったりするんだよ。」
相変わらず前を歩いたままマルコは言った。
「死ぬのが羨ましい?」
「そうだ。どんなに辛い事も、いつかは終わる。死んでしまえば終わりなんだ。それは、ある意味では希望だと思うよ。」
「死ぬ事が希望?そんなわけあるか。」
そうは言っても、僕は実のところ、はっきりと違うとは思えなかった。それでも、今はマルコを励ましたかった。
「なぁ、マルコ。たしかに僕等は針山の上を歩き回る風船みたいなものだ。割れてぶっ飛ぶのを待ってるだけ。だけど、それでも、美味しいご飯を誰かと食べることや、仲間と過ごして笑い合うこととか、記念日にあげるプレゼントを考えてニヤニヤすることとか、そういう美しさを信じて生きていくものなんだよ。」
「ふっ。」
「なんだよ」
「あの宇宙船でプカプカ浮かんでただけの君に聞かせてやりたいよ。だって、あの時君は、もう死んでしまってもいいと少し思っていたんだろう?」
「どうかな。覚えてないよ。」
「だって、ねぇ、ポール。僕は余計なことをした?」
ちょっといたずらっぽくマルコが言った。

「そんな事はないよ。まぁ確かに、もう誰とも会わないってのは気楽でいいな、とちょっとは思ったよ。でも、もう一方では、寂しくってたまらなくなってもいたんだ。寂しくない奴が”God only knows”を100回も歌ったりするかよ。」
「うん。それも知ってるよ。でも正確には103回だな。ちゃんと僕は数えてた。」
「ちょっとやめてよ。暗いやつだな。」
「ははは。でも僕も同じなんだ。いろいろあってウチに帰りたくなかった。ただそれだけなんだ。」
マルコは明るく笑ってくれたが、背中はちょっと頼りなさげに傾いていた。

立ち止まって振り返るとマルコが言った。
「少し霧がひいてきたね。もうすぐ、僕の友達の家が見えるよ。」

僕はマルコの言葉に顔を上げた。
すると確かに、辺りの視界はさっきまでに比べて、ほんのちょっとだけ晴れていた。

「ああ、よかった。やっぱり世界は明るい方が気持ちいいね。」
「うん。間違いない。」

マルコと僕は再び歩き出しながら、多分おんなじような事を考えていた。

一人になるには、誰かが居ないといけない。
だから、僕達はひとりぼっちじゃない。

マルコの友達に会ったら、僕はその事を伝えてやろうと思った。


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