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リトル・ドラゴン④

4.「犬は吠えるが キャラバンは進む」

洞窟の中を歩いていくと少しずつ重力が加わってくるのを感じた。地球にいる時は何とも思わなかったそれが、今は重苦しくこの全身にのしかかった。それに加えて、あたりの視界はとても悪く、時計すら持っていない為に、僕たちがどのくらい進んでいるのかを推し量る事は不可能だった。良くない事が起こる時は往々にしてそうであるように、奇跡的なまでにいくつかの状況が重なり合い、それは中々に劣悪な環境を作り出し、僕らはお互いに何かを話していないと、精神のどこかが大きく悲鳴を上げてしまいそうだった。

周波数の話が終わってしまうと、僕は必死で次の話題を探した。

「あのさ。その、パラレルワールドといっても、マルコは僕たちの世界の事もよく知ってるみたいだね。」
「そう?」
マルコがどんな表情や仕草をしているのかも、暗過ぎて分からなくなっていた。
「うん、だってほら、マルコ・ポーロだとかジーンズだとかさ。地球が存在しない世界なのに、そんな事までよく知ってるじゃない。」
「ああ、そうだね。まぁ、僕たちドラゴンはちょっと特別なんだ。色んな世界の色んな時代を行き来出来るようになってる。なるべく見られないようにしてるんだけど、たまに何かの間違いで見つかっちゃう事もあるけど。」
「色んな世界を行き来って、どうやって?」
「うーん、別に自分の思うままに自由にいつでも何処でも、って感じで出来るわけじゃなくってさ。さっきのワープなんかもそうなんだけど、その動力のキッカケが必要なんだ。」
「キッカケって、えっと、コンロの種火ってヤツだっけ?」
「うん。物理的にももちろんそうだし、意思的にも必要なんだよ。とくに、時空を超えるような、大きなワープの時には、何方かと言うと、その意思的なパワーの方が重要になってくるんだ。」
「なるほどね。もしかして、僕に足りないのはそういう意思的な動力なのかな。ははは。」
僕はわざと自虐的に乾いた笑いを響かせた。
「ああ、まさにその通りだよ。」
ピシャリと音を立てるように、鋭くマルコが言った。

僕が黙ってしまうと、今度はマルコから話を変えてきた。
「好きな色は?」
「えっと、青かなぁ」
「好きな食べ物は?」
「カレーライスとコーヒーかな。ビールも好きだよ。」
「好きな女の子は?」
「小ちゃくて可愛らしい子かな。」
「モテない男の典型だな。」
「それはほっといてよ。」
「好きな音楽は?」
「ビーチボーイズ。」
僕がそう答えると、マルコは一呼吸おいた。そして、
「僕は君を助けたいと思ったというより、ビーチボーイズの音楽について語り合いたかった気持ちの方が強い。」
と、まるでとても大切な話をするような口調で言い、また続けた。
「僕にとって、ヒトが作り出したモノの殆どがあまり価値のないものだけど、君達の『音楽』だけは凄い発明だよ。あれは魔法そのものだと思う。」
「音楽が、魔法そのもの?」
「そうだよ。いくつもの異なる周波数を同時に混ぜ合わせて、あんなに美しく調和させてしまうなんて魔法だよ。そんなとてつもなく複雑な事が感覚的に出来るのなら、世界平和なんて一瞬で実現させられそうなものだけどね。君達は不思議だ。」



いつの間にか目が暗闇に慣れ、僅かにだが、マルコの体の輪郭くらいは認識出来るようになっていた。

そこから更にしばらく行くと、なにやらペチャクチャキィキィと甲高い話し声が聞こえて来た。

突然、マルコは歩くのをやめ、僕の方を振り返った。慌てて僕も止まった。
「なあ、ポール」
マルコは僕に歩み寄り、顔を近づけた。
「な、なんだい?」僕が聞くと、
「この先にコウモリたちの巣があるんだ。上に行く為にはどうしてもそこを通らなくちゃならない。」
マルコは小さめの声でそう言った。
「コウモリ?」
僕はコウモリなんて見た事も無いし、想像しただけで気味が悪かった。だけど、僕は今、分厚いスペーススーツを着ているし、目を瞑って一気に駆け抜けてしまえば、なんとかなりそうにも思えた。
「奴らは大した力は無いんだけど、恐ろしく物知りで、とんでもなくお喋りなんだ。間違いなく君のことも全部知ってる。」
「僕のことを、全部?」
「そう。君の生まれてから今まで。家族や友達の事も全部だ。」
「へぇ。なんだか気持ち悪いね。」
「気持ち悪いなんてそんな上品なもんじゃない。一匹残らず、性格が最悪なんだ。信じられないくらいイヤな事を言ってくる。」
「そ、それはかなり辛いね。」
「だからポール、何を言われても絶対に立ち止まるな。一気にダッシュして逃げきるんだ。奴らも洞窟の外までは追って来ない。眩し過ぎるからね。」
「もし、耐えきれなくって返事をしたら?」
「奴らが一気に君の口の中に入ってきて、身体の全て、脳みそから骨まで食われる。」

マルコが言い終わる頃、ついに『厄介な奴ら』ことコウモリの大群が飛んで来た。
彼らは僕とマルコの周りをあっという間に取り囲んだかと思うと全員で一斉にわめき散らした。

「マルコ、性懲りもなくまた来たのかよ。」
コウモリの最初の言葉を振り払うように、マルコは合図も無しに走り出した。僕も必死に追いかけた。

しかし、コウモリは僕等にしっかりついてくた。そこから波状攻撃の始まりだった。
「その冴えないサルは誰だ?」
「おい、答えろよマルコ。」
「いくじなしのマルコ。」
「ごみくずみたいなマルコ。」
「出来損ないのマルコ。」
「食べてやるから喋れよマルコ。」
「どうせ親父に怒られて行く場所が無いだけだろマルコ。」
「はっはっは!またかよマルコ。」
「はっはっは!嘘だろマルコ。」
「帰れよマルコ。」
「喋れないなら帰れマルコ。」
「謝ればパパも許してくれるさマルコ。」
「そんなパパはもう居ないけどなマルコ。」
「泣かないでねマルコ。」
「かわいそうマルコ。」
「かわいいマルコ。」
「かわいそうマルコ。」
「かわいいマルコ。」
「マルコちゃん。」
「いとしいマルコちゃん。」
「ママは元気か?マルコ。」
「ママもお前の帰りを待ってるぜ?マルコ。」
「誰かと会ってても怒るなよ。マルコ。」
「許してマルコ。」
「何処にも行かないでマルコ。」
「大好きだよマルコ。」
「愛してるよマルコ。」
「嘘だよマルコ。」
「バカなマルコ。」
「本気にしたのかマルコ。」
「調子に乗ってるのか?マルコ。」
「おいおいいい加減無視するなよマルコ。」
「隣のサルの名前は?マルコ。」
「俺たちに紹介しろよマルコ。」
「知ってるぞマルコ。」
「地球の人間だろマルコ。」
「名前はポールだろマルコ。」
「俺たちは全部知ってるぞマルコ。」
「こんな奴は放っておけよマルコ。」
「意味ないよマルコ。」
「コイツだって諦めてたんだぜマルコ。」
「そうさ、その方がいいってマルコ。」
「相手が望んでないんだマルコ。」
「本人が望んでないんだマルコ。」
「助けてもコイツに帰る場所はないよマルコ。」
「お前と同じだよマルコ。」
「お前と同じだよマルコ。」
「ここから逃げても同じだよマルコ。」
「何も変わらないさマルコ。」
「食わせろマルコ。」
「食わせろマルコ。」
「エサになれマルコ。」

マルコは何も言わずに僕の手を取った。僕はいつの間にか目を瞑っていた。次の瞬間、
「そいつは死ぬんだよマルコ。」
コウモリのその言葉と同時に、マルコは更に加速した。僕は少しひきづられるようになった。

マルコはその爪が食い込むほどに僕の手を握っていた。さすがに、あまりの痛みから目を開けると、白く強い光が僕等に差していた。

洞窟の出口がもうすぐそばまでにきていた。

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