愛も孤独も戦いも、全てが尊い「違国日記」
人が心の中で抱える複雑な感情を、こんなにも具体的な言葉とイメージで伝わってきたのは初めてでした。
友人に勧められて、読み始めたら止まらなくて、一気に読み終えた「違国日記」。読み終えた瞬間に涙が止まらなくなり、もう一度物語を味わいたくなって、すぐに二周目に突入しました。
この漫画が大好きになったのは、「愛」という主題にあまりにも真正面から向かい合った作品だったから。
「私のことを愛して欲しい」ということを訴えてくるストーリーでした。
そして、各登場人物の心の機微の表現力が高すぎる。言葉選びと、描かれる表情が好みすぎました。
少しネタバレになってしまいますが、わたしにとって心に残った点をいくつかあげたいと思います。
・さびしさの砂漠を抱える主人公
交通事故でいきなり2人の両親を亡くして、口数が少ないいつも不機嫌な小説家の槙生と暮らすことになった主人公の朝。
朝の辛い心の動きが、あまりにも鮮明に描かれていて、途中は読んでいて苦しくなるほどでした。
両親を失ってから、しばらくは涙も出ず、いつも通り生活し続けるけど、心の中では急にいなくなってしまった両親への怒りが止まらない。
無条件に愛してくれた両親はもういない。
だったら、一緒に暮らす槙生に、嘘の言葉でもいいから「愛してる」と言って欲しいのに、絶対に欲しい言葉はもらえない。
思い出すのは母親のことばかり。父親に愛してもらっていたかが分からない。死んでしまったから、わたしのこと愛していた?と、確認する術もない。
ずっと、さびしい。ずっと、愛されたい。
愛されていると確認したい。
さびしい、さびしい、さびしい。
さびしさを隠さずに、あまりにも真っ直ぐに愛されることを渇望する朝の健気さと切実さと、悲しさが心にきました。
だからこそ、最後のシーンは涙が止まらなかったです。
・何者でもない自分への焦りや絶望
自分以外のみんなが、何か特別な何かを持っているように見えるのに、自分には何もない。パッとしない。
何にでもなれると言われるけど、何になりたいかも分からない。でも、何者かに自分もなりたい。
両親が死んで、叔母は小説家で、劇的な人生をあるんでいるはずなのに、パッとしない自分に悩む朝。
誰しもが持ったことがあるであろう思春期の焦燥感がとてもリアルに表現されていると思いました。
「わたしには、なんにもないから」とヘラヘラ笑いながら友達に話すけど、心の中ではどうしようもなく悲しくて、何かを持っている友人が羨ましくて仕方がないことってありますよね。
わたしには、ありました。
凡庸であることへのコンプレックスを抱えながら、それを受け入れているように振る舞い、強がる朝が自分に重なりました。
・なりたい自分になるための戦い
小説を書くことをやめない槙生
女性に恋をする自分を貫き通す朝の親友
性別に対する理不尽を目の当たりにしても医者になることを選んだ朝の同級生
「なりたい自分になるにはどうすればいいか」と、作中で主人公は何度も問いかけますが、主人公の周りにはなりたい自分になるため(あり続けるため)に戦う人がたくさん登場しました。
周りに流されないで自分を貫き通すことは、孤独な戦いです。アドバイスをくれる人がいたとしても、選択する・行動することができるのは自分だけです。その選択に納得できるかどうかも自分だけにしか分かりません。
何でも導いてくれた親が死んで何を選べばいいか途方に暮れる主人公の朝も、自分で選択した道を歩む朝の周りの人も尊いと思いながら読んでいました。
・人を愛することは尊い
この作品の一番の主題は、最初でも書いたように、「人を愛すること」だと思っています。
人と極力関わらずに生きてきた小説家の槙生が、朝と出会っていろんな人と関わるようになったり、人に頼るようになったりする過程が好きでした。
人と関わることが苦手だと自覚している。それでも、朝と関わっていたいと望んで、感情を露わにして愛を伝えるシーンでは涙が止まらなかったです。
小説家だからこそ、安易に言葉を使えなくて、だからこそ簡単には「愛している」と朝に頑なに言わなかった槙生。最後の最後で、回りくどいほど言葉を重ねて、朝への愛を伝える姿は、いかにも槙生らしく、不器用で愛おしく思えました。
書きながら、登場人物たちの想いや決意を思い出すだけで涙が出そうになるほど、心に響く言葉が多く、ずっと心に残り続けています。
読んでいる間は、静かな邦画を見ているような気分でした。
愛されたいと思った時、なりたい自分になりたいと思う時、孤独を感じた時に、私はこの漫画を一生読み返し続けると思います。
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