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ラニーエッグボイラー 第2話「主人公になれないモブキャラはタマゴサンドを頬張るしかない」

人生恵まれてそうなシンガーソングライターが、自分の人生の主役は自分だ、とか歌ってるが、そういう奴はそう思えるような環境に生まれてるだけで、本気でそう思ってるわけじゃない。
俺はとてもそうは思えない、ギャン狂でDV野郎の父親とシャブ中の母親の間という、煮詰めたヘドロみたいな環境で生まれたから、本気でそう思うしかないし、そうしなければ一生馬鹿にされて日の目を見れない人生を送る羽目になっちまう。
俺の名前はアヨン、日本人だ。東南アジア人でも韓国人でも中東あたりの奴でもない。本名にアが4つもあるからアヨンと名乗ってる。
「なんだぁ? 根須阿亜嗚呼(ネズアアアア)? ふざけてんのか?」
「いいえ、本名です」
「そんな名前があるわけねえだろうが!」
目の前の巨大な、やたらとタッパのデカい2メートル近くありそうな大男が、ギョロリとした目を見開いて怒鳴り声を上げる。こいつは金御寺っていうヤクザまがいの半グレのボスで、表は飲み屋や焼肉屋を幾つも経営してるが、裏では恐喝に強盗、薬の売買、詐欺、さらには殺しまでやってるって噂のある正真正銘のキチ〇〇野郎だ。
でもこの辺で不良や悪党をやろうってんなら避けて通ることはできない相手で、こいつの手下になってアガリを掠め取られるか、こいつにぶっ飛ばされないように他の半グレや本職の手下になって結局金を奪われるかの2択しかねえ。他の選択肢があるとしたら死と半殺しくらいだ。
どうせ金を持ってかれるなら、今一番イケイケで羽振りのいい、おまけに他の連中を黙らせることの出来る武闘派のこいつの下について、名が売れるまでは甘い汁を吸うのが一番マシだ。
「名前が呼びづらいってんで、仲間からはアヨンって呼ばれてます」
「てめえみたいなのに仲間なんているわけねえだろ」
俺にも仲間くらい居る。どいつもこいつも表の道を歩けないようなクソ野郎ばかりだが、ガキの頃から苦楽を共にした、少年院でも同じ臭い飯を食った仲間が。
「よし、その仲間たち全員に、片っ端から消費者金融で金を借りさせろ。俺への上納金だ」
よくねえよ、なんだその最悪の2択は。俺以外の仲間全員に借金をさせるか、俺も含めた全員が詰められて借金をさせられるか。心が痛むか、心以外も痛むかの最悪の2択。
俺は痛いのが嫌いなタイプのクソ野郎だったから、あっという間に仲間を売って、3日で金御寺への上納金を作った。


薄情さと忠誠心を気に入られたのか、俺は2年足らずで金御寺の側近にまで成り上がることになる。



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アアアアなんて馬鹿がRPGで適当につけそうな名前だが、これでも腕っ節には自信があった。地元ではタイマンで負けた回数は片手で数えるくらいしかねえし、かつての仲間に借金させた時にも腕力で抑えつけた。
クソみたいな環境の中で、俺は俺の武力で主人公を張っていた。
だが、金御寺の暴力はケンカが強いとか腕が経つとか、そんなレベルではなかった。
「いいか、この世界で最も重要なのは資本だ。金でも頭脳でも人脈でもなんでも構わないが、中でも最も強力な資本は暴力と残酷さだ。金なんてどれだけ持っててもそれだけだと舐められる。頭脳もそうだ、馬鹿は上にすらいけないが頭だけでは下はついてこない。他人を黙らせる最高の資本が暴力だ。なぜなら人間は痛みに弱い、痛みから逃れるためなら金でもなんでも差し出すのが人間という生き物の本質だ」
そう語る金御寺の暴力は、今まで見たことのない次元だった。もしかしたらメキシコのマフィアとかロシアの猟奇殺人鬼とかなら同類がいるかもしれないが、恐怖を徹底的に植えつける最高の資本ってやつは、傍らで働く俺の心も簡単に圧し折った。
この2年間で自分はこの世界で主役は張れないってわからせられたし、名前通りのモブキャラでしかないって心が決めちまった。

「マア、ソンナ顔スルナヨ、ブラザー」
「ボスガ異常ナダケデ、オメーモ結構ヤル方ダゼー」
片言の日本語で慰めてくるキャリコとブリストルは金御寺の側近だ。
ふたりとも不法滞在の外国人で、軍人くずれの色黒マッチョで殺人鬼みたいな眼をしているが、根はそんなに悪くない奴らだ。悪くないっていうのは、例えば倒した相手に追い打ちで股間や首への踏み付けをしないとか、目玉をガスバーナーで焼いたりしないとか、そういう意味での悪くないってことで、社会から見たら完璧に悪党側の不良外国人だ。詐欺も恐喝も強姦も放火も当たり前にする、金御寺に命令されたら人殺しだってするだろう。
でもそんなふたりにも人間らしい情があるのか、俺に食いかけのカップヌードルとポテトチップスを渡してくる。
ありがたくて涙が出そうだ、でもさっきタマゴサンド食ったからマジでいらねえ。
わざとらしく涙をこらえるようなポーズで顔を上に向けると、今日も空にはわけのわからない馬鹿でかい卵が浮かんでいる。大麻の吸い過ぎと薬のやり過ぎが原因だと思うが、気がつけば空に浮かぶ卵が見えるようになっちまった。
最初は驚き過ぎて頭がおかしくなりそうだったが、慣れてくるとどうでもよくなって、頻繁に卵を食べたくなる以外に困ることはない。
ちなみに卵はキャリコとブリストルには見えてないから、ラリッたら誰でも卵が見えるわけではないらしい。でかい金御寺の顔とかじゃなくて良かったわ、そんなのが見えたらその場で自殺してる。自殺しなくてもクソとションベン漏らした上でショック死してる。それくらいあの男の顔はこええ。

「お前ら、今から買い物に行くぞ。ついてこい」
金御寺が買い物と言ったら、それはドラッグか武器か人身売買のどれかだ。間違っても服とか本とかそういうのじゃない、そんなものを買いに行くために護衛を付けたりしない。
「ボス、例ノ宗教団体デスカ?」
「そうだ。銃と爆弾が欲しいそうだ」
例の宗教団体というのは、近頃マスコミを騒がせている【傾乱教】というゴリゴリのカルト宗教で、全身真っ白の格好をして山奥で集団生活をしている不気味な奴らだ。信者はそれまでの生活を捨てるために貯金から不動産まですべての資産を団体にお布施として譲り渡し、夫婦も親子の縁も捨てて、ファームという施設で他の信者と一緒に修行と農作業をしながら暮らすらしい。要するに頭のおかしい気持ち悪い奴らだ。
そんな奴らが頭がバグってんのか爆弾を欲しがっていて、裏社会の伝手で手に入れられないか頼ってきたらしい。
「宗教はいいぞ、あれはこの世で最も合理的かつ理不尽に金を集められるシステムのひとつだからなあ。俺たちも適当に教祖をでっち上げて、宗教を始めるのも悪くないな」
金御寺が宗教を始めたら、儀式としてガスバーナーとチェーンソーとミンチマシーンが使われるに違いない。信者が集団リンチで殺した相手を肉団子にする姿を、うっかり想像してしまう。思わず慌てて飲み込んだ麺を吐き出しそうだ。


▷ ▷ ▷


普段はカナガシラという老舗の武器屋を利用しているが、少しでも安く仕入れたいと考えた金御寺は、安藤とかいう若い女の店を選んだ。ちょっと腕力を使えば簡単に安く仕入れて、今後の上納金も納めさせて、ついでに性欲も処理できると考えたのだが、それが大きな間違いだった。
まだ20代の女だからといって、舐めていいような相手じゃなかった。
武器屋は右手の中指を上に、左手の親指を下に向けて拒絶の意思を示すと、店の奥から鉛玉が何発も飛んできた。いつでも舐めたクソ客を撃てる、そういう準備をしていたのだ。
まず金御寺の前に飛び出したキャリコが胸を撃たれて、呆然とする俺を突き飛ばしてブリストルが腹に何発か弾をもらって倒れた。そのまま金御寺も分厚い腕や肩に何発か弾を撃ち込まれて、俺たちは驚いたドブネズミのように慌てて逃げるしか出来なかった。
「アヨン、闇医者のところへ俺を運んだら、他の連中に報せろ。指示は追って出す」
「はい!」
馬鹿な俺でもわかる。病院に駆け込むのはまずい、銃での怪我は警察に通報される。それに金御寺は1日に数時間以上、同じ場所にいないようにしている。何年も前に殺し屋を送り込まれたことがあって、今でも居場所を特定されるのを避けている。特にヨハネとかいう、どんな相手であっても、どんな人数でも、どんな警備を敷かれていても、24時間以内に確実に仕留める都市伝説みたいな野郎を警戒していて、他にも【鮫】と呼ばれてる殺し屋の最高峰共の動きも気に留めてる。
あんな悪魔みたいな奴でも死ぬのは怖いらしい。だったら最初から武器屋を脅すべきじゃなかった。

でも大間違いはそんなことじゃない。
あの武器屋の女、あれが美人過ぎたのだ。
化粧っ気のない顔で黒いツナギ姿なのに、なおも目を引く顔の良さと艶やかな長い黒髪。胸はちょっと足りないが、それを補って余りある顔の良さ。半グレ相手に中指立てて銃弾ぶち込んでくる思い切りの良さよりも驚きの顔の良さ。さらに女優顔負けの顔の良さ。あとなんだ、とにかく顔が良過ぎる。
俺も金御寺の下についてから、飲み屋の女とか風俗嬢とかAV女優とか、色々と顔のいい女を見てきたが、そのどれと比べても圧倒的に顔が良過ぎて、俺は金御寺が撃たれたことよりもそっちに驚いてしまった。
こんな大変な時になにを言ってるんだ、って思うだろうが、そもそも俺たちみたいな学もねえ暴力以外に資本のねえ悪党は、脳みそとちんちんが直結しているわけだ。俺はまだ25歳の精子を出すくらいしか生産的なことが出来ない年齢で、金御寺が生意気な飲み屋の女とか逃げようとした風俗女をまわしてる時に、馬鹿だからって理由で見張りばっかりやらされて、こっちはその度にちんこが破裂しそうだったんだ。
あんな悪魔野郎、どうなったって知るか、馬鹿が。俺の人生は俺が主役張るしかねえんだから、俺には美人でドストライクのヒロインが必要だろうが。

だから、俺は決めた。
このままだとあの武器屋は金御寺に捕まって、さんざん犯された挙句、臓器を全部抜かれて犬の餌にされる。でも俺がまとまった金を抱えて一緒にどこか遠くの、それこそ北海道とか沖縄まで行ったら、そこまで行かなくても東北や九州にでも逃げてしまえば金御寺もわざわざ探しに来ないだろう。
それでしばらく潜んでる間に改名して、例えば安藤浩二とかそんな名前にでもしたら、名前から見つかることは絶対にない。
よし、決めた。
俺はあの女と第2の人生を始めてやる。アウトローの世界で主役張れなくても、別の世界で主役張ってやる。


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『✕✕日午後4時ごろ、○○区のマンションで大規模な爆発があり、未成年を含む50人以上が負傷し、病院に搬送されました。正確な被害状況は未だわかっていません。爆発のあったマンションは通称ヤクザマンションと呼ばれる場所で、近隣住民によると複数階でほとんど同時に爆発が起こったということです。警察と消防は、ガス爆発の可能性がある他、暴力団同士の抗争、過激派宗教団体によるテロ行為等の可能性もあるとみて詳しい情報を調べています。警察と消防によるとマンションは上半分が跡形もないほど壊れており、周辺の住宅や飲食店などで窓ガラスが割れるといった被害も出ています。現在もなお危険があるとのことで、周囲は立ち入り禁止となっています』


なんて決意して、詐欺や恐喝で集めた現ナマを適当な理由でっち上げて持ち出して、あの武器屋の女を探してる間に事務所がマンションごと吹き飛ばされた。手口はそれは酷いもので、事務所の上下の部屋が派手に爆発して、上にも下にも逃げられない間に焼け死んだか、その前に爆発で死んでたか、どっちかわからねえけど死体は身元がわからないくらい損壊していたらしい。
しかも入り口で見張りをしてた奴によると、金御寺の娘が全身に爆弾括りつけられてやってきたそうで、それで金御寺を呼ばざるを得なくなって、そのまま事務所に戻ってきたタイミングでドカンとやられたそうだ。
つまり事務所の中と上と下、絶対に逃がさない殺意マシマシでやりやがったのだ。
俺は今まで金御寺がこの世で一番恐ろしいと信じてたが、あの武器屋の女はそんなもん比較にならないぐらい恐ろしい存在だったのだ。
上には上なのか、下には下なのか、俺はとんでもない女を連れて逃げようとしてたわけだ。

「でもなー、くっそ美人だからなー」
「あんたねえ、こんなところで飲んでる場合じゃないんじゃないの?」

カウンターに突っ伏す俺の目の前の、ウィスキーのグラスの更に向こうで、性別のよくわからないバーの店主ことカオルちゃんが呆れた顔をしている。
歓楽街のバー【聖書・仏陀・義理】はヤクザ者でも貧乏学生でも誰でも平等に飲める店で、悪党なのに金のない俺は常連のひとりだ。金御寺みたいな見た目いかにもな反社はさすがに来ないから、荒んだ生活の唯一の安息地として頻繁に利用している。
それにこういう店のいいところは、うっかりと溢した情報がカオルちゃんの耳に入るので、たまに金になりそうな話や用心するべき裏情報が手に入るのだ。この2年間、カオルちゃんや性別はわかるがはっきりと言ったらぶん殴られそうなバケモン共に何度助けられたかわからない。
「金御寺の下にいた連中、次々に行方不明になってるそうじゃない」
「え、マジで?」
「試しに電話でも掛けてごらんなさいよ」
洒落では済まない内緒話を聴かされて、慌てて生き残った同僚たちに電話をしてみる。

「……誰も出ない」

電話は誰ひとりとして繋がらず、しかも全員が電波の届かないところにいるか電源が入っていない状態。
あの爆発で生き残ったのは、マンションの入り口で見張りをしてたひとりと現場にいなかった5人、それと俺。見張りは火傷で入院して病院にいたはずだが、言いつけを守ってスマホの電源を切るような社会性のある優等生じゃない。
そして最悪なタイミングでラジオから流れてきたニュースが、そいつが病院の敷地内で撃ち殺されたことを告げる。

「カオルちゃん、今すぐお会計!」
「いいわよ、今日は奢りで」

俺は慌てて店を飛び出して、3秒でタクシーを拾って、とにかく遠くまでと札束を差し出して、高速道路を西へ西へと走ってもらい、とある地方都市まで運んでもらった後、すぐに別のタクシーを拾って、それを何度か繰り返して、太陽が昇る頃には何百キロも離れた田舎の山の中へと逃げたのだった。
相手が金御寺に怨みのある奴か誰だか知らないが、田舎の山の中にまで追いかけてくる奴はいないだろう。このまま適当に廃墟でも見つけて隠れ住んでたら、盗んだ金が尽きるまでは安全に生きていけるはずだ。
ただひとつ、俺の安全を脅かすものがあるとしたら、

「なんで、こんな山の中にパンダが……?」

突如として目の前に現れた、鹿の首元に齧りついたまま仁王立ちで血を滴らせる、凶暴な目つきの野生化したパンダくらいだ。


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