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竜と六畳間

「起きて半畳、寝て一畳、だけども商売は繁盛していたい!」
そう語ったのは家具職人の祖父で、金があるならどんどこ贅沢をするべきだと反論したのは飲んだくれで博打好きな父だった。
私はどちらの言い分もまあ確かにと飲み込めるところもあるし、でも生涯というものは針の上に乗せただけの板切れのようなもので、いつどうなるかわからないのだから、なんて考えると祖父の言い分に頭の中の天秤が傾くし、どうせ没落するなら金のある内に味わっておこうとも考えたりしてしまう。
「マリネッリ君、はやく進路希望を出すように」
堅実な職業か、それとも一発逆転を狙う博打のような生き方か。
義務教育期間を間もなく終える私は、その時まさに将来を決める分岐点に立っていた。

「はい、先生、質問です!」
「なにかね、マリネッリ君」
教師は偉そうに伸ばした口ひげをピンと指先で摘まみながら、少し胸を張る姿勢で身構えた。生徒の悩みに答えるのは教師の役目だ。本来は学問と運動訓練と基礎宗教だけ教えればいいので、生徒の進路指導などする必要もないのだけれど、私の暮らす町は実は結構危ういバランスの上で成り立っている、まさに針の上に乗せた板切れのような場所なので、若者を正しく導くのが住民すべての財産になるのだ、と以前語っていた、確か自習の時間に暇潰しがてら。
なにせ我らが町オルム・ドラカは、対人間の最前線基地でもある。といっても弓矢や鉄砲がひっきりなしに飛んでくる、なんてことはなく、私の知る限り10年くらい前に小規模な小競り合いが町の入り口で起きたくらい。要するに平和でのんびりした普通の町、ただし時々場合によりけりなのだ。
そんなもんで、私にとっては人間との小競り合いよりも将来の進路の方が重大なので、今からする質問は町の防衛よりもずっと意味がある。

「将来安泰で実入りもよくて、適度に贅沢も出来る仕事って何ですか!?」

堅実と贅沢、どちらにも天秤が傾くなら両方を選べばいいのだ。二兎追うものは一兎をも得ず、なんてことわざがあるらしいけど、優秀な猟師は3本の矢を同時に放って鳥と兎と魚を仕留めるらしい。まさに1本の矢では不安だけど3本揃えばってやつだ。
もちろん私は優秀な猟師ではないので、なにを馬鹿なこと言っとるんだね、と返されても仕方ない。しかし将来は優秀な猟師になる可能性もゼロではないのだ、なるつもりは今のところないけど。

「ふぅむ。であるならば、やはりこれしかないだろうね。ずばりドラゴン様への奉仕者だね」
「……ドラゴンっすか?」
「様を付けたまえ。君は基礎宗教の授業中、居眠りでもしていたのかね」
教師が口ひげを摘まんだまま、直立不動の姿勢で足を動かさずに、ずずずいと滑るように近づいてくる。こういう動きをしている時は、この教師が怒っている証拠だ。模範的な大人であるために怒鳴りこそしないが、その怒りは一切出さないわけではない。ちゃんと形として表現してくる、それが直立床滑り移動なのだ。
「すいません、ドラゴン様です」
「よろしい。相手次第では頭を鈍器で本気でかち割られるから気を付けなさい」
頭はかち割られたくないなあ、ましてや鈍器で、しかも本気で、と素直に教師の言葉を飲み込んだ。


ドラゴンもといドラゴン様。
この世界の頂点に君臨する生物。世界はドラゴン信仰者とそれ以外に二分されていて、人間が想像した妄想上の創造主が神であるならば、私たちの現実の支配者はドラゴン様。どっちが上かなんて考えるまでもなく、想像上の存在は現実の子犬にも劣る、という事実の通り、ドラゴン様が上であることは悩むまでもない。むしろ悩んだらしょっ引かれるかもしれない、不敬罪とかで。
超常の存在はまさしく頂上に存在しているわけで、オルム・ドラカの築かれた地の果てまで続く窪地は、かつてドラゴン様同士の争いの傷跡といわれているし、ドラゴン様はオルム・ドラカの中心地区、許された者以外は踏み入ってはいけない禁足地で暮らしているらしい。
ちなみに人間たちはドラゴンといえばでっかいトカゲが火を吐く姿を想像するけれど、あれは鳥でいうところの文鳥のような種族で、文鳥と駝鳥が同じ種類の生き物とは思えないように、ドラゴンにも色々と種類があるらしい。
らしいばっかりなのは、私たちは物心ついた時からドラゴン様のことを教えてもらうけれど、一度として見たことがないから。見たことないものを、そうだ、と断言する素直さは私には身につかなかったみたい。両親も祖父もさぞ嘆くことだろうよ。


「ってーわけで、私はドラゴン様への奉仕者になることにした!」

その宣言を聞いた祖父も両親も、性格こそ対照的なれど根っこの部分では敬虔なドラゴン信仰者なので、涙を流して喜び、天井にぶつかりそうな勢いで胴上げわっしょいわっしょい、夕方には近隣住民総出でどんどこどんどこわっしょいわしょい、なんだか一瞬ですごく偉くなったような扱いを受けたのだった。
立場が人を作るとはこういうことなのか、正直よくわからんけど。


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「なんか思ってたんと違う……」

背中に弁当箱が3つも4つも入った筒のような鞄を背負って、町中をひたすら中心に向かって歩く。目的地はドラゴン様がいらっしゃるという禁足地だ。
私は希望通りにドラゴン様への奉仕者となった。
奉仕者の仕事は大きく分けて3種類あって、ひとつは禁足地もとい聖域を守護する衛兵、ひとつはドラゴン様への感謝と祈りを捧げる祭司、そして食事を届ける係。
もちろん学校を卒業したての小娘が衛兵や祭司になれるわけがないので、私の仕事は3番目の食事係となる。ちょうど産休で1人欠員が出たので、その枠に意外とあっさり潜り込めたのだ。

そして夜明け前からついさっきまで、料理長のおばさん達と一緒にドラゴン様と衛兵の食事を作っていたのだ。
食事は取り立てて豪勢というわけでもないけど、とにかく量が多く、大量の米を炊いたり、大量の豚やワニの肉を焼いたり、大量の果物を剥いたり、全身甲冑よりも重い上に熱された釜とか、身の丈よりも大きい袋いっぱいに詰め込まれた米とか、ゴリラが持ち上げそうな荷物をあっちへこっちへと運び続けたりと、先日まで学生だった身には中々に厳しい重労働だった。
でもそこは大して問題ではない。仕事は大変なものだと祖父から口酸っぱく教えられてきたし、大変だからお金も貰えるのだと理解しているから。
問題は別にあるのだ。
「ドラゴン様が食べる量じゃないよね、これ」
背中のさほど重たくもない荷物を振り向き様に見やりながら、頭の中にどうしようもない不安を思い浮かべてしまう。

ドラゴン様がどんな生物様なのかわからないけど、一般的に人間からドラゴンと呼ばれるでっかいトカゲは、虎や熊よりも、個体によってはゾウよりも大きい。その時点で大食いで済むようなレベルではないのだ。
そしてドラゴン様ともなれば、おそらくきっともっとずっと巨大なトカゲなんじゃないかと思う。
ということはだ、さっき作ってたのは衛兵の食事なのは疑いようもないけど、ドラゴン様の食事は主食ではなく付け合わせ。私たちの食事でいうところの漬物とかふりかけのレベルに違いない。
きっと主食はそれを運んできた配達係、古来から巨大なドラゴンには純潔の乙女が生贄に捧げられるというけれど、その条件に丁度一致してるのは偶然ではなかろう。

こんにちは、ドラゴン様。さようなら、短かった私の生涯。おじいちゃん、お父さん、お母さん、私は今日、ドラゴン様の生贄となります……。


「ここがドラゴン様のいらっしゃる場所……?」

巨大で偉大なドラゴン様が住む場所と言われたら、誰しもが凶悪な魔獣が跋扈してそうな洞窟であるとか、頑強に固められて蟻の子一匹通さない城であるとか、それこそドラゴン様の姿を模した天にも届きそうな塔であるとか、そういう場所を想像してしまうと思う。私もそう思う、だってドラゴン様が住んでんだもの。
けれど、聖域とされる中心地は思いのほか平凡、もとい私たちの生活する市街地のような見慣れた光景で、その中心には【ドラゴン様の家】と書かれた看板と、栄華とも豪華とも権威とも程遠い1階建ての、狭くて小さい鶏小屋のような築年数うん十年っぽい平屋が1軒、ぽつんと建っているのだ。
おまけに庭には物干し竿に吊るされた地味なTシャツと地味なスウェットの上下、あとタオルが数枚。
ひとり暮らしの学生かよ、と内心ツッコミのひとつも入れざるをえない光景だったのだ。

「ははーん、さては罠だな。これはきっと人間たちの刺客が聖域に辿り着いた時に、ドラゴン様の居場所と勘違いさせるための……するか、こんなボロ家で!」
「悪かったな、ボロ家で」

平屋の窓が開いて、金色の瞳を眠たそうに開けたり閉じたりしている、見た感じ私と大差ない年齢の小娘が顔を覗かせた。
平たい胸元に激カワ暴君と書かれた半袖のTシャツに七分丈の裾の広がったパンツ、そこから伸びる手足は細く、肩にかかる程度に伸びた髪の毛は暗めの紫がかっていて、背丈はドワトマーの私よりは高いけど世間一般でいえば小柄だ。
ドワトマーというのは小柄で骨太で木工細工が得意な、平均寿命150年ほどの短命種で、わかりやすくいえばドワーフの親戚みたいなやつ。
オルム・ドラカはそれこそゴブリンと呼ばれる小鬼から岩のように大きいトロールまで、ドラゴン様の信仰者であれば種族問わず生活してるから、ドワトマーも別に珍しくもないけど多数派でもないといったところ。
生息数でいえば繁殖力の強いゴブリンが一番多くて、5人に1人くらいはゴブリン。その次に猪のような頭と大柄な体躯のオーク種族って習った、ほんとかどうか知らんけど。

目の前の痩せ小娘が何歳なのか知らないけれど、あまり見ない種族だ。
姿は教科書に載っていた人間に近い。でも頭に槍の穂先みたいな形状の角が2本、それに瞳の中の瞳孔は爬虫類みたいに縦筋に伸びているから、たぶん人間とは違う。むしろ人間だったら、人間がドラゴン様を称して人間と争う、なんか無駄に手の込んだ自作自演みたいなことになってしまう。
まあ、その疑問は置いといて、まさかこの痩せ小娘が誰もが崇め奉る、偉大なる超常の存在にして頂上に君臨する、そんな上等で上々な生き物であるドラゴン様のわけがない。
なるほど、そういうことか。
きっとこの平屋は生贄の女たちを集めておく場所で、この弁当は私含めて生贄の女たちが待ってる間に食べるためのもので、ある程度の人数を集めてからドラゴン様に召し上がってもらうのだろう。

「しかし私はドラゴン様の信仰者だけど敬虔ではない! でもドラゴン様は1回くらい見ておきたい!」
「……どしたの、急に?」
「逃げようかどうしようか悩んでるの!」
「逃げるって何から?」

痩せ小娘は重度のドラゴン信仰者らしく、食べられることを不幸とは考えていないらしい。確かにそういう見方も出来る、偉大なる王であるドラゴン様の血肉となる、それはある者にすれば涙を流す程の名誉だろう、光栄の極みだろう。
しかし私にはそうではない。齢15歳、やってみたいことも沢山あるし、恋人だって子どもだって欲しいし、自分の名前もなにか石板とかでもいいから刻みたい。人生を捧げるにはまだまだ若過ぎるのだ。
きっと目の前の痩せ小娘もそうなのだ。本当は夢とか野心とかそういうのが、大なり小なりあるはずなのだ。それをドラゴン様への信仰心で覆い隠しているのだ、きっとそうだ、そうに違いない。

「ねえ、どうでもいいけど弁当食べさせてくれない?」
「食べてる場合か! あんた、このままだと食べられちゃうのよ!」
「え? 誰に?」

これだから宗教にのめり込む奴は。過度の信仰心は瞳を曇らせてしまうのだ、それが証拠に痩せ小娘を見よってやつだ。
目の前の痩せ小娘は状況をまったく理解できていないのか、私の背負ってる鞄から弁当箱を取り出そうとしている。そんな暇があるなら、今すぐ逃げ出すべきだし、きっと家に帰っても誰も怒らないと思う。
それにドラゴン様に食べられたからって何になるというのだ、栄養になるだけじゃないか。
「誰にって、ドラゴン様にだよ!」
「……はぁ?」
痩せ小娘は呆れたように口を半開きにして眉をひそめる。なんて間抜けな顔だ、これが信仰心の成れの果てだ。写真に撮って額に入れて、教室の黒板の上の方にでも飾ってしまえばいい。きっと素敵な反面教師として良い材料になるだろう。

しかし、痩せ小娘は私の説得に耳を傾けるわけでもなく、意外な言葉を返してきたのだ。

「いや、私がドラゴンなんだけど?」

え? なんだって?


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目の前では自称ドラゴン様が弁当箱の蓋を開けて、塩味を利かせた米やワニ肉ステーキやカツサンドに目を輝かせている。
一口食べては、んあー、だの、うまー、だの、むふー、だのと喚いていて、お世辞にも上品とは言えない。むしろ腹を空かせた獣かなにか同然の仕草で、贔屓目にも崇拝される生き物のようには見えない。
そう思う理由は素直過ぎる食いっぷりだけではない。鶏小屋のような平屋の中は、それなりに綺麗に整えられているものの、間取りは普通の六畳間で、黒い茸みたいな形の置物の乗った本棚にカレンダーが貼ってある冷蔵庫、それと布団が敷かれたままのベッドがひとつずつ、物干し台にぶら下がった下着が数枚、寒期用の上着が1枚、あとは洗面台にもなる小さな流し台にマグカップと食器が少々、それと押し入れ。この感じだと、押し入れの中にも毛布や替えの服があるくらいだろう。
要するに立派な調度品であるとか、高価な装飾品や宝石の類は皆無。完結に表すならば、ザ・庶民の佇まい。
これでドラゴン様を自称するには無理がある、せいぜいドラゴン様のお世話をする下女がいいところだ。

「あのさあ、この部屋でドラゴン様はないでしょ」
「え? なんで?」
痩せ小娘がすっとぼけた返事を発しながら、同時に果物をふたつみっつ口の中に器用に放り込む。
「ドラゴン様と言ったら、オルム・ドラカの王、すべての民から崇め奉られる存在なわけよ。そういう御方は普通、滅茶苦茶でっかい城とか、おどろおどろしい洞窟とか、天まで届く塔とか、そういう場所にいらっしゃるもんなの。六畳間に住んでるドラゴン様なんて、言っただけで不敬罪でしょっ引かれるってものよ」
「ふーん」
ふーんじゃないの、この嘘つき痩せ小娘。このままだと重度のドラゴン信仰者に、首を刎ねられかねないって話をしてるのに。

「六畳間ってひとりで使うには便利だけど? ほら、この通り真ん中にベッドを置いてるから、寝転がったまま冷蔵庫も本棚も手が届くし」
嘘つき痩せ小娘は食事を終えるとベッドに寝転がり、だらしなく寝ころんだまま冷蔵庫の扉に手を伸ばして開き、水の入ったガラス瓶を取り出し、引き続き寝ころんだままの姿勢で動き、本棚からたぶん物語か冗談の類の書かれた本を掴み取る。
「ほらね? この便利さを知ってしまうと、滅茶苦茶でかい城なんて魅力ゼロだもん」
「いや、偉いドラゴン様なら召し使いの100や200いるでしょ」
「部屋に四六時中誰かいると気まずい……」
なにが気まずいだ、ドラゴン様を称するならもっと威風堂々であれ。いや、嘘なんだろうけど。
「せめてドラゴン様の証明になりそうなものでも用意しときなさいよ」
「なんでドラゴンなのに、はい本物のドラゴンの証明書ですって用意しないといけないの。そんなことしないよ、偽物じゃないんだから」
偽物なんだから、せめて騙せそうな偽物であれ、って言ってんのにわかんない奴だな、この痩せ小娘は。

「でもまあ、無くはないよ。えーと、あれ? どこ置いたっけ?」
痩せ小娘は押し入れを開いて体の上半分を突っ込み、毛布や釣り竿や金槌や鋸を掻き分けながら、なにやら探し始めた。背中越しに覗いてみても、やはり高価そうなものは見当たらない。もしかしたら私の部屋の方が金が掛かってるかもしれない、贅沢した覚えはないけど。
しばらくの間がさごそと押し入れを漁り、あったあったとつっかえ棒代わりにしていた杖のような棒のようなものを1本取り出し、私に見せつけるように向けてきた。
杖は金属製の古めかしいもので、先端には3対の瞳を並べた蛇の頭みたいな形になっていて、反対側には複数の輪っかが取り付けられている。骨董品屋の店先にでも並んでいそうな代物で、見せつけられたところで、だからどうしたとしか答えようのない、そんな大した価値のなさそうな杖だ。
「ほら、ドラゴンの本体を閉じ込めてある術具。これで証明になるよね?」
「いや、ならないでしょ」
「なんでだよ、ドラゴンの術具なのに」


ドラゴンの術具。
人間以外の知的種族が超常の存在と崇めるドラゴン種族は、小型のものでも何十人も暮らす集合住宅や兵舎と同程度の、中型種で大河を渡す巨大な橋や商業区画規模の、大型種ともなると都市レベルの最早移動する領土とでもいうべき巨大さで、王になると更に巨大化して島とか山脈なんかと同程度の大きさにまで達する。
その巨体ゆえに他の生物がどうあがいても太刀打ちできないほど強大だけど、ドラゴンの姿のままでは一瞬で世界中の食物が枯渇してしまうので、食糧問題解決と飢餓による滅亡回避のために本体を術具に閉じ込めて、人間や獣に似せた、世を忍ぶ仮の姿を取っている。
ちなみに王であるドラゴン様の、民草がドラゴン様と崇めるのは厳密には王の種族のみで、それ以外はドラゴンの眷属と区別している、一応崇めているけど。その崇拝するドラゴン様の姿形は多様性に富み、魔竜王と呼ばれるオルム・ドラカの王は蟹のような鋭い甲殻の足と首から増殖するように枝分かれする複数の異なる頭を持つ異形の大蛇で、まだかろうじてドラゴンらしさがあるものの、他の王たちは溶岩と炎が集まった巨大な心臓だったり、空を埋め尽くす大量の舞い散る羽根だったり、天にも届く背丈の巨人だったり、真っ暗な雷雲に包まれた巨大な避雷針だったりと、身体の構造や食事の方法が推測すら不可能なのも存在する。むしろそっちの方が多数派。
以上が目の前の痩せ小娘による解説だ。


「中型から大型のドラゴンはほとんど私たちに食べられちゃったけど、いよいよ食べ物が無くなるって段になってようやく、ちっちゃくなれば解決するって気づいて、今こうしてるってわけなの。ありがたく思えよ、ドラゴンが直々に教えてあげるなんて滅多にないことなんだから」
自称ドラゴン様は深層蛇の杖と名付けられた術具をぶらんぶらんと振りながら、私に荒唐無稽にも程がある話を聞かせてみせた。
「へー、ありがたやありがたや」
「全然信じてない……まったく、この町の教育はどうなってんだか」
などと嘆き半分で自称ドラゴン様は疲れたような顔をしているけれど、いかんせん目の前の痩せ小娘と偉大なるドラゴン様の姿が結びつかないのだ。だって発育の悪い子どもみたいな体型の上に、可愛げはあるものの知性は足りなさそうな顔なのだ。偉大な存在が仮の姿を取るにしても、普通は背が高くて豊満ですごい美貌と威厳の持ち主とかになるはずだ。
こんなちんちくりんの痩せぎすでは説得力に欠けすぎる。
「だって、こんなちんちくりんの痩せぎすの小娘に言われてもさあ」
「……ドラゴンの王の中でも最強といわれた私も、随分と舐められたもんだ。よし、決めた! ドワトマーの娘、今日はちょっと私に付き添え!」
え? なんで?

「もしもし、私、わたしー。あのさあ、今日配達に来たドワトマーの娘、ちょっと一日借りるから。……そうそう、マリネッリ・ボロジーナ、そいつそいつ。……ん? 失礼? 失礼だけど別に怒ってない、私がそんな程度で怒るわけないでしょー。じゃあ、明日には返すから」
痩せ小娘は本棚の上の黒い茸っぽい置物をふたつに分割しながら、まるで誰かと話しているような素振りをして、私に着いてこいと目配せしたのだった。
いや、その置物、なに? 新種の茸じゃないの?


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ハルロ・ガダンの鉄槌の酒場は、一般的なチェーン系居酒屋で老若男女問わず人気の、北部市街地を中心に30軒ほど建てられた格安店だ。人気の秘訣は新米労働者にも優しい価格設定と、なんと日付が変わった瞬間から日付が変わる直前までの無限ループ式の営業時間で、ツワモノともなれば2日目3日目も当たり前の胃袋と肝臓のどちらが先に潰れるかの泥酔レースが開催されるのも日常茶飯事、もとい日常飯肴事。
私たちが到着した頃には、昨晩から飲んでいる駄目な大人たちと夜勤明けの労働者たちですでに賑わい、しかも何故か店の外には混んでるなら他に行けばいいのに長蛇の列が出来ている。
「あ、ドラゴン様! ドラゴン様来たぞ!」
列に並んでいたゴブリンのひとりが痩せ小娘の姿を捉えた途端、狂ったように両手を掲げながら叫び出した。
「ドラゴンさまー! ドラゴンさまー!」
オークやトロールといった他の種族たちもゴブリンの男に続き、歓喜の大合唱が始まる。もしかして本当にドラゴン様なのか、このちんちくりんの痩せぎすの小娘が。
ちらっと横目で多分高確率でドラゴン様に目線を向けると、鼻の穴をわずかに膨らませて、ほら見たことかと言わんばかりのドヤ顔を披露している。

「よし、今日も働くかー」
「え? 働くの? ドラゴン様が何故に?」

おおよそ本当にドラゴン様は、ようやく認めたかと瞳で語りながら髪の毛を後ろでひとつに束ねて、店奥のカウンターに陣取るや否や、次から次へと客の持っているグラスに果実酒や葡萄酒を注いでいく。客たちは満面の笑みでグラスを握って後ろの者へと場所を譲り、おおよそ全員に注ぎ終わった辺りで、店のオーナーであり酒場全体の代表であるハルロ・ガダンその人が酒樽を模したジョッキを頭上へと掲げた。
ちなみにハルロ・ガダンはペンギンによく似た姿をしているので、酒樽を掲げる姿が似合わない。器用に左右のヒレで挟んではいるけれども。
「諸君! 今日は当店にドラゴン様がおいでくださった! それを記念して今から夕方まで酒も料理も全品半額で提供させていただく! 存分に飲めや食えやするがいい! 乾杯!」
ちなみに声は非常に甲高い。偉そうな口調がまた似合ってないものの、こうやって手広く店を繁盛させているのだから、商才と人望は中々どうして大したものっぽい。
最早認めざるを得ないドラゴン様が働いている理由は謎だけど。

「おい、ドワトマーの娘。ぼさーっと突っ立ってないで手伝え、バイト代は弾んでもらうから」

今この場にいるほぼ全員が認めるドラゴン様は、額に汗を浮かべながら空いたグラスやジョッキを回収しては、新しいジョッキに酒を注いで運んでいる。
なんで王であるドラゴン様が働く必要があるのかさっぱりわからないけど、超常の存在にして頂上に君臨するドラゴン様であろうと労働からは逃れられないのか、それとも支配者様の気紛れな遊びなのか。
どちらにせよ不思議でしょうがない。

「ほら、あっちのテーブルに持っていって」
「へーい」

喉元に飴玉でも詰まったような感覚のまま、私は言われるがままに料理を運び、夕方まで忙しく働かされたのだった。


「うぁー、今日も疲れたー!」

夕方まで休みなしで働いたのが堪えたのか、完全に王と確定したドラゴン様は腰をとんとんと叩いたり、両手を握り合わせてぐーっと真上に伸ばしたりながら、ハルロ・ガダンの鉄槌の酒場の大人気メニューであるワニの特大ステーキを頬張っている。
向かいの席では店長とハルロ・ガダンが、茶封筒にバイト代としては多くも少なくもない適正な枚数の紙幣を詰め込み、ドラゴン様の前にそっと突き出す。どうやら給料も貰っているようで、ドラゴン様も飲み食いするには金が掛かるらしい。
「ドラゴン様も大変なんですね」
「そうだよー、生きるためには働くなり狩りをするなりしないといけないんだから。ドラゴンの最大の敵は飢えだからね」
「違うぞ、マリネッリ君。このオルム・ドラカは、いや、この世界の全てはドラゴン様のもの、食糧も資材も我々民の命も、本来はドラゴン様がいつでも自由に出来るものなのだ」
いつの間にか私たちのテーブルの真横に、久しぶりに顔を見る口髭の教師が立っていた。しばらく見ない内に顎の中心にも、細長い髭が三角錐のような生え方をしている。
「ドラゴン様はお優しい御方、我ら無垢の民と同じように働き、同じ物を食べ、同じ喜びを分かち合ってくださっているのだ」
「いや、全然そういうことじゃないけど」
ドラゴン様が何枚目かのステーキを飲み込みながら真顔で訂正した。照れとかではなく、本当にそういうことではないらしい。

だったらなんで働いてるんだ、って話だ。

「別にタダで貰えるものは貰ってもいいんだけど、そういうことをしてると不満が湧くでしょ。うわーあの王様むかつくわーって疎まれるよりは、かわいいかわいいって懐いてくれた方が気分が良いってだけの話」

思ったより俗な理由だった。
ドラゴンは意外にも働き者で俗っぽい、あと世を忍ぶ仮の姿でもよく食べる。積み重ねられた皿は、そろそろ両手の指では足らなくなりそうだ。


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その夜、オルム・ドラカを巨大な竜が覆い尽くした。
オルム・ドラカの町をぐるりと囲む城壁、その外に突如として現れた6本の雲をも貫く高く高くそびえる柱、それらが支えるのは巨大なんて言葉では言い表せない紫色の鱗に覆われた大蛇。大蛇の首からは樹木のように首がふたつに枝分かれして、それぞれがガチガチの装甲のような甲羅に覆われた蛇の頭、3対のらんらんと輝く瞳を並べた蛇の頭で、さらにそれぞれからまた別種の大蛇が増殖するように首を伸ばし、幾つかの首は巨大な翼を縄張りのように拡げている。
邪悪と畏怖を煮詰めたような姿の竜、それこそがオルム・ドラカの民が崇拝するドラゴン様の真の姿。

「どうだ、ドワトマーの娘! これが私の真の姿……まあ、ちんちくりんの痩せぎすって言われたら返す言葉もないけどね」
「いつまでも根に持たないでくださいよ、ドラゴン様とあろう御方が」
「んー? ようやく私がドラゴン様だって認めた?」
ドラゴン様は図体こそでかいなんて規模じゃないけど、器は酒を注ぐグラスよりも小さいのかもしれない。いや、私みたいな無礼者を食べたり八つ裂きにしたりしない辺り、器は海よりも大きいのかもしれない。
「じゃあ、今度から弁当を運ぶ時は、今日のお食事でございますドラゴン様、って言ってもらおうかなー」
前言撤回、器は小さい。
何千年生きてるかわからないけど、頭の中身はきっと子どものままに違いない。

だけれども、こんな圧倒的な姿を見せつけられては、しかも蛇の頭のひとつに乗せられて遥か高みから下界を見下ろさせられては、この性格の少しひん曲がった生き物をドラゴン様だと認めざるを得ないのだ。頭ではなく、ひとりのドワトマー、ひとつのちっぽけな生き物としての本能が。

「でもさあ、この姿って燃費が悪くて、食べても食べても満たされないんだよねー。不便な生き物だよ、ドラゴンなんて」
「あー、無駄にでかいですもんね」
「無駄にって言うな!」
ドラゴン様の体躯は正直言って不必要にでかい。他の生物や食糧や、もっというと大陸、この世界に対して巨大すぎる。中型種くらいでも十分に生態系の頂点に君臨できるサイズなのに、それよりも巨大な大型種と比べてもでかすぎるのだ。
このままの姿で飢えないように食らっていけば、こんな世界、あっという間に禿山みたいにされてしまう。自らをヒトの姿にしてしまうのも納得だ。

「あいつらもきっと今頃苦労してるんだろうなー」

あいつらとはきっと、他のドラゴン種族の生き残りたちのことだ。
こんな巨大生物が何体もいてたまるか、って思わなくもないけど、きっとこの世界のどこかで似たような生活をしているのだ。酒場や飯屋でアルバイトをしているかはわからないけど。




「ドラゴン様、飯っすよ」
「えー、お食事でございますじゃないのかよー」
「これから衛兵の皆さんにも届けにいくので忙しいんですよ。冗談言ってないで、空になった弁当箱、さっさと返してください」


私たちの町にはドラゴンがいる。
そのドラゴンは鶏小屋みたいな六畳間で暮らしていて、弁当代を払うために今日もどこかで働いている。


(また別の竜の話へ)


ドラゴンのお話です。
このドラゴン様は「潜れ!!モグリール治療院」という冒険者と珍しい職業を書いた小説に出てくるドラゴンなわけですが、このドラゴンを毎度毎度どう出そうかって悩みどころで、正直強大で荒唐無稽すぎるせいで、うまい具合の出し方がわからないまま現在まで筆が止まってたのですが、どうにか形として出すことが出来ました。モグリールの方の筆が進むかどうかはわかんないですけど。

デッポコちゃんがんばった! えらい!

一応、私の書いてるファンタジー物の設定(狼の腹を撫でるや怪奇含めて)では、人間の世界があって、そのずっと上に超常の存在というものがいて、まあ一部作品でちらほら出してるのですが、ドラゴンも超常の存在のひとつです。
ドラゴンがなんで人間の世界に来てるのかは、そのうち書くかもしれないのでここでは書きませんが、ちょっとだけ語るならば小さい箱庭みたいな世界が好きだからです。
人間がモルモットのふれあいコーナーが好きで好きでたまらないのと同じような理由です