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三つ首輪の犬と戦斧 #2~00791009~

過去を振り返ると碌なことがない。

というのは、我らが部隊の優秀な狙撃兵で第2分隊の隊長、ハンス・グレイロック中尉の口癖だ。
彼も含めて、私が現在所属するケルベロス隊にはいわゆる脛に傷のある奴が多い。私は幼い頃に孤児になって、マフィアの家系に拾われて、その流れに身を任せて重犯罪者、もちろん脛にはでっかい傷がある。ハンス中尉はヘルハウンド空挺部隊の隊長を務めたけど、口は悪いけど面倒見がいい副隊長の軍曹が、どういうわけか彼らしからぬ妙な事故を起こして新兵8人が死亡。それまで順調に歩んできた輝かしい経歴に大きな傷を残した。
「昔のことは忘れることにしたんだ」
本人はそう語るけど、喉に魚の小骨が詰まったような、そんな違和感と不信感は拭えていないのか、たまに小難しい顔をしながら遠くを見つめている。
「中尉、まーた小難しい顔して、うんこでも我慢してんの?」
普通の軍隊では軍曹風情がこんな舐めた口を利いたら、有無を言わさず銃殺刑だ。でも、この部隊は隊長のダリア・ブラッドレー少佐の流儀で、軽口も悪辣な言い回しも、仕事の邪魔にさえならなければなんでも有り。育ちと行儀の悪い猟犬たちに人間の規則を押し付けてどうする、ということらしい。
誰が犬っころだ、この部隊随一の猟犬、ジーナ・マスティフに噛みつかれたいのか。

「あっち見てみろ、妙なモビルスーツが戦ってる」
「へー、どれどれー……って、なにあれ?」
中尉の指差した方向に望遠鏡を向けて、レンズを覗き込むと、砂漠のど真ん中に築かれた補給基地の前で、荒涼とした砂漠に似つかわしくない白と青を基調としたカラーリングの人型機動兵器が、ジオンのザクとグフの混成部隊を相手に短いビームダガーを振り回しながら、次々に斬って捨てている。
初めて見る機体だ。もしかして、あれが噂のガンダムというやつなのか?
性能は明らかに、あの戦場の中で一番高い。特に運動性に関してはレベルが1段も2段も違う。私のザクも大型の推進器を増設した、速さと移動力に特化させたスピード自慢だけど、直線的な動きならまだしも、身のこなしとでもいうべき細かい動きに関しては、ちょっと追いつけそうにない。
おそらく、あと数分もすれば相手を駆逐してしまうだろう。
「連邦、モビルスーツ開発では後手後手に回ってたのに、性能は上を出してくるよね」
「物資が桁違いだからな。こっちは所詮貧乏所帯だ、軽い財布で必死にやりくりしてるが、向こうはでっかい金庫を抱えてる。数ヶ月前まで局地的には負けても大局では勝ってたのが、今は五分五分にまで持ち込まれてる。あれと戦ってるのは、どこかの戦場で敗走したはぐれ部隊だな、兵站の流れが繋がってない」
確かに連邦の補給基地を攻めているのに、この辺りにジオンの拠点となる基地は無い。かといって代わりとなる戦艦や陸戦艇も見当たらない。
でも、ここでその補給基地が支援に駆けつけたら、天秤は大きく傾く可能性もある。

「中尉、私たちが乗り込んだから、そのはぐれ部隊も助けられて新型も叩き潰せて、一石二鳥ってやつじゃない?」
「いや、奴の相手はあっちに任せよう」
「あっち?」
他に部隊がいるとでもいうのだろうか。もしもいたとして、だったらなんで今すぐ加勢に行かないのか。
「俺たちと同じように見張ってる猟犬共がいる。あのやり方には覚えがある、ウルフ・ガーの連中だな」
「あ、ほんとだ。見慣れない機体とザクが数機、基地を挟んで反対側に潜んでる」


ウルフ・ガー隊。
特殊な経歴の持ち主を集めた小隊で、その経歴というのは私たちと似たような、簡潔にいえば元犯罪者。
隊長はクーデター未遂事件の嫌疑を掛けられた政治犯、副隊長はその友人で同じく嫌疑を掛けられた空挺部隊の元教官。他にも殺人犯に強盗犯、中には経歴は真っ白だけどわざわざ志願した変わり者もいるとか。


「詳しいね、お友達でもいるの?」
「元部下がいる、空挺部隊の時のな」
なるほど、それで動き方や戦い方に心当たりがあるのか。狙撃手だけあっていい眼をしてる、顔と名前をあんまり覚えられない私とは大違いだ。
「隊長のヘンリーは一言でいうと仕事人だな。何度か一緒に酒を飲んだことがあるが、頭の切れる男で、酒が入っても冷静さを保てる奴だが、腹の底に一物抱え込んだような危なっかしさもあった。あと、すっげえ老け顔だ、顔に苦労が滲み出てる。副長のマーチンは粗暴な野郎だったが、部下思いで仕事も出来る、でも馬鹿野郎だ。くだらない喧嘩で左目を潰しちまうような、頭に血が上ると一線超えちまうような馬鹿だから、落ち着いた誰かが手綱を握ってやらないといけない。そういう意味では、ヘンリーと組ませるのは悪くない判断だな」
中尉が毒っ気混じりの饒舌で教えてくれる。マーチンという男とは過去に因縁ありといった感じだけど、そこは深く聞かない方がいいような気もするし、そもそもそこまで興味はない。話せば聞くけど、話したくなければ知らないでもいい、それくらい。
「で、腕の方は?」
「見てのお楽しみ、ってところだな」
「じゃあ私たちは狼のお手並み拝見といこうか。総員、戦闘準備をしながら待機!」
いつの間にか甲板に上がってきていた隊長が、通信機に向かって吠える。
私たちの現在の任務は中央アジアを東から西へと移動する敵部隊の撃破、基地を落とせとは命じられていない。もちろん落としたところで手柄が増えるだけなので、別に落としても構わないけど、他の隊の獲物を横取りするような無粋な真似もしない。
猟犬には猟犬の流儀がある、狼には狼の流儀があるように。


結局その日は、ウルフ・ガー隊は小規模な戦闘を繰り広げたものの、敵の性能を見定めるように深追いはせずに撤退。後退中に連邦側の支援砲撃に巻き込まれた死者が出たのは、予想外の事故だったのだろう。

「奴らの行動を先読みするとしたら、動くとしたら夜、それも嫌らしいタイミングで仕掛けるだろうな」



ハンス中尉の読みは当たった。
ウルフ・ガー隊は友軍の基地攻撃部隊に乗じて、夜も更けた時間に再度攻撃を仕掛けた。連邦側は例の新型と基地との間でなにやらひと悶着でもあったのか、新型がウルフ・ガーを、少数の支援モビルスーツがその他の部隊を迎撃するという、ロンドンとパリを向いてるような斜視のようなちぐはぐな体勢だ。
「あー、駄目だな。あれだと基地は落ちるな」
「じゃあ私たちの出番は無しってこと?」
「だな。俺としてはウルフ・ガーとはあまり関わりたくない」
過去は振り返らない主義って言ってなかったっけ?
「基地攻略はあいつらに任せて、俺たちは駆けつける部隊を食っちまおうか」
こんな砂漠のど真ん中に、わざわざ駆けつける部隊がいるとも思えないけど、こんな砂漠のど真ん中で偶然とはいえ遭遇したよしみだ。それくらいの仕事はしてやろうというのが、ハンス中尉の流儀なのかもしれない。
過去は振り返らないけど、その過去は決して嫌なだけ、というわけではない。良い時代もあれば悪い事件もある、そんな清濁混じり合ったのが過去というものだから。

「来た! 8時方向、陸戦艇1、モビルスーツが3、戦車が8!」
「総員、攻撃開始! 餌にはちょっと食い足りないが、思う存分暴れてこい!」
連邦の部隊は基地への物資を届ける補給部隊。それなりの護衛を伴なってるけど、戦闘に特化したケルベロス隊の敵ではない。先手を打つように強襲して、物資を丸々頂いてやった。

これが功を奏したのか、援軍が駆けつけないと判断した連邦は基地を放棄。お偉いさん方は輸送機で逃げ出して、指揮を失った基地はあっさりと壊滅。残された新型は孤軍奮闘、たったひとりで砂漠の中で戦い抜き、はぐれ狼たちを道連れに力尽きた。
そう、双方相討ち、文字通り力尽きたのだ。
狼は新型の撃破という仕事を、新型は狼の撃退という仕事を、各々の出来る範囲で成し遂げたのだ。
基地は基地で、後ろ足で砂をかけるように放棄の直前に弾薬庫や食糧庫を爆破、砂漠のど真ん中の、何の価値もないスクラップの山へと変えていた。これはこれで奴らも仕事をした、といえるのかもしれない。
基地攻略隊の生き残りは、遠くの空を飛ぶ輸送機を捉えて撤退を開始、蟻の子を散らすように砂嵐の中へと消えていった。


そして一部始終を見届けた私たちはというと……


「負傷者の回収急げ! 手が空いてる奴は治療に回ってくれ!」
ケルベロス隊分隊旗艦、陸戦艇ギャロップの前で副官オルト・ハーネス少尉が絶え間なく指示を飛ばす。
ギャロップは大型のカーゴを連結させた特殊な陸戦艇で、カーゴの中は鹵獲したモビルスーツの格納庫にもなっているし、同時に負傷兵を治療する簡易的な野戦病院も兼ねている。
そこにウルフ・ガー隊や基地攻略隊の負傷者を次々と運び込み、応急処置や弾丸や破片の摘出手術を行っているのだ。
言い出したのはハンス中尉、過去に詳しくはわからないけど面白くない諍いがあったとしても、一度は同じ釜の飯を食べて同じテーブルで酒を酌み交わした旧知の仲、喉に刺さった小骨を無理矢理飲み込んででも彼らを見捨てなかったのだ。

「私は大丈夫だ! 先に隊長を……痛っ!」
「あっちはもう中尉が診てるよ、あんたは自分の怪我の心配してな」
ウルフ・ガー隊の生き残り、赤毛で気の強い美人な女兵士を治療しながら、中尉の背中に視線を向ける。私の育ちのせいなのか、もしかすると動けないところに鉛玉をぶち込む、なんて展開も万が一にあるのかも、と無駄な心配が頭の片隅をよぎる。
でも中尉は私と違って、ちゃんとした道を歩んできた人だ。同じ猟犬になった今でも、そこら辺の分別は持ち合わせている。
決して鉛玉をぶち込んだりはしないのだ。

「久しぶりに会ったと思ったら、ひでえ顔だな、お前ら」

中尉の笑い声が呻き声の中に木霊する。
彼らは負傷の度合いにもよるけど、このまま砂漠を西へと進み、ジオン占領下の町で本格的な病院に放り込む予定だ。その後、また狼として戦場に戻るのか、それとも辺鄙な町でハウスドッグにでもなるのか、それはどっちでもいいわけだけど、どうやら峠は越えたらしい。


過去を振り返ると碌なことがない。でもたまには悪くないことも起きるものだ。


(続く、ただし気が向けば)


ガンダムです。ガンダムの二次創作です。
Gジェネレーションジェネシスのプレイ記を小説風にしたものです。
今回はCROSS DIMENSION 0079、ウルフ・ガー隊の顛末を外から視点で書きました。ゲーム本編ではサキちゃん以外全滅するウルフ・ガー隊ですが、原作はマルチエンディングで勝利するパターンもあるので、今回は引き分け&生存という形にしました。
だって彼ら、仲間として雇えますからね。
その辺のシステム的な矛盾を解釈次第で乗り越えられるのも、二次創作の良いとこですね! 四流以下の喜劇にした感じがありますけども!

あとガンダムタイプと初遭遇回でしたね。さらっとした描写で済ませましたけど。


<縛り内容>
・ザク縛り
ザク系以外の使用禁止、ただし開発や捕獲は可
・主人公(ジーナ)とハンスは乗り換え禁止
ジーナはザクⅡ(ドズル・ザビ専用機)ハンスはザクⅠ・スナイパータイプから乗り換え不可。
・戦艦はミニトレーとジオン系戦艦のみ
空中スタートなマップは裏でこそっと進めます
・基本は時系列に沿って進める

キャラ設定その3
ハンス・グレイロック
35歳、階級は中尉。
元ヘルハウンド空挺部隊の隊長。(※ヘルハウンドはウルフ・ガー隊のマーチン・ハガー曹長が教官を務めた部隊)
とある事故というか事件で新兵が8人亡くなり、他の欠員者が出た隊と併せた複合部隊で、ザクのカスタマイズ試験も兼ねた実戦投入を命じられていた。が、即席の複合部隊がゆえの連携の取れなさが原因で、連邦の哨戒部隊に対処できず後退。仲間たちと逸れたところをジーナに遭遇し、一緒にケルベロス隊に拾われる。
ちなみにヘルハウンドの新米死亡事故は、マーチンがヘンリーと同じ部隊に選ばれるためのマッチポンプだと解釈していて、ハンスもそう疑っていたりします。
乗機はザクⅠ・スナイパータイプ、本人の資質は狙撃型。

機体設定その2
ザクⅠ・スナイパータイプ
試験段階の狙撃銃タイプのビームライフルを装備したザクⅠのカスタム機。
ジーナ視点で書き進めるために近接戦特化型にしたので、ハンス機は狙撃、じゃあ元からあるザクⅠ・スナイパータイプでいいじゃんってことで、初期から比較的簡単に開発できるしで即決定。
射程は短く、性能は低く、なんていうか使うには結構愛の必要な機体。
最後まで頑張って使うのだ。


現在の進捗状況

順調! でも今後、宇宙マップとかどうしよう!(基本ギリギリまで地上にいる予定)