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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第3話・少女と騎士とモフモフ~」

いつの時代でも娯楽の中には暴力が存在する。
昔であれば魔女狩りだったり処刑だったり、少し昔であれば原生物や原住民相手のスポーツハンティングだったりして、現代であれば承諾した人間同士が殴り合う闘技場だったりする。
文明や技術のレベルが発展するほど、世の中は社会倫理を重んじる傾向にあるので、社会倫理をクリアできたものが闘技場くらいだった、ともいえるけど。

町の中央広場の隣にあるアーレンタルス闘技場は、自由都市ノルシュトロムの設立当初から存在する最も古い建築物のひとつであり、来訪者相手の観光資源である傍ら、現役の娯楽場としても今なお第一線の働きをする場所だ。
円形のクラシカルな造りは360度どの方向からも観戦可能で、中央で競り上がった金網に囲まれたリングでは、最前列の観客と同じ目線で戦いを繰り広げる。

いつの時代でも人間という生き物は血生臭い行為が好きなのか、客席は今日も8割ほど埋まり、売り子が売り歩く酒を飲み、屋台のモツ煮を食べ、財布の中身を盛大に賭けて勝負に挑む。
まったく昼間から賭け事なんて贅沢者だ、あるいは余程の暇人か、と人は言うけれど、みんな真剣な勝負師の目をしている。

そう、ここに遊びに来ているものは一人としていない。

かくいう私、ウルフリード・ブランシェットもそうだ。
自由都市ノルシュトロムに引っ越してきて1週間ほどになるが、今のところ仕事らしい仕事はしてないし、まとまったお金が入ってくる予定もない。
しかし予定は未定である。逆をいえば、予定が未定でその予定がないということは、これは確定と言えるのではないか。

即ちそういうことだ。
つまり、ここで大金を稼いでおきなさい、と告げているのだ。
誰が? 知らないけど、多分神とかそういうのが?

私は入場時に配られた試合の資料に視線を落とす。
そこには出場者のプロフィールと戦績、残酷な賭けの倍率が大きく記されている。

『レイル・ド・ロウン。聖堂騎士団序列4位。26歳、182センチ、76キロ。14勝2敗。倍率1.1』
騎士団は王都から派遣された治安維持全般を担う武装組織だ。その中でも冠に名前の付く騎士団は、騎士団本隊に分類され、町の治安維持に当たる警察隊や保安隊とは別種の、都市防衛や山賊の掃討などの本格的な大規模戦闘にも対応できる凄腕の実力者が揃っている。冠のある騎士団の4番目、弱いわけがない。

『イワーシュ・モレション。通称“フリーサンドバッカー”、35歳、177センチ、58キロ。0勝28敗。倍率396』
一方、自由な練習道具なんて不名誉極まりない異名を与えられた、連敗街道まっしぐらの中年痩せ男。戦績からして強いとは思えないし、特に20キロ近い体重差を覆すには相当な技術と運が必要になる。相手に勝っている部分があるとすれば、試合回数くらいだけど、戦績からして期待できそうにない。

なぜにここまで実力差のある組み合わせが成立してしまったのか不明だけど、ごく稀にそういうことも起こるらしい。
例えば対戦相手が急病や急用で来れなくなり、急遽都合出来た者が試合も組んでもらえないような噛ませ犬だったとか。
おそらく今回もそういうことだろう。

ほとんどの客は賭けの成立しない勝負を欠伸や雑談をしながら見送り、私は冗談半分で倍率396倍に100ハンパート、珈琲代くらいの金額を賭けた。
だって、もう片方は賭けても仕方ないような倍率だから。

リングに上がる両者を見比べると、実力差がさらに明確になる。
片方は引き締まった筋肉質の体に自信に満ちた顔つき、もう片方は下っ腹が少し膨れてて手足は細く、何度も殴られ続けた顔は悲壮感に満ちている。
始まる前から勝負あり、そんな空気が漂っている。

しかし勝負というものは最後までわからない。
追い立てられた猫は獅子になる、ということわざの通り、強者が必ず勝つと決まっているわけではない。大番狂わせは起きるものなのだ。まあ、ごく稀になんだけど。


――大番狂わせは起きた。


開始10秒、白目を剥いて昏倒している青年騎士に馬乗りになって、中年痩せ男が拳を振り下ろしている。
すぐに審判が止めに入り、会場のざわめきと罵声が収まらない中で試合は終わりを告げた。

まさかの大番狂わせ、奇跡の大物食いは、冗談半分で小銭を賭けた野次馬たちの腹を満たし、私の手の中にも396倍に増えたハンパート硬貨がじゃらじゃらと舞い込んできた。
「あ、めちゃくちゃ儲かった」
私は財布の中の珈琲代を下宿の家賃を含めた1ヶ月分の生活費ほどに膨らませて、今夜は焼肉だなんて思いながら帰路に就いたのだった。


――――――――


翌朝、契約先のアングルヘリング自警団事務所のソファーに、瞼と頬をぷっくりと腫らせた男が座っている。
少し離れた位置にあるカウンターでは、受付のじいさんが優雅に高い位置から、器用にこぼれないように紅茶を注いでいる。
そういえば、私まだ受付のじいさんの名前、教えてもらってないな。
などと不義理なことを思い出していると、
「はい、狩狼官のお嬢ちゃん。ついでに淹れておいたよ」
じいさんはそんなことは気にも留めず、紅茶の入ったマグカップをすっと指で寄せてくる。

実に紳士な振る舞いだけど、じいさんはよく考えたら毎回私のことを狩狼官のお嬢ちゃんって呼んでるから、この人はこの人で結構不義理な生き物なのかもしれない。私が言えることじゃないけど。

そうそう、私の職業は狩狼官だ。なんで狼も絶滅寸前な現代で、代わりに悪党を捕まえるような仕事をしてるかと問われたら、実家のブランシェット家は先祖代々狩狼官の家系で、おまけに子々孫々と呪われていて、母が狩狼道具を持ち出したまま行方をくらませたせいで、16の若さにして家業を継がないといけなくなったから、としか答えようがない。
答えてて悲しくなるような境遇だ。

「で、じいさん、あの人、誰?」
「おや、知らないのかい? 聖堂騎士団のレイル・ド・ロウン殿だよ」
レイル・ド・ロウン? どこかで聞いたような……?

私は頭の中の靄がかかったような記憶を探り、そういえば昨日の闘技場でそんな名前の人がいたような、というところまで記憶を掘り起こして、
「あー、すごい倍率なのに負けた人」
珈琲代が家賃になったことへの感謝を込めて、両方の手の平を合わせて拝むようなポーズを取る。
「悪かったな、すごい倍率なのに負けて……って、何やってんだ?」
「おかげで珈琲代が今月の生活費になったから」

負けた騎士は怒りのあまり、反射的に立ち上がり、しかし目の前の年端もいかない、しかも頭ひとつ以上小柄な女に八つ当たりなんて出来ないのか、誰もいない方向に向かって獣のような声を吐き出す。
「お嬢ちゃん、駄目だよ、そんな挑発するようなことを言ったら。ちなみに私は昼食代が立派な書棚に変わりました」
じいさんも感謝の意味を込めて手の平を擦り合わせて、深々と頭を下げる。
もしかして普段から民業圧迫を受ける自警団事務所的に、腹の中にひとつやふたつ恨み言でも詰まってるのかもしれない。

「馬鹿野郎! てめえのせいで大損こいたじゃねえか、この負け犬野郎!」
これは所長でギャンブル狂いのフィッシャー・ヘリングの暴言。
彼は昨日の倍率を見て、確実に勝てると踏んで所持金全額、10万ハンパートを突っ込み、見事に爆死してしまった。ただでさえ借金漬けなのに、返すあてが無くなったものだから、昨日からずっとカウンターの中に隠れている。
ちなみにカウンターの中には、大家に無断で勝手に開通させた地下道があるが、そんな労力をかける余裕があるなら、もっと働いて真っ当に金を返せ。

「あ、先週貸した珈琲と魚フライ定食代、まだ返してもらってない」
「それも昨日返すつもりだったんだよ!」
そう言い残して、所長は地下道へと潜り込む。
ちょうど潜り終えたタイミングで、窓の向こうから借金取りが走ってきて覗き込んでくる。どうやら借金の年月に応じて、勘が鋭くなるらしい。絶対いらない能力だけど。

「なあ、そろそろ本題に入っていいか?」
「本題?」

かくしてレイル・ド・ロウンは語りだした。


その騎士はかつて正義感の強い、悪を許さぬ少年だった。少年は幼い頃から騎士団に入ることを夢見て、格闘技を習いながら勉学にも励み、警察隊の育成課程を経て晴れて就職を果たし、町を汚す凶悪犯を逮捕したことで騎士団本隊への異動を果たした。
そして騎士団本隊の中でも有数の実力派部隊、聖堂騎士団に加わり、めきめきと頭角を現し、広報の意味合いも兼ねて闘技場での試合に参加するようになった。

「そして14勝2敗という、かなり輝かしい戦績を築き上げたんだ」

私はいったい何を聞かされてるんだろう? 自慢か? 自慢なのか?
どうだ、俺すごいだろう、とでも言いたいのだろうか?
でもこいつ、昨日まさかの大敗北をやらかしてるんだけど。

「しかし昨日だ。俺が会場に到着すると、本来の相手である重装歩兵隊の男は負傷のため欠場、急遽あの男と闘うことになった」
そして歴史的な大惨敗を晒してしまった。

彼が言うには、拳を打ち込んだ感触は人間ではなく分厚いゴムの塊、その直後にブロックする腕越しに受けた衝撃は建築用のハンマーに等しく、交通事故のように吹き飛ばされて意識は遠のき、プレス機のような威力の拳が降ってきた。
間違いなくドーピングだ。
しかし相手の血液からも尿からもドーピングの証拠は見つからず、騎士団からその強さの秘密を探るよう命じられたのだと。

それが出来なければ騎士団を解雇されてしまうのだと。


なるほど、解雇はさておき秘密を探るのは道理だ。
町の治安を守る治安維持組織としては、証拠も残らないドーピング薬など存在を許せるものではない。もしかすると自分たちで使うかも、という可能性は頭の隅に放り投げて追いやっておく。

「それで、レイル・ド・ロウン殿。なぜ、うちに?」
じいさんが空になったマグカップに紅茶のおかわりを注ぐ。
「ここの所長は経営難で借金漬けだから、金さえ払えば大抵のことは手伝ってくれる、と団長から聞いている。そして依頼料は個人的に貸した返済額の利子から補填すれば、実質ただみたいなものだ、とも」

まったく見下げ果てた男だ。
もちろんこれは所長である、おじさんの借金漬けに利子を添えて、もといフィッシャー・ヘリングのこと。

「そういうわけで、非常に心苦しいが奴の身辺を探って欲しい。どこかに証拠があるはずだ」
「あのさあ、うちは探偵事務所じゃないし、ついでにいうと私は契約してるだけの狩狼官だよ」
そう言い放ちながら、私は私で出かける支度を始める。

なぜかって? そのドーピング薬にひとつ心当たりがあるからだよ。


私や騎士のように、いわゆる普通以上に戦える人は何種類かタイプが別れる。
自分のエネルギーを内部で使って、純粋に身体能力へと変換する騎士。
レイル・ド・ロウンや多くの騎士はこれに当てはまる。
単純に力が強く、動きが速く、打たれ強さが高まれば、それだけで必殺の武器になるからだ。

自分のエネルギーを外部に流して、機械を動かす燃料へと変換する機械使い。
私や母や祖母はこれに当てはまる。
応用すれば他人の体力回復も出来るそうだけど、私はまだその域に達していない。

あとは自分のエネルギーを餌に、知恵のある悪魔や自然に宿る精霊から力を借りる魔道士とか。

これらには先天的な向き不向きがあり、どれだけ努力しても持って生まれた効率は変えられない。
身体強化、燃料変換、力の借用をそれぞれ比率にすると、騎士は10:2:1、機械使いは2:10:3、魔道士は1:3:10くらいになる。
もちろんこれに限らない、全体的にバランスのいい者もいれば、これといった才能がない場合もある。

同じように鍛えても騎士と私では、体の強化に上乗せできるエネルギー効率に5倍の差がある。
その差を埋めてしまおうと私の先祖、数代前のブランシェット家当主が開発し、例によって母が持ち出したのが、獣人化薬【ゾアントロピー】だ。

1度体内に取り込めば数分、騎士と同様の強化を施す合成薬。強化するエネルギーは使用後の自分から借りるので、薬物反応が出ることもない。
ただし尋常じゃなく披露してしまうので、余程の強敵でもない限りは使用することもないし、おいそれと多用出来るものでもない。

フリーサンドバッカーと称されるほどに弱いイワーシュ・モレションが、どこかから手に入れて使った可能性は無くもない。
もちろん新手のドーピング薬の可能性も十分にあるけど、ゾアントロピーだとしたら当然回収しなければならないし、性質上かなり見つけにくいと思ってたので実に幸運だといえる。

「さあ、今日も尻拭い頑張るぞ!」
「尻? なんの話だ?」
騎士というやつは脳みそまで筋肉で出来てるからか、一般常識というかデリカシーに欠けるようだ。
若い女子に向かって尻とか言うんじゃない。


――――――――


イワーシュ・モレションの住んでいるボロ家は、他人様の家をボロ家だなんて形容しては失礼かもしれないが、その家はボロ家としか形容できない形をしていた。
地面に直に刺した柱が4本、その上に限りなく薄いブリキの板が1枚、以上だ。正確には郵便受けと思われる木製の箱が柱にぶら下がっているし、板の下には藁と干し草が敷き詰められている。それと茶碗とフォークが1組。それに折り畳まれた服が数組。あとは拾ってきたガラクタや湿気た新聞など。おおむね以上である。それ以上もなければ、これ以下もありえない。そんなギリギリ建物の範疇に指先の尖端の爪のかすかな割れ目から飛び出したささくれで引っ掛かっている類のものだ。

貧民街でもこれよりかはまともな場所に住んでいるぞ、なんて注意されそうな、かろうじて雨は防げても風は無理そうな建築物に彼、イワーシュ・モレションはいた。

「おや、見覚えのないお嬢さんだけど、なにか用かい? 今ちょっと引っ越しで忙しいんだよ」
そう言いながら、彼は服をまとめて紐で括り、その中に器用に茶碗とフォークを詰め込み、ひょいっと荷物を肩に掛けながら、すっと立ち上がる。
昨日の疲れが残っているのか、足元はふらふらで、生まれたての小鹿のようにプルプルと痙攣している。

「歩きながらでもいいかい?」
「いいですけど、引っ越し? どちらに?」
昨日も思ったことだけど、イワーシュ・モレションとは悲壮感の漂う男だ。1勝28敗、28連敗を繰り返してきたその顔は、殴られすぎて全体的に残念な感じに仕上がっているし、貧乏風に吹かれるというよりも貧乏風送風機のような陰鬱な気配を全身にまとっている。

しかし、そんな男にも幸運の女神は微笑むのだ。

「昨日、自分に全財産を賭けたから大勝ちしちゃってね」
彼は全財産を賭けた。
彼は全身の臓器と血液を担保にして借金をした。
彼は目玉が飛び出て、地平線の彼方にまで消えてしまうほどの大金を手に入れて、借金を即座に返し、新しい家を一等地に購入し、さらに調子に乗って弾けもしないピアノと、飼ったこともない犬まで注文した。
さらには妻とも復縁し、今日から妻と娘と犬、3人と1匹で暮らすらしい。

戦績は見るも無残だが、行動力と決断力は怪物級だ。

「ところで、昨日の試合見てたんですけど、普通だとありえない勝ち方でしたね」
少し探りを入れてみる。
レイル・ド・ロウンはドーピングだと疑い、私もそう予想しているけれど、大量の賭け金が動いていたのなら、もっと単純な話かもしれない。拳の中に鉛の塊を握り込み、服の下に防具を着込んでいて、金を握らされた審判がわざと見逃した、なんて可能性も出てくる。
反応をしっかりと観察して、ゾアントロピーかどうかを見極めないといけない。

「はははっ、恥ずかしながらね、そう思われても仕方ないね。まあ、実力なのか奇跡なのか、そんなのはどうでもいいんじゃないかな。俺が勝ち、彼は負けた。それが事実だよ」
殴られ過ぎると問いかけにも耐性が出来るのか、どうとでも取れる反応を見せながら、貧相な顔で静かに笑い、歩いて数分の場所にある大豪邸を手で指し示す。
「あ、これが引っ越し先ね。行く行くは1階部分をレストランにでもしようかなって思ってるんだよ」
「ちなみに料理経験は?」
「ないけど、まあ金なら腐るほどあるから」

人生で1回くらい言ってみたいな、金なら腐るほどあるから、って……。



「というわけで、ここがイワーシュ・モレションの新居だよ」
合流したレイル・ド・ロウン(ちなみに1LDKのアパート住まい)は、私(学生向け低価格ワンルーム下宿住まい)に案内されて、例の豪邸の前に来ている。
「これが卑怯な手段で手に入れた幸せか」
レイル・ド・ロウンは苦虫を潰したような顔で豪邸を見上げている。気持ちはわからなくもないけど、こんな豪邸の前でそんな顔をすると、正義感とは別のようなものに見えてしまう。
むしろ嫉妬とか怒りとかが、朝の陽射しくらい強く刺さってくる。

「それじゃ、私は裏から忍び込んでくるから、あなたはイワーシュ・モレションを足止めしてて」
「おう、任せろ」

作戦はこうだ。
彼がイワーシュ・モレションを呼び出し、先日の試合のことを問い詰める。その間に私が家の中に忍び込み、彼の部屋からゾアントロピーを盗み出す。以上だ。

庭に忍び込むと、そこには1匹のタヌキがいて、ふんすふんすと鼻を鳴らしながら体を寄せつけてくる。
体は小さく、顔にはドーナツを一部分食べちゃったような具合の黒い模様があり、全体的に丸々してて質感はモフモフ、動き方は不思議とポンポコポンという他にない。

これは間違いなく犬ではなく、タヌキだ。

そしてかわいさという点では犬でもタヌキでも間違いない。

私はタヌキを撫でまわし、一緒に庭を走り回り、持ち上げたり抱きしめたりして、その感触を存分に堪能する。
玄関の方から怒鳴り合いと殴り合いの音が聞こえるけれど、そんなことは今はどうでもいい。モフモフ、モフモフこそが重要なのだ。

それにしても動物、特にモフモフのお腹は素晴らしい。このまま夜までモフモフしていたい。
モフモフはどこまでもモフモフで、柔らかさも温かさもすべてモフモフの中にあり、日々のストレスや悩みも、聞こえてくる雑音もすべてモフモフの中に吸い込まれていく。


モフモフ……素晴らしきかな、モフモフ……


私がモフモフを堪能しきって毛のカーペットから顔を上げると、表では死闘でも繰り広げていたのか、レイル・ド・ロウンがあちこちから出血しながらも鬨の声を上げて、イワーシュ・モレションは天を見上げながら、犬のように腹を向けて引っ繰り返っている。
その傍らには先端の取れたアンプルと地面に沁み込んだ独特の薬液の臭い、複数のアンプルがセットされた片手くらいのサイズの、上下からしっかりとアンプルを6本挟み込める赤色の機械式ホルダーが転がっていて、それがゾアントロピーだとすぐに理解した。

「よし、帰ろう。まさかゾアントロピーを彼が持ってるとは思わなかった、どれだけ探しても見つからなかったわけだよ」
私はさらりと嘘を吐いて、足元にまとわりついてくるタヌキを抱きかかえる。
「……本当に探してたんだよな? ずっとタヌキと遊んでた、なんてことはないよな?」
この男、実家のばあさんみたいなことを言ってくる。

じっと見つめてくる彼の眼差しから、私は反射的に目を逸らす。
やめろやめろ、女子の目をじっと見つめてくるんじゃない。恥ずかしい。



ちなみにこれは余談だけど、レイル・ド・ロウンは結局、調査の結果なんの成果も得られなかったという理由で騎士団を解雇されてしまい、今日もアングルヘリング自警団事務所で紅茶を飲んでいる。

「で、なんでここにいるの?」
「騎士団にも警察隊にも戻れないからな。だが、俺はこれからも正義でありたい。俺も悪党を捕まえる仕事でもしようと思ってね」

そう言って、元騎士は契約書に一筆記したのだった。
『レイル・ド・ロウン。26歳。自警団員(元聖堂騎士団ナンバー4)』



今回の回収物
・ゾアントロピー
精神を獣人化させて一時的に身体能力を高める合成薬のアンプル。赤色。
威力:― 射程:E 速度:ー 防御:― 弾数:6 追加:強化


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女の話です。特に活躍はしてません。
そしていわゆる仲間加入回です。特に活躍はしてません。

レイルは構想段階から登場は決まっていて、本当はもっと晴れ晴れしく華やかな登場の仕方をさせようと思ってましたが、本編を2話書いて主人公のウルとバランスを取るには敷居をだいぶ低くしないといけないと思い、だいぶ低くした結果、こんな感じになりました。

低いにも程があると思いました。

話中でいきなり急ハンドル切るような小説ですが、よろしければ次回もまたお付き合いください。