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三つ首輪の犬と戦斧 ホットコーヒー&クールランチボックス

積んでは崩され、直しては壊され、地球は人類の玩具箱だなって最近は思うようになった。
人口が増え過ぎた地球から人類が飛び出して数十年余り、その間にも人類は何回も戦争を起こし、宇宙からは宇宙移民の居住地スペースコロニーが何度も落とされた。
一年戦争と呼ばれるジオン公国と地球連邦の戦争で落とされたコロニーは地球の人口の半分を奪って、私の地球での故郷シドニーを直径500キロの巨大なクレーターへと変貌させた。
その数年後にはジオン残党勢力デラーズ・フリートによって北米の穀倉地帯にコロニーが落とされ、地球の食糧供給を宇宙頼みにするまではいかずとも、致命傷に近い大きく深い傷を残した。
つい最近もジオン公国復活を掲げる宇宙の辺境で湧きおこった勢力、ネオ・ジオンによってアイルランドのダブリンにコロニーが落とされて、都市を壊滅させて逃げ遅れた何百万の、一説には何千万もの人々の命を奪った。
その間にも宇宙だけでなく、地球連邦内部の地球至上主義者の勢力ティターンズが月の主要都市を狙ってコロニーを落としたので、宇宙とか地球とか関係なく、人類がどうしようもない馬鹿なんだと考える人たちも増えた。

人類はどうしようもなく馬鹿だ。
でも馬鹿だけど生きてるんだから、馬鹿は馬鹿なりにたまに巨大な迷惑をかけながら生きていくしかない。
そんな馬鹿の中からも、他人の心を深いレベルで理解できるニュータイプという種類が誕生したりもしたけれど、人類はやっぱり馬鹿なので、軍事力や兵器といった他人を拒絶する、あるいは屈服させるための使い方を選んでしまった。
あいにくなのか幸いなのか私には、そのニュータイプ能力とやらは無い、と思う。けれど、ジオンの王であったデギン・ソド・ザビの隠し子を出自と称した男にはニュータイプの片鱗があったとされるので、多少共通点もある境遇で生まれ育った私にも素養くらいはあるのかもしれない。
別にいらないけど。
なんせニュータイプの末路は、だいたいが悲劇で終わるのだ。
ニュータイプの素養を薬物や洗脳によって能力を強引に高めさせられた強化人間の行く末はいうまでもなく、例えば連邦の白い悪魔を駆ったアムロ・レイにせよ、その宿敵として今も血筋と宿命を拗らせ続けているシャア・アズナブルも、傍目にはおおよそ幸福は程遠い境遇に置かれているし、件の隠し子はネオ・ジオン内部の派閥闘争で命を落とした。他にも戦死した者、精神を崩壊させた者、戦闘用のシステムに精神を捉われた者、不幸な例だけはキリがない程に溢れ返っている。

宇宙に残された唯一の血縁者である姪が、ニュータイプでないことを祈るばかりだ。
仮にそんな素養があったとしても、不幸にならなかった最初の一例になってくれることを願う。


私の名前はジーナ・マスティフ、本当の名前はミハル・ザビ。ザビ家の血を受け継ぐ者だけど、元々認知もされていない隠匿された身の上、そんな責任はとっくの昔に放り出しているし、それなりのものは戦争中に果たしたと思っている。
今は良くいえば自由の、悪くいえば根無し草の身で、世界各地の傷跡を見て回っている。



今日も砂煙を巻き上げながら荒野を駆ける。
アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア、極東……この数年間で色んな場所を見て回ったけれど、地球降下作戦で降り立った北米の地は馴染み深くて、気がつけば滞在していることが多い。戦時下を共に生き抜いたモビルスーツ、一時期は宇宙から降り立った一つ目の巨人と恐れられ、一時は新兵の訓練用に落ちぶれて、辺境の馬鹿共の蛮行のせいで殺戮者の象徴のように嫌われているザクを隠しているのも、この北米某所の秘密の場所だ。
「しかしまあ、相変わらず無駄に広いよね」
北米大陸はそもそも広大な大地が広がっている上に、度重なる戦闘とコロニー落としで荒れ果てた場所も多く、さらにはゲリラ化した残党兵との突発的な戦闘も起こるせいで、無人の地となっている場所も少なくない。
おかげでもう数日、温かい食事にありつけてない。それどころか用意していた弁当箱はすでに空っぽ、この調子だと荷台の缶詰やチョコレートに手を出さざるを得ない。
「冷や飯食わされるのは慣れてるけど、それは比喩であってだね……駄目だ、虚しくなってきた」
独り言を口走りながらも我に返って、口をつぐんでラジオのチャンネルを開く。
操縦席にぶら提げた携帯ラジオからは、未だに現役でDJを続けているジャクリーンのお喋りがノイズ混じりに流れてきて、私の指を静かにラジオのスイッチを切るように導いた。
こんな辺鄙な場所にまでラジオが届くのなら、ダイナーのひとつでも建てておいてくれないだろうか。
誰にともなく、そんなことを怒りたくなってしまう。そんな気分だ。

「こんなことなら軍に残ってればよか……いや、それはそれで嫌だなあ」

終戦後に軍籍を抹消し、改めてジオン共和国軍に入るという選択肢もあった。事実、共和国軍に入隊した戦友もいたし、反対に共和国となったジオンと袂を分かって残党軍に入った顔見知りもいる。地球連邦と取引のある軍需産業に所属した者もいれば、ジオン残党から連邦軍内の反地球連邦組織エゥーゴに参加した者もいる。
ジオンの末路は様々だけど、私みたいなのは少数派だろう。おかげでいつも貧乏暇だけ有り、飢えれば働いてみるものの、宇宙への怨念残る連中から冷や飯を食わされる日々。
それでも旅を辞めないのは、多分自分の中でまだ飲み込み切れていない後ろめたさが、喉の奥のほうに小骨みたいに引っ掛かっているせいだ。
(地球の皆さん、ごめんなさい。宇宙の皆さん、私に気付かないで)
そんな小骨が私の影に楔のように打ち付けられていて、進むべき道ではない方向に歩ませている。そんな気がするのだ。

「……そんなことより飯だ!」

ハイウェイ沿いの小さなダイナー【SUMMIT DINER】は、内陸部の荒野を抜けた先の湖の広がる集落までの道中に建てられた店だ。
かつてはこの界隈にも多くの輸送業者や旅人が訪れて、車を停めて珈琲や料理を楽しんだのだろうけど、戦争の影響なのか治安が悪化してるのか、今はハイウェイを走る車も数少なく、似たような店は軒並みドアを閉ざしていて、ようやく店明かりを溢していたのがこの店だった。
そんな状況下なので料理の質には期待できないかもしれないけど、腹が減っていればなんだって旨いのだ。この世で最も旨いものは説は多々あれど、刑務所に入って新年に食べるパイが一番旨いのではないか、と言われることもある。
空腹は最大のスパイスだ、その意味では私はすでに十分に出来上がっている。じっくりと似込まれたスープと一緒だ、後はどんな肉を入れても一定以上に旨い。
「マスター、なにか食べるものを!」
私はダイナーの扉を開けて、閑散とした店内に声を響かせた。


「いい食いっぷりだ。若い娘さんにしては、気取りがなくていい」
「腹減ってましたからね」

デミグラスソースに浸されたハンバーグ、添えられたコーンにブロッコリー、肉を覆うように乗せられた目玉焼き、どれも満点をつけるような味だった。きっと空腹でなくても美味しく頂けたに違いない。別のルートを選んで走るやつは人生損してるな、そう思わせるには十分な味だ。
「お嬢さん、ここいらじゃ見かけない顔だが、どこから来なすった?」
一瞬躊躇して、カウンターの奥に飾られた今より少し若いダイナーの主人と椅子に腰かける恰幅のいい妻らしき女性、その手を左手で握って、残る右手で敬礼の姿勢を取る若い連邦軍の青年の写真をちらりと見ながら、元々は宇宙から来たことを伏せておくことにした。
もしかしたら怨念のようなものを抱いているかもしれない。この店で出会った料理の味を、そんな薄暗いもので覆いたくない。そんな気持ちになったからだ。
「一言でいえば旅人です」
「なるほど、見かけんわけだ」
主人は白髪交じりの髪を橙色の照明で光らせながら、静かに珈琲を淹れた。珈琲に砂糖を入れようとしてくれたので首を横に振ったが、外はまだ寒い、こういう時の珈琲は甘いくらいで丁度いい、と砂糖を控えめに黒い液体に溶かす。
「旅といっても、この辺りには見るものもないだろうに。昔はもう少し繁盛したんだがな、何年も前にコロニーの破片が落ちてきて、道を塞がれてしまった」
主人が指先に挟んだ煙管を伸ばして、私が来た道の反対側を示し、そのついでに吸っていいかと仕草で問いかけてくる。そう問われれば、私の持つ答えはひとつだ、静かに頷く以外にない。

「後で見に行ってみます」
「コロニーの破片をか? 面白いものでもないだろう」
「そういうのを見て回ってるんです」
コロニーの破片も世界に残された傷跡のひとつだ。おそらくデラーズ・フリートが落としたものだけど、私が関わっていないからといって、見て見ぬふりをするわけにもいかない。かつてコロニーを落とした側で働いていた身としては。
「もしかしてジャーナリストか?」
もちろんそんなものではないし、なるつもりもない。
以前、旅の最中で連邦の木馬に乗っていたらしき記者に出遭ったこともあるけど、私が過去に影響を与えた誰かしらに似ていたのか、一瞬ひどく悲しい顔をしていた。その後すぐに飄々とした様子で、私にザビ家の末子の噂を探って、なにも得られないと観念したのか去っていった。あんな風に悲しみや痛みを飲み込んで生きるのは真っ平だ。
だから、ああはなれない。私みたいな直情的な人間には、そもそも向いてない。
「あれはあれで必要だが、因果な商売だ。中には嘘のない記事を書ける者もいるが、宇宙を正しい視点で書ける者はそうはいない」
「正しい視点……?」
「今の地球にとっては宇宙は憎悪の対象だ。棄てられた貧乏人が復讐のためにコロニーを落して踏み荒らしにきた、って言う奴もいるが、少なくともわしがじいさんばあさんに聞いた話ではそうではない。希望のようなものを夢見て連中もいた」
だとしたら余計に皮肉な話だ。結果として地球と宇宙は、空気も水もない宇宙空間との間に途方もなく深い溝を作り、ついには自分たちの住み処を武器にしてしまう程に違えてしまった。

「マスターは宇宙が、スペースノイドが憎くないんですか?」
「憎くない、といえば嘘になるかもしないが、じゃあ憎んでるかといえば、それも嘘になる。息子はジオンを地球から追い出すんだって軍人になったが、幸いにも人を殺すことも殺されることもせずに済んだ。結局は軍とも戦争とも関係ない交通事故で死んでしまったが」
壁に掛けられた写真を見上げる主人の目が、僅かに潤んでいるように見える。単に煙が目に染みているだけかもしれないし、悲しみを思い出しているのかもしれない。
私は親子の情というものと縁遠いけど、思い返せば戦友たちの親も、娘と妻を逃がした男も、それぞれに表現の違いはあれど確かに愛みたいなものがあった。
「不幸中の幸い、と言ってしまうつもりもないが、息子はわしと妻に怨念を背負わせなかった。もしジオン兵に殺されていたら……反対の立場だったとしても、こんな風に空を見上げることは出来なかっただろうな」
そうかもしれない。私は沢山の兵隊を殺してしまったから、沢山の戦友の屍の上を歩いてきたから、どうしても宇宙寄りに世界を眺めてしまう。地球の方がずっと長く暮らしているのに、縛り付けるような重力でしっかりと地面を踏んでいるのに、どうしてもあの太陽の光さえ遠く感じる暗い宇宙を想ってしまうのだ。
「人間っていうのは、上手くいかないものですね……」
「……そうだな。元は善意から始まってるはずなのに、報われないことばかりだ。だからといって、個人に出来ることなんて小さなことばかりだ」

吸い込まれた煙がゆっくりと吐き出される。
世界は報われないことばかりだ。宇宙はコロニーなんて落としてしまうし、戦争なんて始めてしまった。かといってジオンを悪者にしてしまえば済むような簡単な話ではなく、連邦も大なり小なりの悪、それこそ無抵抗な人たちを相手に町ひとつ消してしまうような殺戮を起こしている。
元々解きようもない程に絡まっていた恨みや憎しみが、硬く大きな瘤のように固まって、この先ずっと未来永劫に解けることなんてないんじゃないかと思わせてくる。
そんな中で個人が出来ることなんて、たかが知れている。
「美味しい珈琲を淹れることくらいですね」
「いや、それも上手くいかなくてな。この店は近い内に閉めるつもりだ」
「残念ですね、美味しい料理と珈琲だったのに」
私はカップの底に残った珈琲を、名残惜しくゆっくりと飲み干した。


「マスター、もしも私がスペースノイドでも、今日みたいに珈琲を出してくれました?」
「出しただろうな、仮にジオンにいた兵隊だったとしても客は客だ」



ある日突然落ちてきたコロニーの破片、それはとてつもなく巨大なもので、何年にも渡ってハイウェイを塞ぎ続けている。
しかし地球連邦も、この辺りを管理する自治体も各地の復興で忙しく、ここまで手を回す余裕がない。おまけに当初は、破片の存在を知らずに道を閉ざされた運送業者や旅行者を狙う山賊紛いの連中もいたせいで、治安そのものもじんわりと悪化、上から力を入れる価値のない場所として烙印を押されてた。
その結果、ハイウェイの交通量は全盛期の何割あるのか数えたくない程に減少し、山賊たちも飢えて苦しむほど困窮して立ち去ってしまった。
そんな中で思い出の残る店を守るように頑張ってきたけれど、客が来なければ続けようもない。
いよいよ立ち退く決心がついたというわけだ。

「いやー、勿体無さ過ぎるでしょ」

操縦桿を握りしめながら独り言ちる。
ひとり旅の最中に私の言葉など聞く相手はいない。強いていえば荷台に寝転がってる相棒だけど、相棒は人間でも動物でもなく、物言わぬ機械だ。
だから答えなど返ってこないわけだけど、言葉というのは頭で考えるだけでなく、口にすることでより一層強まってくれる。
勿体ないと思った感情も、言葉にすることでよりはっきりと濃い線となり、自分の背中を後押ししてくれるのだ。

目の前のコロニーの破片は、地上から見えている範囲だけでも数十メートルにも及び、工事用の重機でどうにか出来る規模を遥かに超えている。
平和な時代であれば、偉い人たちも金と人手を使ってどうにかするのだろうけど、戦争が終わったとも続いているともわからない曖昧な情勢では、この地にまで手を伸ばす余裕はないのもわからなくはない。
大きな組織でさえそうなのだから、個人や町規模でどうしようも出来ないのも納得できなくても、飲み込まざるを得ない。
「私に出来ることなんて、まあこれくらいだよね」
操縦桿の下に備え付けられたモニターを指で叩いて、背面部の格納用の装甲を展開させる。
私が乗っているのはただの車でも、運搬用のトレーラーでもない。ネオ・ジオンが地上に降りてきた際のどさくさの中で、古巣の部隊と縁深い武器商人から手に入れた強力な兵器だ。

軍需企業アナハイム・エレクトロニクス社が開発した、大型兵器を搭載するためのエアバイク型の支援輸送機メガライダー。モビルスーツを乗せて走り、単独でも高出力の指向性のビーム兵器や搭載された重火器で攻撃できるそれを改修して、乗せたままのザクと物騒な武器を隠すために可動式の装甲で覆った、一見すると妙な形の箱型輸送機で正式名称はプロト・メガライダー改良型、別名はランチボックス。

重機で動かせないなら、兵器で吹き飛ばせばいい。
この邪魔な壁に車が通れる穴でも開いてくれたら、もしかしたら活気も以前ほどではないにしても戻るかもしれない。そうすればあのダイナーの味をまたいつか味わうことができるかもしれないし、宇宙にいるであろう私の姪が万が一にも地球に来た時に、旨い珈琲を飲める確率が上がるかもしれない。
最近、姪のことをよく考えてしまうのは、新聞記事で傀儡にされている可哀想な姿を見てしまったからだろうか。それとも自分の出自を隠していることの後ろめたさか、単に私も三十路前となり単純に年を取ってしまったからか。
或いは亡くなった義理の姉との、また会おうという口約束を果たせていないからか。
「私に出来ることなんて、これくらいだけど」
せいぜいコロニーの破片に穴を開けるくらいしかないのだ。

砂煙の舞う荒野に、一陣の光が吹き抜ける。

巨大な壁にぽっかりとした大穴が空き、道路上に残った瓦礫をザクを使って地道に撤去すると、なんていうかそれ用に建てたモニュメントに見えなくもないトンネルが出来上がった。
まさか戦闘用のザクで土木作業をするとは思わなかったけど、これも一種の善意というやつで、元々は作業用のモビルワーカーから進化した兵器の使い道のひとつだ。

「まあ、たまにはこういう仕事も悪くないよね」

随分と古びて色あせてきたザクを箱の中に納めて、私はトンネルの向こうの町へと砂煙を巻き上げた。


後にこのトンネルはちょっとした観光名所となり、その周りでは昔ほどではないけれど人の行き交う場所になったとか。
でもそれは、私が去ってからずっと後の話だ。


(そして旅は続いていく)


おまけです。
ガンダムです。ガンダムの二次創作です。
Gジェネレーションジェネシスのプレイ記を小説風にした話の、完全におまけ回です。
先日クリスマスだったので、ちょっといいプレゼント的な話にしました。

ダイナーの主人は、あの名シーンのあの人かもしれないし、似たような境遇の別の誰かかもしれないし、まあご想像にお任せします。

コロニーの破片がそびえ立っているのは、ダブリンに落ちたコロニーがしばらく崩壊せずに立っていたことへのオマージュです。こんなわかりにくいオマージュある? 馬鹿なの?

記者のリアクションは、ミハル・ザビの設定がファーストネームだけジオンのスパイの少女ミハル・ラトキエに流用されたことから、外見にちょっと通ずるところがありますよ的な二次創作によくあるアレです。お約束というやつです。

メガライダーに乗せてるのは、メガライダー、ゲーム中でも好きな戦艦だったけど時系列の関係上、本編で出せなかったので。
ついでにザクも当初は地上に残されたザクⅢを流用して、中身だけドズル専用機に改装したもの、とか考えてましたけど、なんか流れ的に使い道がなかったので却下。
その辺をゲームシステムのレベルアップとかに絡めたかったのですが、まあいいや。