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小説「つまらぬ怪奇は麺麭より安い 第3.3話~ばくばく食べる人が理想です~」

こんにちは、黄龍です。
本日はついさっき、私の属する暗殺組織が支援する匪賊集団フェイレンの龍頭たちのところまで、伝言を届けに行っていたのですが、私としたことがついうっかり踏まれることに夢中になってしまって、肝心なことを伝え忘れてしまうとは……この黄龍、最大の不覚。実に反省の極みであります。

しかし、それも致し方ないのです。龍頭の中でも特に朱雀様は非常に魅力的な存在ですゆえに、私はあの方を一目視界に入れてしまうだけで、頭の中が真っ白になって、あの細く美しい足で踏みつけられる欲望に支配されてしまうのです。
朱雀様は実に不可思議な方で、私もかれこれ何年も、自分が何年生きているのか死に過ぎてうっかり忘れてしまいましたが、とにかく何年も生きていて滅多に遭遇出来ないような魅力をお持ちなのです。その美しさは王侯貴族の令嬢を優に上回り、しかし秘めた暴力性は屈強な兵士よりも遥かに雄々しい。性別は変態に狙われる危険性を考慮して秘匿とされているので、あえて言及しませんが、正直どっちでも構わないので踏んで頂きたい、そう願わずにはいられないのです。

ところで栄養というものは、実に大事だと思いませんか? 米からしか得られない栄養もあれば、肉からしか得られない栄養もあり、心の栄養はまた違った摂取法があると言われております。猫好きの御仁は猫の腹からしか得られない栄養があるなどと口走りますが、私もその点については同意でありまして。
朱雀様に踏まれることでしか得られない栄養もありますゆえに。
そう、私が餓死しないためにも朱雀様には今後も定期的に、思う存分踏みつけて踏み躙って踏み潰していただきたい! そのためなら分身など何万人死んでしまおうと構わない!

おっと、そんなことを考えていると、ついうっかり骨董品店【森の黒百舌鳥】を通り過ぎるところでした。まだ朱雀様がお出かけになられていなければよいのですが。
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、あくまで冷静に紳士的に振る舞いながら店内を覗き込むと、先程口内を拳銃で撃ち抜いた私の分身体を、鶴翼とかいう恐れ多くも朱雀様と同じ空気を吸う実にけしからん新顔と、朱雀様の子飼いの三馬鹿、バオフゥとルオとシャオの大中小の兵隊黒幇共が片づけている模様。
なんたることでしょう。私の死体はてっきり朱雀様が片づけてくれていると思い込んでいましたが、まさかこんな野蛮な連中が処理していたなんて。

「やあ、皆様。ご機嫌よう?」
あくまで平静に落胆は隠さなければ。あまり感情が昂り過ぎると、朱雀様に通算520回目の出禁を命じられてしまうかもしれないですゆえに。
出禁? もちろん守るわけありませんが?
「また来たのかよ」
「うわっ、変態糞野郎だ」
「おい、岩塩持ってこい。頭かち割ってやる」
「お前、龍頭から店に入るなって言われたはずだよな」
これだから品性も知性も欠落した黒幇共は嫌いなのです。仮にも私はフェイレンの後見組織の幹部ですよ、いくら朱雀様の子飼いとはいえ、少しは口を慎んでいただきたい。

「まあまあ、そんなに歓迎することもないですよ。楽にしていて下さい」
どうです、この理性的な返し。下賤の者共も認めざるを得ないでしょう。
「してねえよ、馬鹿」
「するわけないじゃん、気持ち悪い」
「どうせ死体増やすんだろ」
「今すぐ帰ってくれ」
愚か者共め。朱雀様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいですよ。
いいや、勿体ない! 私が飲みますゆえに!

「朱雀様の爪の垢が飲みたい……」
恍惚とした表情で本音を漏らすと、下賤な馬鹿共は顔面を引きつらせて、私から距離を取っている様子。まったく心外な、お前たちも同じ欲望を秘めているはずでしょうに。
「今のは冗談です」
「で、何の用だ?」
馬鹿共の中では最も位の高いルオ殿が、この場を代表して問いかけてきました。
「私、朱雀様に重要な言伝をするのを忘れておりまして、このまましばらく待たせていただきます」
「そうか、今すぐ帰れ」

……何故に?


数時間後、すっかり綺麗になった店内に強引に居座り、バオフゥとシャオに力尽くで追い出されそうになる度に、分身を無駄遣いして凌いでいると、表からどういう経緯かわかりませんが、獏を小脇に抱える朱雀様がご到着。
そこの獣、今すぐ場所を変わっていただけないものでしょうか。私も朱雀様に首を抱えられたい、そして願わくば絞め落されたい。
「朱雀様、私めも小脇に抱えて絞め落してくださらないでしょうか?」
「嫌だ。ボクは疲れてるんだ」
ああ、おいたわしや。朱雀様はお疲れのご様子、恐らく獏牧場の無礼な牧場主や、拷問と凌辱を趣味とする悪趣味な兄弟に手間を掛けさせられたのでしょう。
何故そんなことが分かるのかですと? それは件の牧場が朱雀様たち四獣とは別の組織お抱えの暗殺技能者、四凶四罪の内の性質の悪い方、つまり四罪の管轄の牧場で、上納金を誤魔化していたので適当な理由をでっち上げて潰せ、と命じられたからですが。
まあ、皇帝が獏の涙を欲しているという私が流布した偽情報のことは、この際黙っておきましょう。

「それで、なんでまた来てるんだ?」
朱雀様の足元で獏がぴぃぴぃと鳴きながら、そのしなやかで細い足に纏わりついている。おのれ、この獣め! そこは私のための場所だというのに!
地面に這い蹲って不届きな獣を睨んでいると、上から朱雀様の足が振り下ろされるではありませんか。
なんという気前の良さ、礼儀知らずの馬鹿共が慕うのも納得の懐の広さ。しかし今の私めには少し勿体ない褒美ではありますゆえに。
朱雀様の足を撫でるように押し戻そうとすると、爪先が眉間を直撃してきましたが、それ以上はいけません! 私、天に召されてしまいますゆえに!

私はゆっくりと立ち上がり、懐から宝石の入った小箱を取り出し、ぱかっと開きながら片膝を床へと突けて、まるで婚姻を申し込むかのような姿勢を取りました。ええ、もちろん礼儀です、お願い事をしに参ったわけですゆえに。
「朱雀様、私めを貴方様の配下に加えていただきたいのです。これは挨拶代わりの献上品、どうぞお受け取りください」
「いらんし、お前は配下に加えない」
朱雀様が宝石を支える私の指を蹴り抜いて、指を4本とも見事に圧し折り、ああなんて素晴らしい断り方なのだと陶酔していると、青白く透き通った宝石は床へと転がり、そのまま獏の目の前へ。
おっと、これはよくありません、なにせこの宝石、私が苦心して手に入れた獏の涙の結晶、つまりは朱雀様がこの度探しに行ったお目当ての品そのものなのです。
しかし現実は時に非情、獏の涙は不届きな畜生にぺろりと飲み込まれてしまったのです。ああ、これもまた運命ですゆえに。

「ああ、せっかくの獏の涙が」
「なんだって!? おい、吐き出すんだ!」
朱雀様が珍しく狼狽えて、獏の顔を両手で掴んでわしゃわしゃと首の辺りを刺激しています。狼狽えた顔も素敵なので、このまま眺めていたいものですが、私も伝えることは伝えねばなりません。
「ちなみに獏の涙、朱雀様はご存知かもしれませんが、獏の体内に入ると分解されてしまうそうです」
「おい、吐け! ぺってしなさい、ぺって!」
「ちなみに分解されるまでの時間は3秒です」
朱雀様が喚き声のような、獣の鳴き声のような、文字に書き起こしづらい音を発しながら床へと寝転がり、地面に突っ伏したまま、じたばたと両手足を動かし始めました。25歳なのに時折こういう子供染みた仕草をするのも、また朱雀様の魅力。
私の前では幾らでも、その魅力を発揮していただいても構いませんですゆえに。

ちなみに朱雀様、半刻ほどそのまま泣いていましたが、今夜は自棄酒だと馬鹿共を連れて夜の街へと繰り出し、浴びるように強めの火酒を煽り、その小柄な体躯からは想像もつかない量を食べたとのこと。
実に素晴らしい。この黄龍、ばくばく食べる人が純粋に好みですゆえに。


(続く)


є(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)э

第3話「獏の涙」の余話です。
今回の余話の語り部は弩級変態野郎です。黄龍は本来、四獣と並ぶ高位の存在で、季節でいうと土用を指します。土用は各季節の変わり目の時期で、年に4回ほどあるので、その辺りからどこにでもいる性質を考え付きました。
どう考えてもこいつが一番怪奇ですね。

ちなみに本編で書き抜かりましたが、朱雀にも「空中にいる間は物理法則に縛られない」という奇異な性質があります。でもこれは本人が無自覚なので、本人はなんかよく跳べるなあくらいにしか思ってません。