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川面の月、ムーンリバー|日々の雑記#39

イヤフォンのボリュームを小さくして、虫たちの声にエイリアンズを重ねます。近所の河川敷でチェアリング。見上げれば満月、今夜は十五夜です。

今日はあらかじめ在宅勤務にしていたので、防災無線から流れる「遠き山に日は落ちて」を聴きながら、早めの夕食を済ませました。
少し開けたキッチンの窓からは秋の風。数日前までは微かに金木犀の香りも感じられましたが、この頃はすっかり散ってしまったのか涼しいばかりです。地元のあたりは田んぼで焼く籾殻の匂いがする頃でしょうか。だいぶ昔のことなのでもう定かではないですが、匂いと結びついた記憶は郷愁にかられます。すると不意に、ススキを飾っていた実家の花瓶のことを思い出しました。今思えば、あれは花瓶ではなく、ウィスキーの水差しだった気がします。

川辺はここらよりも気温が低いでしょうから、ウィンドブレーカーを着て出掛けます。持ち物はハイボールを詰めたグラウラーとどら焼き、アウトドア用の折りたたみチェア。月明かりの下でデザートを楽しもうという算段ですね。
アパートのベランダからも月を眺めることは出来ますが、人気の少ない川原で、清々とした気分でお月見がしたかったのです。

彼方に見える首都高の光、時折聞こえる工場の機械音、虫たちも今夜が名月だと知っているのか高らかに鳴きたてます。枯れ草の匂いに包まれて、どら焼きをつまみにハイボールをやりながら月を待つのはいいもんです。

チェアリングしている私のそばを、犬を連れた人やジョギングする人が行き交います。普段なら人のいない場所にイスを出しているのですから人間は驚きますし、犬たちは思いがけない食べ物の匂いに興味津々のようです。

やがて東の空、工場の屋根の上に月が掛かると空が明るくなっていきます。刻一刻とその姿が露わになっていく様に、言葉としてしか知らなかった「月がのぼる」という表現がすとんと落ちました。

どら焼きはもう食べ終えたので見比べることはできません。水筒を振れば、まだハイボールは残っているようです。もう少し、ここで月を眺めていきましょう。

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体が冷えてきましたので、荷物をまとめ家路につきます。
振り返れば川面に映る光の粒、どれが月明かりかは分かりませんが、今この瞬間に仄暗い県境の川が、ムーンリバーになりました。酔いのせいで水面に触れたい衝動に駆られますが、吹き渡る風に現実に戻されます。

イヤフォンからはDrifter。私たちはこれから、どこに流されていくのでしょうかね。


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