見出し画像

一度死んだから言えること


◉さぁ実践してみよう!
先ず病院で働いている側の、つまり介護している人の考えに立って見ましょう。

病院とは人の生死が日常的にある場所です。産婦人科でも無ければ、死の方が頻繁に起こる場所とも言えます。

そこで働いているという事は、感情的であるとしんどくなります。そういう人には向かない職場です。ドライに処理しないと、自分がボロボロになってになって、その仕事を辞めざるおえなくなります。

そんな看護師を過去に見て来ましたし、ドライな人は長く勤めていますよね。もちろん良い悪いではなくて、ドラマの世界の様には行かないのです。

そしてその人たちが日々接している人は、自力で動けない患者さんや手間の掛かる介護が多くて、キチンと対応しなければならないけど、全部付き合うと一日の仕事がこなせなくなります。

特に私の入院していた病棟は、寝たきりで植物人間みたいな人が多かったので、1から10まで手間が掛かります。

そこでの希望は、少しでも改善が見られる時です。なかなか回復しないタイプの患者さんたちですが、それでも奇跡の様な事は稀に起こるのです。

そういう人には、スタッフの誰もが応援したくなるのです。

ただ感謝を述べる「ありがとう」を伝えるのでは、自分の環境を変えるまでには行きません。

簡単です。

努力を見せる事なのです。朝の起床から夜の就寝まで、たっぷりと時間はあるのですから、リハビリ時間だけそれをするなんてのでは、努力しているとは見えません。

人の想定を超えてこその【努力】なのですからね。

そこで、朝6時に起きると8時の院長回診まで、体温測定やオムツ交換や食事(私は点滴)があります。

その関係で早くから介護士さんと看護師さんは、忙しく動き回っていますから、一人一人をよく見ているものです。

私は、その人たちにわかる様に、自分で出来るリハビリを開始したのです。握力や足の上げ下ろしや、屈伸運動やとベッドで寝たまま出来ることをして見ました。

そのためのゴムチューブやハンドグリップや何やと、小間物をPTに借りて休みながらも、日夜問わずに励みました。

ただ寝ているのが一番良くありません。回復のための努力をしていないのに、あれしてこれしてなんて言っても、後回しにされるものです。

あの介護のボスだって私が憎い訳じゃないのです。牽制をかけたのですから、それに応える姿を見てもらうのが話し合うより早いものです。

そうすると誰もが「まめぞうさんは何時もリハビリ頑張っているね!」と言ってくれる様になりました。うつらうつらと寝ていても、「リハビリ頑張って疲れたんだね」と言ってくれる様になったのです。

そして前回も書いた様に、私は何一つ当たり前にすることなく、「ありがとう」をつけて感謝を伝えました。

「仕事だからそんなに言わないで良いよ」と皆さん言ってくれますが、感謝され難い現場では凄い意味があるのです。

また後々に書きますが、退院する頃には介護士のボスも私を牽制するのを辞めて、親身になってくれる様にもなるという奇跡も起きました。

夜中に体調が悪く、何度もオムツを変えざるおえない事も起きるのですが、そういう時も「気にしないでいつでもナースコールして下さいね」とまで言われ、ホロリと泣いてしまいました。

入院患者もシンドイですが、世話している方だって人間ですから疲れるのです。励みとなるものが欲しいのです。

そう!皆んな幸せを望んでいるのです。

何か私が、上手く人を利用しているかの様に見えますが、そうでは無くてこの狭い病室内で、明日もわからない人たちのために働いている方々が幸せにならずして、奇跡は起こらないのです。

そのために、自分は一番まともな患者の部類だったので、退院を目指して頑張っている姿を見てもらうことこそ、働いている人たちへのエールだと思ったのです。

皆んな幸せの具現化を目指したのです。

もちろん私もそのぶん元気になりますしね。最初は握力も殆どなかったのですが、やはりやれば上がるものです。そうなると自分もまた楽しいですよね。

結果的に、退院も2ヶ月早まりましたし、色んなスタッフさんから声をかけてもらえる様になりました。

自分の健康や退院を、ただ考えて努力するよりも、そこにいる限りは皆んなが幸せであることをして行くことが一番だと思うのです。

そして、気づくとその病棟での人気者になっていたのです。皆んなの幸せは私の幸せであり、それが回復を加速していったのです。


続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?