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私、ピアノ好き

先日、こんなツイートしました。


自分として割と衝撃な出来事だったもので。
かれこれ40年弱、ピアノは弾いて来ているのです。
始めた時は「ピアノやりたい!」と親に頼んで始めたし。
これだけ長く続けているのです、きっと好きに違いないのです。

でも、最近は「私、ピアノ好き」ときっぱり言い切れない事が多くて。
じゃあ、何で弾いてるの?楽しいんでしょ?
という問いにも、「うーーーん、まぁ、楽しいと言えば、楽しい、かな?」のように曖昧にしか返せない事も多くて。

推しピアニストを見つけてからは、そんなことが若干薄まりつつあり、「やっぱり私ピアノ好きだな!」と思う瞬間も増えて来てはいたんです。
この記事ご参照くださいね。)
ですけど、まだまだ自分として納得しきっていなかった、、、と言いますか。いや、私面倒くさいな、我ながら。

それが冒頭ですよ。突然、「あら!私、ピアノ好きじゃん!」と腹落ちしました。そのお話を書こうと思います。
名の売れたピアニストなんかが書いたら良い類のお話だとは重々承知で、私のようなどこの馬の骨かも分からない者が書いても、野暮だとは思うのですが。野暮でもいいじゃん、覚えておきたい、という理由と、そんな事は超絶ピアノが上手い人にだけ起こる事だ、と思っちゃうどこかの誰かの参考になればいいな、という理由で書いてみたいと思います。
ピアノって難しいですよね。なかなか上手くならないですよね。
そんなこんなしている内に”好き”という気持ちを忘れてしまうこともあるとは思うんですけど、ピアノ好きでいてもらいたいな、と思います、私自身も含めて。そんな感じで一生懸命書きます。

予兆①

去年の11月。伴奏の本番がありました。それがとても楽しくて。
緊張もしたけど、楽しくて。楽しくて。終演後の感想も「楽しかった!」

前日。本番を翌日に控え1人慌てる私。「わー!明日だ!どうしよう!」
そんな私に夫が声をかけてくれました。

「明日、ピアノ弾けて良かったね。」

我に返りました。このご時世です。公演が無事に行われるかは感染症の拡大状況や社会情勢次第、という今日この頃です。そんな中本番を迎えられる。
しかもお客様を現地に迎えての本番。こんな有難い環境無いです。
その事に気付き、嘘のようにスッと気持ちが落ち着きました。と、同時に「せっかく来て下さるお客様に楽しんでもらいたい」という気持ちがムクムクと湧き上がって来たのです。こんなにも強く抱くのは初めての事。そうして迎えた本番。結果、とても良い公演になったと思います。もちろん、反省点はあれど。

予兆②

つい先日、1月末にも伴奏の本番がありました。緊急事態宣言発令中ではありましたが、関係者の皆様のご尽力により開演及び終演時間を1時間前倒す事により開催にこぎつけることができました。
本番に載せるのが初めてのプログラムでしたが、私、全く緊張しませんでした。緊張しないどころか楽しくて、楽しくて。弾いている時も楽しくて。音楽を作っていることが楽しくて。あんな感覚、初めて味わいました。

楽し過ぎて調子に乗ったようで。
前半終わった所で「一緒に歌いながら弾いて」というダメ出しをもらいました。僅かに歌との呼吸が合っていなかったようです。
好き勝手に弾き過ぎたみたいです。気持ちよくなり過ぎてしまいました…
本当に反省。
後半は歌をよく聴きつつ、一緒に歌うことをより意識し、楽しく弾きました。後半は歌い手さんからしても合格点だったようでホッとしました。

本番後の変化

自分である変化に気付きました。
ピアノを弾いている時、最近よく自分がニコニコしている事に。
一人で練習している時も、
伴奏している時も、
レッスンを受けている時も、
「あー、素敵な音楽だなぁ」「ここのハーモニーグッとくるなぁ」みたいに感じると、例え自分の理想通りに弾けていなかったとしてもニコニコするようになった事に気付きました。思い描く理想に近づけた時にはさらに嬉しく、もっとニコニコしちゃう事にも気付きました。そして、その理想に近付くための練習が苦に思えなくなって来たのです。

最後の一滴

1月の本番後、ピアノレッスンに行きました。
本番がどうだったか気にかけて下さる先生。

「楽しくなり過ぎて、好き勝手に弾きすぎちゃいました。歌の人にもっと歌を聴いて、と前半終了時に言われちゃいました」と伝えた所、

「素晴らしい!それだけ音楽に没頭できた、という事。好きに弾くのもいいじゃない。アンサンブルなんだから、それで良いの。

と言ってくださいました。もちろん、先生の本音100%ではないでしょうし、生徒である私サイドに立ってくれての発言なのですが。純粋に嬉しかったです。伴奏って、やっぱり合わせないといけない場面が多かったり、求められたりするんですけど、私の心が解放された、と言いますか。だからと言って、今後、私は合わせません!伴奏者である私に合わせて下さい!なんて言う気は微塵もないし。やっぱり歌の人が一番気持ちよく歌える場所を探していくとは思うのですが。それでも心が解放されたんですよね、一瞬にして。

コップから水が溢れるように好きが溢れた

心が解放されたレッスンの翌日。自宅でピアノを練習していました。
一通り練習した後、ふと思い付いて年明け早々に予定されていた演奏会(3月へ延期となりました)で伴奏するはずだった曲を久しぶりに弾いてみました。
元はユーフォニウム用に書かれた曲だそうですが、私はトロンボーンの方とご一緒します。知らない曲でしたが、伴奏をお願いされて譜読みしてすぐに大好きになりました。「イナの歌(Song for Ina)」という曲です。


トロンボーンを脳内で再生しながら、ピアノを弾いていて。
「何て美しいメロディなんだろう。」「転調部分、本当好きだなぁ。」
とか感じながら弾いていました。
そうして弾き終わった時に

「もの凄く楽しい。自分が好きな音楽をこうして自分の手で作れる事がとても楽しい。」

と強烈に認識しました。と、同時に

あ、だから私はピアノを弾くことが好きなんだ。
自分の好きな音楽を自分の手で、ピアノを使って作れることが楽しいんだ。


と理解しました。それはもう突然に。
気付いたら、ポロポロと涙が零れていて。自分でも驚いて「あらあら、まあまあ。私ったら、泣くほどピアノが好きだったかぁ」と笑いました、泣きながら。

やっぱりピアノが好き

5歳の時に「猫ふんじゃった」を教えてもらって、初めて弾いたピアノ。
その時に感じた”好き”という気持ちは、私の中にずっとあったんだなぁ、としみじみしています。
ミスタッチしちゃダメ、上手く弾かなきゃ、歌に合わせなきゃ、etc.
自分の”好き”という気持ちに蓋をするような言葉でばかり、最近はピアノを語っていた気がします。

途中ピアノを弾く事が辛い時期もあったりなかったり(どっちやねーん笑)したけど、辞めないでコツコツ続けて来た自分、偉かったな笑
続けてこなかったら、やっぱりピアノが好き、にたどり着けなかったから、続けてくれた自分に一番ありがとう、なんですけども。

でも、自分だけではここにたどり着けていないとも思います。

「明日はピアノを弾けて良かったね」という絶妙な声掛けをしてくれた夫。
楽しく私とアンサンブルしてくれる歌い手の皆さん達。
私の心を解放してくれたピアノの先生。
この記事には出てこなかったけど、いつも音楽についてディスカッションしてくれる大好きなお友達。

そして、ピアノを弾くことが楽しいんじゃないかと思い出させてくれた推しピアニストの塩谷哲さん。
弾き終わりでこんなに楽しそうに爆笑されるなんて、"衝撃"という言葉以外の何ものでも私にとってはありませんでした。(この表情で終わる事を最近は目標にしています。演目によってはもちろん表には出しませんが。)

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色々な方たちのお陰なんだと思います。それも覚えておきたくて。
ありがとうを言いたくて。

何より。ずーーっと私の片思いではあるけど、「嫌いだよ」とは言わずに私と長年付き合ってくれているピアノ。こんな素敵な楽器でいてくれてありがとう、そして私のこと好きにならなくていいから、嫌いにならないでね。これからもよろしく、とお伝えしてこの記事を終わります。

ピアノって楽しいよ!やってみようかな、という方いたら、何歳からでも始めてみてくださいね♪♪
ピアノは真摯に取り組む人には優しく接してくれます。


※ちなみにYouTubeで楽しそうな塩谷さん観れます。なんと!動いています!(当たり前かw)よろしければ是非ともご覧ください!(特に楽しそうに弾かれている部分から始まるように時間指定してあります。)


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