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「大切」の順位をまちがえたくない[36/100]

火曜日の夕方17時ごろ、携帯が着信を知らせた。
咄嗟に「娘が発熱したか……、明日は仕事を休まないといけないかな」と焦った。

そうでなくても、17時。そろそろ仕事を片付けて、オフィスを出ないと、保育園のお迎えに間に合わない。
16:30までの時短勤務のはずが、うっかり30分も経過している時間で、私は殺気立っていた。

携帯の画面を見ると、そこに表示されていたのは「おじいちゃん」の文字。保育園からではないことに安心しつつ、逆にあまり電話を掛けてこない祖父からの着信に、緊急事態かとドキッとした。これは、出ないとダメだ。

廊下に出て、小声で電話を取る。
「どうしたの?」
認知症の祖母に何かあったか、と緊張しながら聞くと、いつも通りの祖父の声で「いや、まーさん、どうしてるかな、と思って」と言われた。

「なーんだ、何かあったのかと思って、ドキドキしたよ。大丈夫、私も、娘たちも元気だよ」

たしかそんなようなことを話して、
「ごめんね、ちょっと忙しいから。またかける」
とか何とか言って、早々に電話を切った。

「忙しい」と言ったことに対して、祖父は「こっちは
暇だけど、まーさんは忙しいよなぁ、ごめんね」と謝ってくれていた。

私と祖父の会話は、これが最後となった。

週末に掛け直そうと思っていた電話の前に、祖父は喋れない人になってしまった。

いつものスーパーへの買い物途中、乗っていたスクーターごと転倒して、頭を打ち、外傷性くも膜下出血による認知症となってしまったからだ。

あの日、保育園のお迎えに行ったあと、電話できなかったか。次の日、ランチの時間だって、電話できただろう。

でも、私はしなかった。

仕事でほとんど帰らない父と、めちゃくちゃ厳しい母に育てられた。両親に代わり、無償の愛を教えてくれたのは、祖父母だった。

それなのに。

今でも、悔やんでいる。
祖父との電話よりも優先すべきものなんて、ほとんどなかったな、と思う。

もう二度と同じ想いをしたくない。
だから、私はどんなに余裕がなくても、怒っていても、そんな時こそ家族との「行ってきます」「行ってらっしゃい」を大切にしている。

「次がある」。多分ね。
でも、ないかもしれないんだ。大切の順位を間違えたくない。そう思って生きている。


今日のさとゆみさんの『今日もコレカラ』は、さとゆみさんと、お祖父様のお話でした。
コラムの冒頭の描写で、映像が立ち上がった。それを真似したいと思ったのと、私はやはり、祖父を思い出してしまったので、今日はこの話になりました。

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