トーベ・ヤンソンのセクシュアリティについて(5)「スポーケという言葉の意味」

ここまでトーベの恋愛について、評伝や記事等を元に事実ベースでご紹介してきました。次に、トーベが自身のセクシュアリティをどのように表現/定義していたか、あるいは、していなかったか。

「トーベ・ヤンソンとBisexualness」には次のような記述があります。

「私は幽霊の側に行った」(幽霊"spook/ghostとは、セクシュアル・マイノリティ女性、特にレズビアンを指した当時の隠語)と記していますが、それでもトーベは自身を"レズビアン"であるとはっきり表現したことはありません。
「トーベ・ヤンソンとBisexualness」生(Ubu)氏の記事より引用
https://ubuhanabusa.hatenablog.com/entry/2020/12/04/045402

出典として、
Meet The Queer, Anti-Fascist Author Behind The Freakishly Lovable ‘Moomins’
ソフィア・ヤンソンの2010年のインタビュー記事
などにリンクを貼ってくださっています。
ソフィア(トーベの弟でコミックス共著者でもあるラルスの娘=トーベの姪。ムーミンの著作権を管理するムーミン・キャラクターズ社のクリエイティブディレクター兼会長)は上記の記事で「Jansson never referred to herself as a lesbian」「the word lesbian was never ever used」と発言しています。
(2)「最愛の男性、親友の女性」 に書いたように、 フィンランドにおいて同性愛は1971年まで違法、1981年まで病気扱いで、1991年までは宣伝(喧伝?)禁止という事情がありました。トーベは親しい人たちにはオープンな性格だったようですが、約48歳年下の姪に配慮した可能性も考えられます。

トーベはレズビアンという言葉の代わりに「spöke, spöksidan」というスウェーデン語の俗語表現を使いました。英語だとspook=ghostで、幽霊/オバケ/バケモノといった意味です。もし、このスポーケ(spöke)という言葉が「女性同性愛者のみ」を指すのであれば、トーベはレズビアンという言葉を使わなかったというだけで、自分をレズビアンだと認識/公言していた、ということになります。

彼女自身が残した手紙には、どのように書かれていたのか。(4)「女性との恋」、ヴィヴィカとブリットとの恋の間、1952年にアトスとの関係を完全に清算した頃の様子を、評伝『トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン』から引用してみます。

トーベはアトスとの関係をついに清算していた。結婚を保留にしたままだったアトスからの求婚を「恋愛関係じゃないほうが幸せだから」と断ったのだ。一九五二年のことだった。同時にトーベは自分が女性を愛する人間であることを確信していく。それまで彼女は、自分の気持ちの置きどころが定まらず、もがいていた。そんなトーベを心配するエヴァに、想いを綴った手紙を送った。

やっと自分の気持ちがわかりました。あなたは大切な友達だから、正直にお話ししようと思います。ずっと思いあぐねていて、なかなか決心できなかったのだけど、自分に嘘をつかず、バケモノとして生きていきます。でも、どうか悲しまないで。私は今、解放されて、自由になって、本当に幸せです。
『トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン』(講談社、ボエル・ウェスティン著、 畑中麻紀、森下圭子共訳)より引用

もう一冊の評伝『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』 には次のように書かれています。

ホモセクシャルやレズビアンについて話すときは、別名や暗号が使われることが多い。トーベはレズという言葉もよく使ったが、同性愛を「リヴ・ゴーシュ」、つまりパリのセーヌ川左岸と呼ぶこともあった。「リヴ・ゴーシュを選ぶ」という表現を、レズビアンの道を選ぶという意味で使ったようである。その後は、「新しい方法」、「新しい態度」といった、自分自身の心構えや選択を意味する表現を使うようになる。一九五二年の手紙には、レズビアンたちが一般に使う「スポーケ(spöke)」つまり「幽霊」という言葉を使いたいと記した。
『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』 (河出書房新社、トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子、 五十嵐淳訳)より引用

『ムーミンの生みの親~』 では「スポーケ(spöke)」をレズビアンという意味に限定して使用しており、その後もトーベをレズビアンと断定しています。それは著者のカルヤライネン氏がそのように書いているのか、翻訳の段階で微妙なニュアンスが落ちてしまったのかはわかりません。さらに、「トーベはレズという言葉もよく使ったが」の真偽/意図も不明。手紙などに出てくるのか、それが侮蔑的な意味も含む略語だったのか、カジュアルな言い回しだったのか等もよくわかりません。
当時の俗語で「スポーケ(spöke)」がレズビアンだけを指す言葉だったのか、男女同性愛者なのか、バイセクシュアルなども含むセクシュアル・マイノリティ女性なのか。また、トーベはスウェーデン語系フィンランド人で、彼女の使うスウェーデン語はスウェーデン本国のものとは異なり(俗に「ムーミン語」と言われているとか)、隠語/俗語としての「スポーケ(spöke)」の用法がどの年代にどのエリアで使われていたのかもはっきりしません。トーベが自分のことをレズビアンではなくスポーケとだけ表現していたとして、その理由が法的規制ゆえの安全策なのか、断定したくなかったのかも、それもわかりません。
言葉の意味について、スウェーデン語翻訳家でムーミン新版の翻訳編集者、畑中麻紀さんにお訊ねしたところ、ネットのスラング辞典の存在を教えてくださったのですが、なんと、その用例として挙げられているのが『Tove Jansson. Ord bild liv.』( 『トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン』の原題)だという、振り出しに戻る感(笑)。
が、そこに挙げられている引用から、ひとつ発見がありました。トーベはこの手紙で、自分たちが少数派だということについて、「特にlesbiska Spökenaの世界はとても狭い」というようなことを述べています。Spökeにlesbiskaという語を付けている、ということは、Spöke単体だと女性同性愛者限定ではないのでは?と。同時に、トーベがlesbiskaという言葉を避けてはいなかったこともわかります(この手紙では、自分のことをlesbiska Spökenaである、と言っているわけではありません)。

……自分で書きながらイライラしてきました(笑)。これ、重要なポイントではあるのですが、重箱の隅を突つくにもほどがある。どっちでもええやん、どーでもええやん、なんでそんなに人のセクシュアリティの定義を追求したいのか、いや、したくないです……。

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トーベの日本語で読める評伝本は二冊ある、と前々回(2)でご紹介しましたが、ボエル・ウェスティン教授とヘレン・スヴェンソンは2014年にトーベ・ヤンソンの手紙をまとめた『Brev från Tove Jansson』 というスウェーデン語の本を出版しています。同書は2016年にフィンランド語とポーランド語になり、2019年には英語版『Letters from Tove』も出ました(電子書籍版もあります)。もし、もっと詳しくトーベのことを知りたいのなら、彼女のセクシュアリティを定義したいのなら、せめてその本をお読みになることをおすすめします。それを読んだとて、答えがあるかどうかは不明ですが、少なくとも著者のフィルターを通した評伝よりは、生の声を知ることができるはず(といっても、翻訳の時点でまたフィルターが入るので、できれば原語で。それに、本に編纂された段階で編者によって取捨選択がなされているわけですが)。

ちなみに、『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』はトーベのことをレズビアンと断定していますが、『トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン』は慎重な表現にとどまっています。

「私たちは少数派」とトーベは言う。スウェーデン語系フィンランド人アーティストであることと、性別というくくりにとらわれず、気持ちのままに人を愛することが、トーベのアイデンティティなのだ。
『トーベ・ヤンソン  仕事、愛、ムーミン』

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ついでに、姪のソフィア・ヤンソンについて。生前のトーベを身近に知る数少ない人物であり、貴重な証言者であるわけなのですが、トーベは1914年生まれ、ソフィアの父でムーミン・コミックスの共著者ラルスは1926年生まれ、ソフィアが生まれたのは1962年。つまり先にも触れたようにソフィアにとってトーベは約48歳年上の伯母。ソフィアは5歳のときに母を亡くしており、トーベは姪のことをとても気にかけていたといいます。
2010年のビッグイシューのインタビューでソフィアは次のように語っています(先の英語の記事のほうが詳しいですが、日本語で読めるものとして、ご紹介しておきます)。

「二人は、”あのお嬢さん方“と呼ばれていました。どうして同じ島で一緒に暮らしていたのか、疑問に思ったこともありませんでしたね」。
だが、フィンランド同性愛は71年まで犯罪として取り締まられていたため、トーベとトゥーティ(ピエティラの愛称)は「事が大きくならないような」生き方を身につけなければならなかった。(略)
「伯母はその問題についてことさら過激に表現したりはしませんでしたが、彼女が描いたのは、そうした問題が奇異な問題として扱われる世界ではなく、誰もがなりたいものになれる世界なのです」
「性別がはっきりしないキャラクターもいます」(略)
「ファンの方から手紙でよく質問されるんです。『このキャラクターの本当の性別は何ですか? 女の子? 男の子ですか?』って。私たちは、それは大した問題じゃないと答えます。もっと大切なのは、孤立している小さな生き物がいないかどうかということです。ステレオタイプな物事は重要ではないのです」
Laura Kelly/The Big Issue in Scotland ビッグイシュー日本版 152号より引用

少しトーベのことから離れますが、もしかしたら誤解なさっている方もいらっしゃるかもしれないのですが、多くの同性愛者にとって性別というのは重要な事柄です。異性愛者の女性は異性である男性に、同性愛者の女性は同性である女性に惹かれます。レズビアンのラブストーリーに「性別を超えた愛!」「好きになるのに性別は関係ない」なんてキャッチがつけられて、批判の声が上ることがあるのですが、そりゃそうです、レズビアンの女性は相手が女性(同性)ゆえに好きになるわけですから。
一方、バイセクシュアル(両性愛者)の場合は、男性も女性も(異性も同性も)恋愛対象。ある意味では、ホモセクシュアル(同性愛者)とヘテロセクシュアル(異性愛者)両方の資質を持っていると解釈されそうですが、同性のパートナーがいるときは同性愛者、異性のパートナーがいるときは異性愛者というわけではなく、いずれのときも両性愛者だといえます(個人差はあります。また、性的指向は変動することがあります)。ちなみにパンセクシュアル(全性愛者)は、相手の性別にこだわりがなく、男性/女性以外の性別の人(X、ノンバイナリーなど)も恋愛対象となります。

ややこしいついでに、もうひとつ。レズビアン(女性同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)という言葉を使ってきましたが、生(Ubu)さんは「"Bisexualness"(両性を愛す傾向、バイ的感性)」、「Bisexuality/バイセクシュアル関係」と書いていらっしゃいます。これも非常に重要で、例えば、映画『TOVE』でバイセクシュアル関係が描かれていても、トーベがバイセクシュアル(両性愛者)だとは断定できないし、「バイセクシュアル映画」と銘打ってよいかも難しいところ。同様に、女性同士の恋愛を描いた映画の登場人物の設定がバイセクシュアルだとすれば、その作品を「レズビアン映画」と形容しないほうがいい、と思います。
脱線しますが、じゃあ、LGBT映画って呼んでおけばいいかというと、それはさらに違います。例えば、トム・オブ・フィンランドの作品はG=男性同性愛を描いたものであって、LでもBでもTでもありません。そういう意味では、(1)にリンクを貼ったムーミンオフィシャルサイトの記事Queerという言葉が使われていたのは正しいなと思いました。

話を戻します。以上のようなことも踏まえつつ、トーベが使っていた言葉「spöke, spöksidan」spöksidan=スポーケの側、ゴーストサイド、これも非常に重要。ほかにもトーベは「リヴ・ゴーシュを選ぶ」という言い方もしています。わたしの主観的な意見ですが、自分のセクシュアリティを定義/表明した、というよりも、ライフスタイルの選択、つまり、自分が同性愛者か両性愛者か、ということではなく、女性と生きていくことを選んだ、という印象を受けます。繰り返しになりますが、当時それは法に反することであり、困難が待ち受けていることを意味しました。その反面で、男性と生きて、子どもや家事のことを考えるよりも、創作を最優先することができる女性との人生を選んだのだろう、と。

最後に、「私は女性と激しい恋に落ちてしまった」  トーベ・ヤンソンの人生と仕事における同性愛 Part1の冒頭にも使われているトーベの言葉を。

"I always fell in love with a person. Sometimes that person was a man, and sometimes it was a woman. But the important thing was that I fell in love with that person."
「私はいつも恋をしてきました。その相手はときには男性、ときには女性でした。でも、大切なのは、私がその人と恋に落ちたということです」

これはムーミンやムーミン以降の小説を出版したシルツ社の編集者であり、トーベの友人で、先に紹介した手紙本『Brev från Tove Jansson』の共編者でもあるヘレン・スヴェンソンが、トーベの言葉として紹介したもの。いつごろの発言だったのか、ちょっと調べてみましたが、詳細はわからず。が、ドキュメンタリーシリーズの音声は今も聞くことができるようなので、ご興味ある方はぜひ(スウェーデン語ですが)。

日本で長くムーミンシリーズを担当、トーベとも親交のあった編集者、横川浩子氏による最近の記事も貼っておきます(ご安心ください、日本語です)。
『ムーミン』物語の意外な事実…トーベ・ヤンソンを陰で支えた「ふたりの人物」作品に影響を与えた「パートナー」たち

おまけ。ムーミンシリーズの登場人物にも「おばけ」がいます。深い意味はなさそうですが、旧来のジェンダー表現からは離れた設定も見受けられます。詳しくは公式サイトブログ「おばけの意外な趣味って?」をどうぞ。

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