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本当の悪役ヒュー・グラントを見たいのであれば、『A Very English Scandal(邦題:英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件)』を観て欲しい。



本だと、ページをめくる手が止まらない、と言うが、これが連続ドラマだったら何と言うのだろう。次の回が待ちきれない?先が気になって夜も眠れない?まさに今観ているBBCドラマ『Line of Duty(ライン・オブ・デューティ)』のシリーズ6がそんなところか。ケリー・マクドナルドをゲストに迎えて、AC-12(汚職特捜班)がどのように疑惑を紐解き、汚職警察を追い詰めていくか、が最大の見どころなのだが、脚本が素晴らしいので(ジェド・マーキュリオ)最後まで息をのむ展開が待ち受けている。

話がそれたが、Sky/HBOのサスペンス・ドラマ『Undoing(邦題:フレイザー家の秘密)』もまさにそんな感じだった。だから6エピソードを二日でほぼ一気に観た。なのに最終回でこんなにがっかりさせられるとは。

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以降ネタバレあります。

一気に観たのは何も急いでいたから、とかではなく、とにかく早く続きが欲しかったから。全てのエピソードがクリフハンガーで終わるから、焦るように次のエピソードをクリック。食い入るように観続けた。「Whodunnit」系のサスペンス・スリラーで、次から次へと、人間関係や感情のもつれ、さらには物的証拠が露呈されていく上で、本当に誰が犯人でもおかしくないので、登場人物のセオリーを頭の中で組み立てては、もしかしてこの人が犯人!?やっぱりこいつかな!?などとややも興奮気味にストーリーを追っていた。これはもう『ユージュアル・サスペクト』級のスリラーだわ!カイザー・ソゼは一体誰なの!?

それが・・・・なんですか、ふへっ?な終わり方でした。

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ヒュー・グラントと言えば、『フォー・ウェディング』や『ノッティングヒルの恋人』などでは、ちょっぴりトホホな典型的ミドルクラス英男性を演じ、頼りなさげではあるが愛されキャラをやらせれば右に出るものはいないと断言できるほど、彼のキャラクターは定着したように思う。その後、『アバウト・ア・ボーイ』では、一人の少年に生活を乱されつつも、心を通わせる独身貴族を演じて、人間味を増したかと思いきや、『ブリジット・ジョーンズの日記』では、セクハラまがいで女性部下を翻弄する、ハンサムだけど女性の敵、としかいいようのない上司を演じて、女たらしな憎まれ役もできるのね、作品の幅を増やしたなあ、と感じた。


『ブリジット・ジョーンズの日記』では、女性の敵とはいうものの、悪役というにはチャーミングすぎたけれども、『パディントン2』にて、主役パディントンの敵役である、落ち目の俳優を演じ、おおっ!悪役も出来るんだ!!と視聴者を感嘆させたと思う。

そこにきて、サスペンス・スリラー『Undoing(邦題:フレイザー家の秘密)』である。ニコール・キッドマンが夫役にヒュー・グラントを熱望したとのことで(意外に初共演)、90年代のロマコメのプリンスも今や60歳、夫役、父親役、家庭のある男性を演じてもおかしくない年齢であるがゆえ、よりマチュアな内容に仕上がるにちがいない、と確信。しかも、舞台がニューヨークということもあって、今までとはまた違ったヒューが観れるのではないかと期待が高まったのは私だけではなかったはず。



以下、ネタバレあります。犯人特定しています。


≪知名度の高い"カップル・セラピスト"であるグレイス(ニコール・キッドマン)は、小児腫瘍科医である夫ジョナサン(ヒュー・グラント)、息子ヘンリー(ノア・ジュープ)と共にマンハッタンに暮らす。グレイスは、ヘンリーの通う学校(年間学費5万ドル(!)の私立校)でもPTAのメンバーを務め、チャリティ活動にも参加し、公私ともに充実した生活を送っていた。そんな中、ヘンリーの通う学校に転校生がやって来た。その転校生の母親エレナ(マチルダ・デ・アンジェリス)は、産まれたばかりの乳幼児を抱えながらも積極的に学校のPTAや父兄のミーティングに参加、グレースに近づく。チャリティー・パーティの開催された夜、エレナは動転したようにパーティを去り、その後、夫のジョナサンも急患が入ったとパーティを抜けた。そしてその夜、エレナは何者かに殺害された...。≫

この時点では誰もジョナサンがエレナを殺害したとは思っていなかっただろう。実際にパーティの場でも二人が目を合わせるシーンなどはなく、逆にパーティ中エレナがグレイスをじっと見つめている、エレベーターの中でエレナがグレイスに突然キスをする、など、エレナが執着しているのはジョナサンではなく、グレイスの方に見えたので。しかし、その後ジョナサンが失踪。なぜ?どうして?とともにジョナサンに対する疑惑は増すばかり。そして物語はジョナサンを最重要参考人としながらも(ジョナサンはエレナと不倫関係にあったことは認めながらも、殺害に関しては一貫して否定)、グレイスを含む登場人物の全てが(グレイス:エレナが殺された夜、殺害現場となったスタジオ近くの監視カメラに映っていた、グレイスの父親フランクリン(ドナルド・サザーランド):グレイスに内緒で金の無心をしてきたジョナサンの事を信用していなかった、グレースの友人シルヴィア(リリー・レイブ):ジョナサンと身体の関係があった、そして息子のヘンリー:凶器の金槌を隠していた)怪しく思えてきて、伏線の張り方凄いなー、もう誰が犯人でもおかしくないんですけど!?と思えてきた。


つまり、登場人物すべてのキャラクターが強くて、観ているほうも自分は一体誰の味方なの?と思わせるトリックがあった。視聴者はある程度犯人特定を推理しながら観る訳で、登場人物すべてのキャラクターがこんなに強ければ、余計に混乱する。スリラーとしては上出来だと思った。また、犯人特定とは関係ないけど、事件を追うNY市警のメンドーザ(エドガー・ラミレス)も何か個人的恨みでもあるのか?くらいに、必要以上にグレイスを追い詰めるし、ジョナサンが殺害容疑でかけられた裁判では、敏腕被告弁護人であるヘイリー・フィッツジェラルド(ノーマ・ドゥメズウェニ)は真実の追求よりも、裁判に勝つための戦略しか練ろうとしないし、で、これらの脇がためがストーリーをよりダークかつダーティーにするのに一役買っていた。
なので、登場人物すべてがなにか裏がありそうだったし、金持ちだからこそ持ち得る秘密もあっちこっちに転がっていて、最終話のエピソード6まで早くたどり着きたい一心で一気観したのよね。

で、結果は...。やっぱりお前かよ!な。チープな逃走劇もなんだかなあ、という感じだったし、結局捕まるんだけど、死ぬ気もないんだよなあ、というお粗末さ。あんなに食い入るように観た私の6時間を返して!とまで思ったわ。


実際サイコパス殺人をヒュー・グラントが演じたということでイギリスでも話題になったが、評価はあまりよくなく(一部の新聞には、皮肉たっぷりに「期待しすぎ」とまで、笑)、放送後終了後のがっがり感が半端なかったわけだが、何が言いたいのかというと、本当の悪役ヒュー・グラントを見たいのだったら、2018年のドラマ『A Very English Scandal(邦題:英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件)』を是非鑑賞して欲しいということなのだ。

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タイトルにあるソープ事件とは、1967年に38歳、最年少にして英自由党の党首となった、ジェレミー・ソープが、それ以前に同性愛関係にあった年下の恋人、ノーマン・ジョシフ(後にノーマン・スコットと改名)の殺害計画を企てた事件で、このドラマは、ジョン・プレストンによる同名のノンフィクション小説がベースとなっている(ちなみにジョン・プレストンは、先日映画化されたキャリー・マリガン、レイフ・ファインズによる『The Dig(時の面影)』の作者でもある)。


プレビューはこちら。



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≪物語は1960~70年代にかけてのイギリスが舞台。当時下院議員だったソープは1961年から馬丁であったノーマンと数年にわたり性的関係にあった。しかし、当時は同性愛は違法であり(1966年に合法化する)、政治的野心の強かったソープは、ノーマンとの関係を終わらせる。ノーマンは傷心のまま、ソープの元を去るが、ナショナル・インシュアランス・カード(NIカード)を所持していないため、仕事に就くことも出来なければ、社会福祉や失業保険を受けることもできない。そこで元雇用主(という名の恋人)であったソープにNIカードの再発行を何度も頼むのだが、ノーマンとの関係が露呈することを危惧するソープはこれを無視し続ける。なかなか頼みを聞いてもらえないノーマンは、ソープの母親に、ソープからもらったラブレターを送ったり、警察にソープとの関係を暴露したりして、なんとかNIカードを手に入れようとする。その間にソープは、最年少38才にて自由党の党首になり(1967年)、家庭を築き、成功の道を進んでいたかのように見えた。しかし、当時アイルランドのダブリンでモデルの仕事をしていたノーマンは、職を失ったことから、再びソープに連絡をする。たまたま電話に出たソープの妻キャロラインに、自分とソープの関係を打ち明け、NIカードを発行してもらうようソープに伝えて欲しいと伝言を残す。自分の夫が同性愛者であったことを知らなかったキャロラインはひどく動転するが(キャロラインはこの後事故死する)、ソープは、このままでは、政治生命を脅かされるどころか、家庭崩壊にも繋がることを恐れ、ノーマンを殺害することを計画する。≫

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左から、ノーマン・スコット(本人、1978年)、ジェレミー・ソープ(本人、1979年)、ジェレミー・ソープを演じたヒュー・グラント、ノーマン・スコットを演じたベン・ウィショー。


政治的野心のみで人殺しを目論む、この自己中心的な男、ジェレミー・ソープを、ダークかつシニカルに、しかもコミカルに演じているのがヒュー・グラントだ。ソープが国会答弁するときやメディアの前に現れたときは、少々芝居がかった(芝居だけど)大げさな演技をし、恋愛中はノーマンをとろけるように見つめ、殺害を企てているときは、落ち着きながらも非情さを醸し出している。

《ソープは殺し屋を雇い、ノーマン殺害を実行するが、計画は失敗に終わり、ソープと殺害計画に加担した仲間たちは裁判にかけられる。》


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雇った殺し屋が、あり得ないほどマヌケだったので、ノーマンは殺されずに済んだが、飼い犬が撃たれてしまった。



話の本筋も目が離せないので(何度も言うが事実だし)、前3話が本当に内容の濃いストーリー・テリングになっている。ただ、ここには、脚本を担当したラッセル・T・デイヴィーズ(『ドクター・フー』、『イッツ・ア・シン』なども担当)の功績も大いにあると思う。というのも、このおぞましい事件を忠実に追うのと並行して同性愛者が権利を獲得していく瞬間を描いているからだ。英国にて同性愛を合法化するために尽力する、とある国会議員が、同性愛者であるがために自ら命を絶った男性の話をする。その男性の兄は「これは自殺なんかではない。私の弟は殺されたのだ。この国の"法"とやらに」と訴える。また、ソープが殺人を示唆し、共謀した罪で裁判にかけられた際、法廷で証言台にたったノーマンは「お金が欲しくてこんなことをしているのではない!自分のような(ホモセクシャルな人間が)、汚いもののように扱われ、まるで存在していないかのように、歴史からも追放されるのはうんざりだ!」と証言する。

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法廷にて、ノーマンは発言する。「僕は人々に見えるように、聞こえるように声を上げる。あなた達に僕を黙らせることなんて絶対にさせない!」


しかし、陪審員の下した評決は全員無罪。


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二人目の妻マリオン(モニカ・ドラン)とともに法廷を去るソープ。マリオンはソープの二人目の妻で、ソープが件の容疑で有罪であり、また彼が同性愛者であることを知りつつも、しっかりと支えた人。ソープがマリオンにノーマン・スコットとの関係を訊かれ、何かと誤魔化そうとした際に「私はバカじゃないのよ。私は、ベンジャミン・ブリテンと一緒に育ったのよ(ベンジャミン・ブリテンはイギリスの作曲家・ピアニスト。同性愛者であった)。世の中を見て生きてきた。第一ナチスから逃れてイギリスに辿り着いたのよ。オーケストラで旅してまわった際、そこで何を見たかを教えましょうか?少々のことじゃ驚かないわよ」と言う。そして、ソープがノーマンに宛てたラブレターがマスコミに公開され、そこに書かれた「僕のうさぎちゃん」というフレーズが世間を賑わせた件に関しても、「人々は"うさぎちゃん"だけに反応しているけれど、あなたはその手紙の最後に"I miss you"と書いている。男性から友人に贈る言葉としてはとても素敵な言葉だと思うわ」と述べる。度胸があって並大抵のことでは動揺しないだけではなく、このように共感を持ってサポートしてくれる精神の持ち主である、マリオンの卓越した人間性に感銘する。この言葉を投げかけられたヒュー・グラントの演技(表情や間の取り方)もすごい。心の中ではひれ伏して感謝したいところなのだろうと思う。夕食中の2人の会話だったのだが、ソープは「素敵なディナーだった」と言うのがやっとだった。

(まったくの余談だが、モニカ・ドランは、『The Dig(時の面影)』にてレイフ・ファインズ演じるバジル・ブラウンの妻も演じている。肝の据わった、献身的な妻役が板についている)


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無罪判決後、マスコミやファンに向けて挨拶をするソープ。しかし、ソープの母ウルスラは、笑顔を振りまきながら「もうあなたは破滅してるのよ、分かっているわよね」とソープに耳打ちする。このウルスラだが、自分の息子に対しても一貫して非情ともとれるドライさで接する。演じたのは名女優、パトリシア・ホッジ。


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殺人容疑では無罪判決を受けたものの、ソープは政治家としては失脚し、その後政界に戻ることはなかった。


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1985年ソープはパーキンソン病と診断される。マリオンは自身が亡くなるまで、ソープを献身的に介護した。

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2014年マリオン・ソープ死去。その9か月後にジェレミーも亡くなった。


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ノーマン・スコットは、現在11匹の犬とともに暮らしている。そしていまだにナショナル・インシュアランス・カードを取得していない。



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もしこのドラマを観た方はもうお気づきだと思うが、裁判のシーンで、すべての証人喚問・答弁が終わり、まさに陪審員が協議に入ろうとするとき、裁判官が陪審員に述べた弁論があまりにも偏っている。結果としてソープとその仲間たちは無罪放免となったが、これを放っておかないのがイギリス人(笑)。この裁判官カントリーによる最終答弁はコメディアン、ピーター・クックにより「偏見たっぷりの裁判官」として、笑いのネタにされている。




えらく、長くなってしまったが、もう一度『Undoing(邦題:フレイザー家の秘密)』を考察してみると、私がどうしても受け入れることができなかったのは、息子のミゲルに母親の死体を発見させたこと、そしてジョナサンが逃亡した際に、息子のヘンリーを道連れにしたことだ。これには怒りすら感じる。本筋とは関係ないわけなので、死体を見つけるのも、道連れにするのも、若干12歳くらいの子供でなくても良かったわけだ。そして最悪なことに、エレナの産んだ乳幼児はジョナサンの子供だった。この子供たちはどのようなサポートを受けて育っていくのだろうか。心配でしょうがない。つまり何が言いたいのかと言うと、チープな不倫殺人に子供を巻き込むな。フィクションでも見たくないわ(怒)。

(終わり)

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