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『Is This It』とザ・ストロークスとニューヨークと私

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こちらはレコード。一度も針を落としていない。


『Is This It』が20周年!

私が初めてThe Strokesを観たのはNMEアワードのギグで、今は無きロンドン・アストリア。調べたら2001年2月3日だった。同じステージでtrail of deadがその後プレイしたのでこちらが本命だったのだが、ストロークスに関しては、曲短(みじか!)と思ったのを覚えている。確かこれが初ロンドンギグだったと思う。当時毎週水曜日に通っていた、アラン・マッギーのPoptones主催のクラブ、radio4(ノッティングヒル・アート・クラブ)でも、The Strokesの曲が頻繁にかかっていたなあ。ファンになってからは、ロンドンだけでなく、リバプールまで観に行ったりもしたけど、その後は破竹の勢いで、人気はうなぎのぼり。あの時一番好きだったAlbert Hammond Jrと写真を撮っておいてよかったわ。

20周年を記念して、BBCが『Is This It』とThe Strokesに関する記事を挙げているのでさっと読んでみたんだけど、2001~2003年位のイギリスのインディー・シーンを思い出して、懐かしいやら戻りたいやら(記事の冒頭にも"君が知らなかったこと、または忘れてしまっていた20の事"と書いてあって、あーそうだった!!と一人思い出しては、感極まって涙出そうだった)。

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内容はというと...、

『Is This It』は、2001年3~4月にかけて、イーストヴィレッジにある、プロデューサー、ゴードン・ラファエルのスタジオで収録された。という事は、私が初めて観た、アストリアのギグの時点ではアルバムは収録されていなかったという事になるな。他にも、フロントマンのジュリアンは、自身のブロークン・ボイスが当初好きではなかった、アルバム収録曲のニコライのベースラインはザ・キュアーを"完全にパクった”もの、アメリカでは、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロで活躍したニューヨーク警察への敬意を証して、反体制をアンセムを基にニューヨーク警察をこき下ろした「ニューヨーク・シティ・コップ」が省略される形で、10月に発売された、などアルバムのトリビアが紹介されている。が、私がこの記事の中でものすごく納得したのは、"The Strokesが、他の後続のアメリカのバンドがイギリスでブレイクするためのドアを開けた”というところ。ここではYeah Yeah YeahsやLCDSoundsystem、Kings of Leon そして The Killers の名前が挙がっているけど、Interpol やBlack Rebel Motorcycle Clubなどもイギリスでブレイクしたよね。事実私も、The Strokesから、アメリカ、特にニューヨークのバンドに夢中になったんだけど、音楽的にすごく好きだったのは、Radio4 と The Faint。この二つのバンドは常に一緒にプレイしていたので、同時に見れるのも嬉しかった。とにかく人気が凄くて、カムデンのBarfly at Monarch はソールドアウトで入れなかったもの(入ったけど)。翌年2002年には、大好きだったFrench Kicks(イギリスではPoptonesレーベルだった)を観るためにニューヨークに行って、チケット持ってなかったけど、バワリー・ボールルームに入れてもらったし(ヘッドライナーは、The Walkman)、翌日は、French Kicks とBrendan Bensonを観るためにボストンまでバスで行ったりもして、本当に本当に楽しくライブ三昧した(そういえばColdplayをトミー・ヒルヒィガー・アリーナにも見に行ったんだった。調べたら2002年9月19日だった。サポートはASHだった)。また、当時ブルックリンにいとこが住んでいたので、彼女を訪ねて、ビザや仕事など現実的なことを聞いたりして(実際ニューヨークのカフェで日本人の人を見つけると、どうやって住んでいるのですか?と訊いたりもした)、ニューヨーク移住を本気で考えていた。なので、今人生で一つ心残りなのは、それが達成できず、結果、一度もニューヨークに住んだことがない、ということ。でもまだ完全に諦めたわけではないので、もし私がマンハッタンかブルックリンに住むことになったら、お友達募集よろしく(笑)。


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サイケデリックなサウンドを醸し出す、The Faint


興奮気味に自分のニューヨークへの想いを書いたが、話を記事に戻すと、Killers のBrandon Flowers は、『Is This It』を聴いて、自分の書いた曲が全く及んでいないことに気付き、全てを捨て去ることを決意したそうだ。「実際何か月も落ち込んだよ。このまま取っておけると思ったのは、『Mr Brightside』だけで(名曲!)、全てが十分じゃなかった。だから最初からやり直しだんだ。ストロークスが自分たちがまだ十分に準備が出来ていないことを気付かせてくれたんだ」。そのおかげか、彼らのデビューアルバム『Hot Fuss』は完成度が高く評価され、UKチャートのトップに躍り出たという。ストロークスの影響はアメリカのバンドだけに留まらず、Noel Gallagherは、"ストロークスのブレイク後、イギリスにも、The Libertines や Kasabian、 the Arctic Monkeysなど、偉大なギター・ミュージックが生まれた、と語る。実際 the Arctic MonkeysのAlex Turner は、最新アルバム『Tranquillity Base Hotel + Casino』のオープニングで、 "I just wanted to be one of The Strokes...". と歌っている。

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French Kicks はもう数えられない程観た。サイン入りよ!


他にも、2001年のReading and Leeds Festivalsで、Iggy Pop と Noel Gallagher が舞台袖から興味深そうに見ていたかと思うと、翌年にはヘッドライナーになっていた(私も行った)とか、 John McEnroeがストロークスのファンだとか(2012年ニューヨークの Petty Festでマッケンロー自身ステージに上がり、バンドと共演した).、2009年末には、NME が 『Is This It 』を「過去10年において最高のアルバム」と評した(ライバルはThe Libertines' の『Up The Bracket』と Primal Screamの『XTRMNTR』だった!)、などの情報が加えられているが、一番興味を引いたのが、"実はバンドが、『Is This It 』の著作権を保有している"というところ。というのも、デビューアルバムリリースに関しては、 Interscope、 Epic そして RCA の3つのレーベルが争奪戦を繰り返したが、バンドが著作権を保持することを打診したところ、 RCAのみが承諾したらしい。これは稀らしく、エルビス(・プレスリー)もビートルズも無しえなかったことだ、とマネージャーのRyan Gentilesは語る。「僕らがこのアルバムを所有してるんだ。もし記念盤を作りたければ、自身のレーベルで出すこともできる」。そして、『Is This It 』は、全米で100万枚以上、イギリスで60万枚以上を売り上げているのだった。

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項目は20あって、他にも彼らに影響を与えたバンドや昔の飲酒量(笑)などに関しても述べられている。
ああ!ストロークス観たいなあ!やっぱりニューヨーク行きたい!

この記事をきっかけに、今、Radio4 の『Gotham!』を久しぶりに聴いているのですがね、『Eyes Wide Open』いいんですよ、この曲。

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Great album。ギターの上手さが半端ないバンド。

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