見出し画像

名前を変えるという実験/わたしがほんとうに生きてみたいと思う人生はどんなものか?

388日目。

冬至の日に名前を変えてみました。

本人的には、旧姓に戻しただけなのですが、わたしの旧姓を知らない方からはいろんな反応を頂けて、とてもおもしろかったです!

珍しい苗字なので、見慣れないですよね〜。

名前のことで話が展開していくこの感じも久しぶり…と、懐かしい感覚を味わっておりました。

実は、名前を変えることはあんまり考えていませんでした。

名前を変える前日に、あるドキュメンタリー映画を見たんですね。
その映画の中で、旧姓だと思われるお名前で音楽活動をしておられる農家の方に出会って、
「そうだそうだ、そうだった!わたしも個人で仕事を始めたとき、旧姓で活動することを考えたのだった!」
と思い出したのです。

というわけで、流れに乗ってパッと変えてみました。

ビジネス的にはあんまりよくないのかもしれないですね。

だって、これまでの活動を通してわたしのことを知ってくださった方がいたとしたら、「…え、誰これ?こんな人、わたし知らない…」ってなっちゃいそう。

ほとんど直感で「あ、名前変えよう!」と思ったので、あとづけっぽい理由になってしまうかもしれませんが、結婚してから使っていた苗字のときのわたしは、「結婚したら、子どもを産んで育てる」という、一般的に世間が良しとするしあわせを追いかけていたような気がします。
無意識に。オートマティックに。

そこから離れて、もう一度、わたしにとってのしあわせとはなんなのか?を考えてみたくなったのかもしれません。

結婚したら、妊娠、出産をして、子育てをするのがしあわせ。

それは、もちろん、とてもとてもしあわせなことだと思います。

結婚も、妊娠、出産も、子育ても、とてもとても尊いものです。

それは、わたしが望んでも得られなかった人生であり、考えても意味のないことですが、そういう人生を歩んでみたかったな、と今でもときどき、すごーくときどき、思うこともあります。

ここでお話しすることは、あくまでもわたしの場合は、というものなんです。

結婚、妊娠、出産、子育て、というしあわせのカタチがダメだと言いたいのではなく、世間が良しとするしあわせ=わたしにとってもしあわせ、とわたし自身が思い込んでいた(無意識に)。
そして、それを追いかけていた(無意識に)。

というところを、もっともっと変化させていきたいな、って。

わたしが、ほんとうに生きてみたいと感じる人生はどんなものなのかな?
って。

そんなふうに、自分のことをもう一度問い直してみたい、そのきっかけとして名前を変えてみよう〜!という気持ちもあったのかもしれません。
(ほら、変化に向かうときって、ある種の装置があった方が、やる気スイッチが入りやすくてスムーズだったりしますでしょう?)

わたしは、ほんとうに、自分にコミットしてこなかったです。

もちろん、そのときどきで、真摯に生きてきたけれど、結婚して子どもを持つということが、わたしにとってほんとうにほんとうにしあわせなのか?なんて、当時のわたしはそこまで真剣に考えてなかったと思います。

そういうもんだから、という一種の思考停止状態がまったくなかった、と言えば嘘になります。

まぁ、結婚はしたことがなく初めてのチャレンジだったので、やってみないとどういうものかわからん!ご縁がある人がたまたまいるからちょっと挑戦してみよう〜、という好奇心と気概?はありましたけれども。

子どもについては、妊活していたときは、「わたしはほんとうに子どもがほしいのかな?」とよく考えていましたが、考え過ぎてよくわからなくなっていました。
ちなみに、子どもは大好きです。

というわけで、名前を変えたことは、

「集合的無意識から脱して、自分自身のしあわせにコミットする」
「オリジナリティあふれるユニークな人生をつくるんだいっ」

というちいさな宣言、のような意味もあるかも、というお話でした。

「名前を変える」というのも、人生の中でのおもしろい実験のひとつ!

やってみて何か変化があるか、自分でも楽しみに観察してみます。

究極の理想は、ケルマデックさんみたいなお名前で活動できたら最高だな〜!

*****

ライティング・ライフ・プロジェクト第8期、受付終了いたしました。
ありがとうございました。

「話す」ことで、もっと自分自身を知っていくための対話の時間です。







サポート頂けると、とってもうれしいです💖 誰かに言葉を贈ること、誰かを言葉で祝福することが、わたしにとって、とても楽しく喜びを感じる瞬間です。頂いたサポートは、ぐるぐると循環させて、生きたエネルギーとして、また別の誰かに、何かに、お返ししたいと思っています。